月刊総合雑誌02年3月号拾い読み (02年2月25日・記)
2月初旬発売の月刊総合雑誌3月号には、小泉内閣への注文・批判が従来になく見受けられます。
例えば、『諸君!』には、「小泉政治は『悪の華』―気がつけば一億『暗夜行路』の地獄行」などとの仰々しいサブタイトルを付した二篇(中西輝政・京都大学教授「『わかり易い政治』の危険」、佐伯啓思・京都大学教授「誰がための『構造改革』か」)があります。『世界』でも、小泉政治への自民党内抵抗勢力の旗頭と目されている野中広務・衆議院議員が「小泉さん、『行け行けどんどん』じゃ困ります」のタイトルのもと、瀬戸内寂聴・作家との対談で、政治姿勢に注文をつけています。さらに、『現代』には、立花隆・評論家による40ページにも及ぶ「現代史が証明する『小泉純一郎の敗退』」があります。この他、経済政策への注文も見られます(『現代』の特集「危機回避への最終ラウンド」など)。
反対論だけではありません。屋山太郎・政治評論家は、「正論大賞」受賞記念論文として「小泉首相よ、改革断行に鬼神となれ」を『正論』に寄せ、首相に声援をおくっています。もっとも、政治・経済関連論文は、田中外相の更迭(1月29日)とそれに伴う小泉内閣支持率の急落を踏まえたものではありません。政治・経済関連は来月号に期待したほうがよいでしょう。
この稿を草する直前、三重県に調査に行ってきました。高級肉の松阪牛の産地ですね。高級肉は狂牛病(BSE)に無縁のはずです。しかし、現地でも売上げは激減したままとのことでした。肉牛を育てる肥育農家は、自殺者まで出すほどの窮地に陥っています。何ゆえにこのような事態を招いたのでしょうか。その因を、櫻井よしこ・ジャーナリストは「脳髄スッカスカの農水官僚の『不作為』を糾す!」『諸君!』で、日本流行政とし、糾弾しています。英国での大発生を見ながら、日本は検査態勢さえ整えていなかったのです。
山崎洋子・農業家も、畜産型の薬害エイズではないか、役人の判断ミスで酪農が崩壊する、と行政を指弾しています(「狂牛病―風評被害との闘い」『潮』)。また、井之上喬・井之上パブリックリレーションズ社長は、「政府や自治体は規制と情報開示、そして補償に対する責任を持つ。生産者・事業者は自己責任と関連機関への報告義務そして消費者への情報開示を」怠ってはならないと説き、消費者を視座においての情報公開の重要性を指摘しています(「狂牛病に対処する危機管理法」『正論』)。つまりは、農水省の危機意識の欠如、情報発信の不完全さが、大騒動をもたらしたのです。
狂牛病とヤコブ病は関係性が指摘されています。そのヤコブ病に関しては、片平洌彦・東洋大学教授「薬害ヤコブ病 国と企業の責任を問う」『世界』、これひさかつひこ・ジャーナリスト「薬害ヤコブ病繰り返された厚労省、学界の『重大犯罪』」『現代』があります。いずれも企業や学者の責任に言及しています。しかし、狂牛病では農水省、ヤコブ病では厚労省の責任は、やはり甚大です。外務省に止まらず、全省庁にわたっての改革が喫緊の課題です。小泉内閣は、その改革をも期待されていたはずです。かえって登場以来、不祥事のみが露見しています。お役所仕事への不信・不審が強まっています。内閣支持率の低下とあいまって、小泉首相はその政治力を急速に失うのでしょうか。
食材への疑念は牛肉についてだけではありません。『文藝春秋』は、緊急特集として11篇からなる「何を食べろというのか」を編んでいます。そのうちの2篇を取り上げます。オバタカズユキ・コラムニスト「回転寿司『もどきネタ』一覧」は、日頃口にしている寿司ネタの名称や原産地の表示に疑問を呈しています。サザエがトルココニシ貝かトルコアカニシ貝、アワビはペルー産のロコ貝、またヒラメのエンガワの大半はベーリング海か北大西洋産のカラスガレイのもの…。味に飽きがくるのは、鮮度を保つためのペーハー調整剤のせいとのことです。
一方で、味を感じとる機能に異変が起こる「味覚異常」が注目を浴びています。この問題に正面から取り組んでいるのが、山下柚実・ノンフィクション作家「味覚異常が増えている」です。細胞の新陳代謝の衰えや服用している薬の影響による高齢者のケースが大半です。しかし、ワンコインでお手軽に一人で買い食いすることによって生ずる「五〇〇円玉症候群」もあると指摘する医師もいます。一人での食事たる「孤食」を続けますと、自分の好みだけに流れ、調味料の強い味を好むようになり、さらには一人だと味覚異常を認識しにくいことになります。第一、素材の味などそもそも知らないのです。世代間での「共通の食文化」を喪失しつつあるのです。複数の世代が集まり、複数の素材を、複数の人で食する「複食」が必要とのことです。
ここで『文藝春秋』の特集を離れます。通常の食材・素材にも不安がありますが、健康食品にも注意が必要です。健康食品は、たしかに7500億円という市場規模を誇るようになりました(内田正幸・食品ジャーナリスト「健康食品『神話』にダマされるな!」『現代』)。しかし、同論文によりますと、健康食品の謳い文句を鵜呑みにしては危険だと警鐘をならす識者が多いそうです。健康食品に頼り、治療が手遅れになるような事態を招いています。特に医薬品との併用は避けるべきとのことです。
味覚に止まらず、人間の五感には不思議な働きがあります。『文藝春秋』で味覚異常を説いた山下柚実は、『中央公論』で斎藤孝・明治大学助教授との対談(「五感を研ぎ澄ませば自分を肯定できる!」)にも登場しています。この対談は示唆に富んでいます。外界を自分の五感でしっかり捉まえる「技」を習得すると、コミュニケーション障害なども克服できるのです。「技」とは、触覚や平衡感覚、筋肉の感覚に刺激を与え、関節にしっかり力を入れて、自分の身体のイメージがつかめるようにすることなどです。自分を肯定し、同時に他者と関係していく力の獲得に繋がるのです。
生きる意味が見出せない、働く意味がわからない、人生が虚しくなった、と悩む人が増えています。そのような人には、まずは、上記の対談と、同じく『中央公論』の大平健・聖路加国際病院精神科部長「生活の『献立』を変えてみませんか」を併読するようお勧めします。夕食用弁当の購入先を変えるなど、「毎日、何か一つ目玉を作って、生活の献立を変え」て、「攻め」に転ずることが、悩みからの脱出のための第一歩です。
戦後、一貫して日本人全体で「豊かさ」を追い求め、それを、ある程度まで得ました。にもかかわらず、大平が指摘した悩みを有する人が増えています。繰り返しになりますが、たしかに、「何不自由ない」という、一見うらやましくも思える状態にあるにもかかわらず、日本人の一部は生きる意味が見出せない、と悩んでいます。
八木秀次・高崎経済大学助教授「豊かさのなかで空虚に蝕まれる日本人」『正論』は、「戦後の社会は総じて、何のために生きるのか、何のために学ぶのか、何のために働くのか、といった人生の根本問題を不問に付してきた」ことを問題視します。八木によれば、「自由」は獲得できたのですが、「自由」はそのままでは不安定さと空虚さをもたらすだけです。「自由」の中で何をなすべきかという意味での“価値”を提示することが必要、と提言しています。八木は、「まるで家族や社会の拘束から逃れさえすれば自己表現や自己実現できる世界が待っているかのように手放しで『自由』を礼賛」してきた戦後教育を全否定的に展開しています。
現在の大学教育は、若者の精神生活を救うことができないだけでなく、そもそも学力低下を招いていると、元文相・東大総長である有馬朗人・参議院議員が憤慨しています(「東大は入学定員を六百人削減せよ!」『論座』)。少子化に伴い、一八歳人口が減少したにもかかわらず、大学側の都合で、大学進学率・入学定員は増加したのであり、総体として大学生の学力が低下したのです。
なお、『文藝春秋』は第126回芥川賞受賞作品(長嶋有「猛スピードで母は」)を掲載。ちなみに直木賞受賞作品(山本一力「あかね空」、唯川恵「肩ごしの恋人」)は『オール読物』に掲載されています。
(文中・敬称略)
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