月刊総合雑誌02年2月号拾い読み (02年1月26日・記)
世に“ユニクロ現象”なる語がゆきかっています。若者向けファッション・ショップであるユニクロの成功から生じたのです。その成功は、日本国内に工場を持たず、中国で委託生産し、安価・高品質の製品を大量に供給するシステムによるものです。それにつれ、日本では高額商品を扱うアパレル販売店や他の廉売店は苦戦を強いられています。現在、日本経済はデフレ気味です。そこで、中国からの商品の流入が、日本経済の足枷となっているとし、それを称して、“ユニクロ現象”というわけです。
苦境にあえぐ日本に比し、中国には勢いがあるようです。昨年夏には、2008年夏のオリンピックが中国・北京市開催と決定しました。さらに、中国は、昨年末、WTO(世界貿易機関)加盟を果たしました。
“ユニクロ現象”とともに、“中国脅威論”との語もよく目にします。中国が、モノ作りにおいて、日本にとってかわり、日本経済は潰えてしまう、と危惧するものです。2002年、中国の攻勢に対し、日本はどう対処すべきなのでしょうか。そこで、月刊総合雑誌の新春実質第一号たる2月号に掲載された中国関連の記事を少し丁寧に読むことにしましょう。
おりから、『中央公論』は「中国の勃興―進む『日本外し』にどう対抗するか」、『現代』は「WTO加盟で過熱する中国」と題して特集を編んでいました。
『中央公論』の沈才彬・三井物産戦略研究所中国経済センター長「日本を襲う四つのチャイナ・ショック」は、2020年前後には中国は経済規模で日本を凌駕するとのことです。これが第一のショックです。もう三つのショックとは、中国の巨大市場化、世界の工場化、欧米企業の中国での投資・生産の活発化です。
『現代』の信太謙三・時事通信上海支局長「上海日系企業3000社 どこが『勝ち組』『負け組』か」は、生き残りをかけて苦闘している日系企業の状況がよく把握できます。
中国企業と提携して一時的に成功したところで、提携先が肥大化して、果てはライバルとなってしまうのです。
中国企業や中国人労働者の能力を侮ってはなりません。
莫富邦・ジャーナリスト「急成長 中国式『資本主義』経営はここまでやる」『現代』によりますと、日本のトップメーカーと肩を並べるほどの「純中国国産企業」が続々と名乗りを上げています。純中国国産の家電メーカーの販売規模はすでに松下やシャープを超えています。さらにサービスも徹底しています。それら中国企業の経営は、日本流よりもきめ細かな管理システムとアメリカ型の信賞必罰によるものです。生産現場で2回ミスをすると、即クビなるほど厳しい企業も珍しくありません。
実に「日本にとって失われた十年が、中国にとって大躍進の十年だったわけです」(中国研究グループ2002「中華帝国の活断層」『諸君!』)。中国が世界最大の貿易黒字国になるのも間もなくとのことです。
周泰典・中国研究家「暴走する中国ナショナリズムの危険」『諸君!』では、経済面で自信をつけた中国人が「愛国攘夷」の心情を持つにいたった経緯がよくわかります。靖国神社に落書きをして有罪判決を受けた在日中国人が英雄視されるなど、危険な様相をも呈してきています。
アメリカでも、日本が崖っぷちにあるとの論が強くなってきています(W・H・オーバーホルト・ハーバード大学研究員「中韓に後れをとる変化への対応」『論座』)。
中国の専門家たちも、「一九九〇年代半ば頃まで中国は日本の発展モデルに興味を持っていた。しかし、それ以降は日本の政府と企業、その双方の関係から学ぶべきことはなくなった」と豪語しています(尾崎春生・日本経済研究センター研究部長「『世界の工場』中国に怯えるな」『文藝春秋』)。尾崎によりますと、中国の自信の背景には、WTO加盟の決断と、それに伴う「全球化(グローバリゼーション)」の加速だとのことです。2000年以降、江沢民総書記・朱鎔基首相らの「開国近代化論」が力を得てのことでした。一方、日本は右往左往していました。
悲観してばかりはいられません。尾崎は、その論文のタイトルからも想像できるように、日本が負けないための国家・企業戦略を提示しています。日本企業に求められるのは次ぎの二点です。第一に、高付加価値の新産業・新技術・新製品の創出、第二に、競争力をつけた中国企業の力を活用しての分業体制作りです。日本の競争力の低下は、日本のグローバリセーションの遅れにその因があります。政府レベルでは、グローバリゼーションのための規制緩和、さらには日本企業が中国でビジネスをしやすくするための政治的・外交的支援が求められます。政治は「歴史認識」問題などで日中間を混迷させる愚は犯してはなりません。
“中国脅威論”に対し、中国は依然多くの不安定要因を抱えているとの“中国崩壊論”もあります。都市と農村の格差、党・政府幹部の不正・汚職、国有企業の非効率、失業の増加、環境の悪化…、枚挙にいとまがないほどです。脅威論と崩壊論のどちらが正しいのでしょうか。
この問題に正面から取り組んでいるのが、黒田篤郎・経済産業省資金協力課長「『中国脅威論』も『中国崩壊論』も誤りだ」『中央公論』です。過度の脅威論は感情的反発に繋がります。また、相手の失敗・マイナス要因を前提にして思考停止に陥るのも危険です。実際にアジアの産業地図は大きく塗り替えられてきています。黒田は、日本の課題として、尾崎と同趣旨のことを提示しています。そのうえで、日本がこれまで密接な経済関係を築いてきたASEAN(東南アジア諸国連合)地域で、日本抜きのFTA(自由貿易圏)が成立するような事態は避けなくてはならない、と一丸となった外交努力の必要性を指摘しています。
朱建栄・東洋学園大学教授「WTO加盟で『開国』を選んだ中国の戦略」『論座』は、中国が進める「開国近代化」には危険な賭けに出た側面があるとします。WTO加盟により市場開放は必至となります。その悪影響を被る産業の多さ・深刻さは想定できないほどです。実際、D・E・サンガー・ニューヨーク・タイムズ紙記者の司会による討論会「中国のWTO加盟という機会と危機」『論座』も朱と同様の問題を指摘しています。
しかし、朱によりますと、「改革をすれば未来が開ける」との決意で、「短期は悲観、長期は楽観」の展望を持っているのです。日本の小泉首相も「聖域なき構造改革」を謳っています。同じような状況にあるかのようです。
どうも、日本・日本人の中国認識には、振幅が激しすぎるようです。渡辺利夫・拓殖大学教授「WTO加盟・中国の成算と誤算」『潮』は、日本の中国論は、これまでも「すごい論」と「だめ論」の繰り返しだった、と説いています。いずれの論も、「日本人が中国というキャンバスの上に描いた自画像」なのです。自信喪失となると、「すごい論」が力を得るのです。“中国脅威論”、“中国崩壊論”、または「すごい論」、「だめ論」に陥ることなく、冷静な対応・思考が求められているのです。第一、前出の朱によれば、日中の産業の八割は重ならないのです。
大辻義弘・日本貿易振興会バンコク所長と白石隆・京都大学教授による連名の論文(「日本・ASEANの拡大FTAを提唱する」『中央公論』)は冷静、かつ具体的です。中国の動きは、これから将来、「同じ土俵、同じ条件の上で発展を目ざす」と約束するもので、歓迎すべきなのです。そのうえで、日本はASEAN諸国と従来以上に連携し、同地域かつ中国と、バランスのとれた経済発展をはかるよう努めればよいのです。小泉総理が1月14日にシンガポールで表明した“日・ASEAN包括的経済連携構想”の理論的裏付けとも言うべき好論文です。
中国では、当然のこととして、経済での改革と同時に政治での改革も進行しています。今秋の共産党全国代表大会が開かれ、首脳人事が一新される予定です。経済に改革をもたらした政治の流れや今後の政局については、朱建栄「江沢民に『理論改革』を迫るグローバル化の波」『中央公論』と孔祥京・中国共産党幹部「秋に実権を握る『第四世代』を一挙公開」『現代』の二篇が便利です。
中国を考えるには、日本の現状を把握しなおさなくてはなりません。そのためには、『論座』の特集「二〇〇二年 日本の実力」をお勧めします。
(文中・敬称略)
|