月刊総合雑誌03年12月号拾い読み (03年11月26日・記)
月刊総合雑誌12月号のうち、『正論』は10月末に、『諸君!』『潮』『現代』『論座』は11月5日までに、そして『世界』『文藝春秋』『ボイス』『中央公論』は11月10日に店頭に揃いました。衆議院の投・開票が11月9日でしたから、各誌は選挙結果をふまえての編集をする余裕はありませんでした。結局、政治・選挙関連では苦肉の策をとらざるをえませんでした。
その苦肉の策の一環として、安倍晋三・自民党幹事長を取り上げた雑誌がかなりあります。まず『現代』が、野上忠興・政治ジャーナリストによる長編ルポルタージュ「安倍晋三『気骨と血脈』」を掲載しています。『正論』は、黒坂真・大阪経済大学助教授「安倍晋三幹事長の手腕に怯える北朝鮮」、安倍と荒井広幸・自民党副幹事長との対談「長州の安倍幹事長、会津の抵抗勢力と大いに語る」。また、『諸君!』では、安倍幹事長は、横田早紀江・拉致被害者家族会と佐藤勝巳・現代コリア研究所所長との鼎談「幹事長発、拉致解決への道」に登場していました。
『ボイス』の特集は、なんと「安倍晋三総理待望論」です。『正論』や『ボイス』は、9月末に大抜擢で自民党幹事長に就任した安倍が衆議院選挙でいわゆる“大ブレーク”すると大胆にも予想してのことだったのでしょう。しかし、残念ながら、自民党はそれほどは勝たず、安倍もそれほどには活躍できませんでした。
『現代』は巨大特集と銘打ち、「総選挙直前 投票を左右する必読情報」を編みました。『論座』は「ニッポンの岐路 私たちの選択」を特集しています。その2誌ともに立花隆・評論家が登場しています。
『現代』の「日本の選択 私はこう考える」での、民主党が善戦するとしても政権交代の可能性がみえてくるほどではない、との立花の予測は的中しました。
彼は、『論座』の「問われるもう一つの『政治改革』」では、小泉総理がかつて小選挙区制度に反対していたことに焦点をあてています。小泉総理は、政党幹部の権力が強まり、政治家はより強い政党に身を移すことになるし、「二度と政権交代は起こらない巨大政党ができあがる可能性だってあるのだ」と懸念していたとのことです。今回の選挙結果を鑑みますと、自民・民主両党による二大政党制に向かうような傾向にあるともいえますし、巨大政党ができあがる方向にあるともいえそうです。皮肉なことに、小選挙区制反対論者だった小泉総理が小選挙区制によって権力基盤を強固なものにする可能性があるのです。立花は、独裁的権力が誕生することを危惧し、中選挙区制に戻すべきだと主張しています。
選挙結果から将来を論ずるには、投票行動の詳細な分析が必要です。そのうえで、立花の危惧なども検証すべきです。来月号の論考が待たれます。
北朝鮮による拉致問題に関しては、先述した安倍幹事長関連のほか、『ボイス』に、ジェイムズ・ウールジー・元米国CIA長官「日米で北朝鮮を大空爆せよ」などもあります。
大方の月刊誌は対北朝鮮には厳しいものがあります。このような風潮に抗し、『論座』は、北朝鮮が独裁国家であり、脅威ではあるが、「冷静に考え、語らねばならない」と「『北朝鮮』の語られ方」を特集しています。
『論座』特集内の高崎宗司・津田塾大学教授「月刊誌『諸君!』『正論』はどう論じてきたか」が指摘するように、『諸君!』『正論』などが「拉致事件の解決のためには金正日の打倒が必要だという議論を展開し、テレビや週刊誌にも影響を与えた」のは、たしかでしょう。
市川速水・朝日新聞ソウル支局長「拉致観、北朝鮮観、日韓に落差」によりますと、韓国の人々は、日本の民放テレビのワイドショーに強い嫌悪感を抱いているそうです。日本のテレビは、喜び組、美女軍団、軍人の行進とか、極端な光景ばかり映して、北朝鮮を「娯楽化」しすぎている、とのことです。このこともあずかって、韓国の人々は、北朝鮮に向ける日本人のまなざしに、不気味なものを感じているというのです。
大塚英志・『新現実』編集長「『被害者という強者』化する日本」の表現を借りれば、「日本を無批判に『被害者』として描き出し、結果としてこの国が『被害者という強者』としてふるまう」日本・日本人に、韓国の人々が反発しはじめているのです。朴慶南・エッセイスト「北朝鮮の語られ方 私の見方」は、「メディアの側に、北朝鮮を取り上げるときに、何より必要な朝鮮半島を巡る歴史的な視点や基本的な知識があまりにもなさ過ぎるのではないだろうか。また、『朝鮮』への蔑視が少なからずあるように思えてならない」と憤慨しています。
太田昌国・編集者「『現在』と『過去』を歴史につなぐ論理」によれば、日本にあふれている言論は、北朝鮮には「絶対悪」があり、ひるがえって日本には「絶対善」があることを前提にしているのです。この前提に多くの韓国人が反発しているかのようです。
『論座』の特集の根底には、日本が戦前に犯してきた国家犯罪についての責任を曖昧にしたままでいて、北朝鮮の拉致を糾弾できるのか、との問題意識が流れています。『論座』の提示する考え方に共鳴する人々もかなりの比率で存在します。しかし、一方で、「冷静に考え、語らねばならない」のはたしかだとしても、『論座』の説くような「冷静さ」に、異論を持つ存在もかなりいそうです。いずれにしましても、戦後一貫して、外交問題においては国民間にコンセンサスを形成するのが容易ではありませんでした。現在も、容易ではありません。
実は、困ったことに、日本外交には別の問題もあります。外交を担当する外務省に問題があるのです。今回の選挙で、田中真紀子前外相が無所属で返り咲きましたが、彼女が糾弾しようとして、かえって返り血を浴びた外務省機密費問題について、詳細な報告、いや懺悔が『現代』に掲載されました。小林祐武・元外務省課長補佐「独占手記『外務省の犯罪』すべてを知る官僚の懺悔」がそれです。なるほど、田中が「伏魔殿」と呼んだわけです。ハイヤー代水増しは明らかにされたとしても、在外公館のデタラメな経理やウラガネ作りの実際は隠蔽されたままです。これでは、国民は外務省に信をおけないでしょう。
外務省には、もともと自らの非を隠蔽する体質があります。1941年の真珠湾攻撃が「騙まし討ち」となったのは、当時の在米大使館の失態に因があります。電報による通告文の解読遅れ、そしてそれを浄書するタイピングの遅れが、対米最後通牒の通告遅れを招いたとするのが定説でした。しかし、もともとその定説も充分な調査に基づいていませんでしたので、数々の疑問が残されていました。このほど、新資料が発見されました。斎藤充功・ノンフィクションライター「真珠湾『騙まし討ち』の新事実」『文藝春秋』は、なんと大使たちは大使館員の葬儀のため教会にいたことを明らかにしています。
外交官がエリート意識を有しても結構です。しかし、それに見合った行為や責務が求められます。いまからでも遅くありません。国民の多くが抱いている疑問の一つ一つに丁寧にこたえてもらいたいものです。そうでなければ、日本外交の前途は危ういとしか言いようがありません。
国民間の疑問解消につとめると同時に、外交課題にもきちんと対処してもらわなくてはなりません。少なくとも白石隆・京都大学教授「変容する世界と東アジアを見据えた政策を進めよ」『中央公論』を参考にしてもらいたいものです。白石は、日本にはアメリカの「テロとの戦争」に反対する選択肢はないまでも、アメリカに「テロとの戦争」の目的と戦後構想をはっきり定義するよう求めるべきだと論じています。そのうえで、東アジアにおける経済連携にもっと多くのことをすべきだと展開しています。
12月号には、安倍幹事長と同様に数多く登場していたのは、養老孟司・解剖学者です(『中央公論』の連載「鎌倉傘張り日記」のほか、「天才になぞなるもんじゃない」『文藝春秋』、「対談『バカの壁』の向こう側」『論座』、「対談 江戸人たちの『バカの壁』」『ボイス』)。いずれも、ベストセラーとなった彼の新著『バカの壁』をより深く理解するに有用です、と付記して2003年の月刊総合雑誌拾い読みを終えることにします。
(文中・敬称略)
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