月刊総合雑誌02年1月号拾い読み (01年12月25日・記)
2002年1月号の発行時期にいたっても、3ヵ月前の同時多発テロ(2001年9月)以来の不安感が漂っています。「平和と秩序がそれなりに保たれていると先進諸国家の住民が少なくとも信じていた、その均衡感覚そのものを直撃した」 (小浜逸郎・評論家「均衡感覚への直撃」『ボイス』) からなのでしょう。さらに経済の不安定さが、不安を倍加させています。
そのような気分を払拭すべく『ボイス』の特集「21世紀に勝ち残る経営」に多くの経営者が寄稿しています。巻頭の稲盛和夫・京セラ名誉会長「日本を空洞化させない使命感」は、「一企業の枠を超え、日本という国の今後」を考えよと企業経営者に猛省を迫ります。宮内義彦・オリックス会長「経営と株主の回線をつなげ」は、景気回復には株主の役割が重要だとします。御手洗冨士夫・キャノン社長「競争なくして独創なし」は、公平な競争環境の整備と産業の選択と集中を提唱しています。
経営者たちの意気込みは別として、勤労者にとっての状況は悪化する一方です。リストラに止まらず、生活を支える給与の削減が始まっています(溝上憲文・ジャーナリスト「聖域崩壊 賃金カットの時代が始まった」『中央公論』)。中野麻美・弁護士「『労働市場構造改革』への対抗軸」『世界』によりますと、事態はさらに深刻です。小泉内閣は失業対策の名のもとに労働市場の規制緩和を推し進めようとしています。それは、企業が解雇しやすくするための解雇ルール作成など、さらなる勤労者に犠牲を強いるものと、中野は警鐘を鳴らしています。
同じ『世界』の玄田有史・学習院大教授「リストラ中高年の『孤独な転職』」によりますと、中高年(45〜54歳)の失業率は3・6%、若年(15〜24歳)は12・4%(2001年9月)と、若年の失業率が急上昇しています。かといって中高年が安泰というわけではありません。リストラは止まらないし、中高年の長期失業者が増加しています(1年以上の失業者が13万人)。今後も増加が見込まれますので、転職支援策や職業訓練の充実が必要です。
構造的な失業時代に入ったようです。かかる状況下で、「業績が悪いのは従業員が働かないからだ」との言を吐いた大企業経営者がいます。秋草直之・富士通社長です(斎藤貴男・ジャーナリスト「『日本式成果主義』は経営者をダメにする」『中央公論』。秋草の言は『週刊東洋経済』10月13日号掲載「富士通/構造改革にも一周遅れ 遠のいたIBM追撃の夢」からの引用)。斎藤によりますと、富士通は、従業員の給与や昇進に成果主義を取り入れた先駆的存在です。しかし、17年も前の連結最高純益を更新できていませんし、過去10年間で社長交替が一度しかありませんでした。問われるべきは従業員の責任ではなく、経営者のそれでしょう。アメリカでなら、社長が馘首されたにちがいありません。まさしく、斎藤の論考のタイトルにあるように、経営者がダメなのです。『ボイス』に寄稿している稲盛など経営者にあらためて問い質してみたい気分となります。
経営者どころではなく、日本企業では、知的資源を創造する「コア人材」の育成・処遇が混乱しているのです(佐久間賢・中央大大学院教授「問題解決型幹部が会社を変える」『中央公論』)。佐久間は、上司のタイプには二種類あるとします。一つは「コミュニケーション力に優れ、部下の提案を積極的に採用する。そして、新しい手法も取り入れ、部下が満足できるような問題解決をする」。もう一つは「コミュニケーションが苦手。人間的に好まれず、暗に脅しも使い、価値観のギャップがある。しかも、そのギャップは埋めがたい」。前者が問題解決型上司、後者がギャップ型上司です。
問題解決型上司が望ましいのは当然です。このタイプが多いのが、日本企業の特徴でした。ところが、昨今は、外資系企業に多いのです。ギャップ型上司の多い企業で成果主義を採用しますと、かえって優れた人材の流失を招き、企業の存立をも危うくします。日本がデフレ不況から脱せない一因です。外資系企業は日本企業から学んだのです。日本企業はもう一度原点に立ち戻る必要があります。
佐久間は力説します。「短期的には問題解決型上司の開発育成を早急に行う。さらに職場の信頼関係を回復し、知的資源の創造により意思決定の向上とスピード化を図る」。もちろん、長期的には組織・経営制度の変革が求められます。
不況で、ホームレスが増えています。その実態に、風樹茂・ノンフィクションライター「私はなぜホームレスになったのか」『中央公論』は迫ります。多くは、仕事・地位と家族を失った中高年の元サラリーマンです。高学歴の人物もいます。とくに家族との縁が切れると、戻るところがなくなり、ホームレス化するのです。人の存在にとってさまざまな縁は不可欠です。血縁、婚姻縁、地縁、社縁、宗教縁、それらの縁が現在の日本では薄くなっています。「生まれも育ちも葛飾柴又です」と言うことができた「フーテンの寅さん」は、結婚はできませんでしたが、地縁、血縁、宗教縁に守られていました。だからこそ、ホームレスにならずにすんだのです。風樹は、「平成八年の渥美清の死は、寅さんの時代にとどめを刺したのである。そして、『失われた一〇年』の後で、われわれ日本人に待っていたのは、ホームレスへと通じる無縁地獄の落とし穴であった」と結んでいます。
苦難にあっている中高年といえば、団塊の世代です。『現代』が「生きにくい50代を輝かせるために」と題した特集で、団塊の世代に焦点を当てています。55歳になった二人の作家による対談「同い年対談 高樹のぶ子×後藤正治」は、失敗を語れる豊かな年齢になった、と始まります。後藤は、青春時代にただ反抗しただけで、形としては何も残せていない、と自省します。それにたいし、高樹は、みんながハンドマイクを持って自己表現する「ハンドマイク体質」を唯一残したとします。学生時代に大学を破壊しようとし、社会人になってからは人数が多いがゆえに年功序列の賃金体系と年金を破壊に向かわせている、さらには墓場を不要としている、と後藤は指摘します。「豊かな年齢」の前途は、つまりは後藤の指摘の延長線上には、自己表現に熱心であっても、種々の縁が薄い存在を感じます。
同特集内の吉原清児・ジャーナリスト「悲しき男性ホルモン『男の更年期』を考える」は、生理的な面から中高年問題に取り組みます。40代後半から60歳頃までの10人中1人か2人は、更年期障害を抱えているとのことです。男性ホルモンの不足・枯渇が原因です。とくに40代、50代の実年世代が四苦八苦しているようです。全身倦怠、鬱、不安、イライラ、めまい、不眠などが主な症状です。重症の場合は、ホルモン療法も必要となります。まずは、仕事一途の生活をやめ、「食べて、動いて、寝る」ことが予防方法です。予防・治療を怠り、家族や職を失うと一足飛びにホームレスになりそうです。先述の風樹が調査対象にした人々は更年期障害を抱えたときにホームレスになった可能性がありそうです。
中高年だけが問題を抱えているわけではありません。玄田の論考にふれたおり、若年の失業率が急上昇していると紹介しました。90年代半ばまでは、若者の多くは親に寄生して豊かな生活を送っている「パラサイト・シングル」でした。その状況が一変しました。かつてのフリーターは、正規の就職前の「自分探し」をする存在でした。現在は、「自分探し」をしていては、その後、生活できないかもしれません。にもかかわらず正社員になれず、やむなくフリーターに甘んじているのです。
尾木直樹・教育評論家が『世界』でのインタビューに応じています。それに付せられたタイトル、「若者が希望をもてない社会に未来はない」に昨今はまさしくなっているのです。21世紀を日本の若者のうち62%が、「希望に満ちた社会になると思わない」と考えています(日本青少年研究所2000年調査。米国14%、韓国29%に比し、日本の若者がいかに悲観的か理解できよう)。中高年向けのだけではなく、若者をも対象にした、包括的な施策・政策の作成が急務です。
(文中・敬称略)
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