月刊総合雑誌04年12月号拾い読み (04年11月18日・記)

 社員の働きぶりを一時金や給料に反映させる「成果主義」を採用している企業がかなりあります。アメリカ企業を見習ってのことです。日本の大企業で、もっとも早く本格的に採用したのが富士通です。93年に管理職に適用し、98年には全社員を対象としました。成果主義は業績改善につながるはずでした。ところが、電機産業の多くが業績を回復していますが、唯一、富士通だけが浮上していません。その富士通の人事部に勤務していた城繁幸・人事コンサルタントの内部告発本(『内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊』光文社)が7月に発売され、11月初旬までに20万部強も売れたとのことです。

 右の城が『中央公論』に「『平等』『安定』を捨てた日本型企業の迷走」を寄稿しています。一瞥すれば、富士通の業績低迷の理由も成果主義が定着しない背景もよく理解できます。城は、『ボイス』の「特集 成果主義は崩壊する」にも「人事部に評価は下せない」を寄せ、富士通の失敗をふまえ、成果主義導入の条件を明示しています。城の2つの論文は、成果主義を若者や第一線の働き手のみに適用し、トップ経営者や役員たちが従来どおりだと逆効果となると説いています。日下公人・東京財団会長は、特集巻頭の堀紘一・ドリームインキュベータCEOとの対談(「成果主義が失敗する理由」)で、日本企業は超長期経営に徹するべきであり、それには成果主義は適さないと斬って捨てています。同特集は、「日本型年功制を復活せよ」(高橋伸夫・東京大学教授)をも併載し、タイトル通り、成果主義を全面的に否定しています。

 中高年の自殺が増加しています。日本の中高年は、企業の業績悪化で整理・解雇されたり、勤務評定が低下すると、人格すべてを否定されたかのように受け取り、自殺に向かいがちだとのことです(大原健士郎・浜松医科大学名誉教授×高橋祥友・防衛医科大学教授「自殺予防対策には一刻の猶予もない」『世界』)。アメリカ人は、単に企業、職種、上司と合わなかったと、自らには責はないとするとのことです。このことからも、成果主義は、アメリカで有効であっても、日本の風土には馴染まないと容易に想像できます。

 山田昌弘・東京学芸大学教授は、「パラサイト・シングル」の造語で高名です。その山田が、今月は『中央公論』で「希望格差社会の到来」を展開しています。日本の社会で、格差拡大が生じているとのことです。単なる貧富の差ではありません。正社員とフリーターの別などによりステイタス(立場)の格差が出現し、努力しても無駄であると絶望感に陥る人々が増大し、希望を喪失し、社会の活性化を阻害し、社会秩序まで脅かしてしまうというのです。

 中高年だけでなく、若者も問題を抱えているのです。プロ野球に参入しようとする華やかな若手経営者が存在していますが、希望を喪失した若者が確かに増大しています。進学も就職もせず、職業訓練も受けていない16歳から18歳の若者を、イギリスでは「ニート」(NEET=Not in Education, Employment, or Training)と呼ぶとのことです。玄田有史・東京大学助教授は、日本の現状から、日本版ニートを「18歳以上35歳未満で、進学準備もせず、職探しもしない」存在として定義しています(『ボイス』での斎藤環・精神科医との対談「『ニート』は世間の目が怖い」)。日本版ニートはなんと40万人をも数えるとのことです。

 ニートが増加したから希望格差社会になったのか、それとも希望格差社会になったからニートが増加したのか、必ずしも明らかではありません。少なくとも相互作用が働いているようです。

 華やかな若手経営者については、佐々木俊尚・ジャーナリスト「ネットとバット」『諸君!』、山本一郎・イレギュラーズアンドパートナーズ代表取締役「三十代で500億稼ぐ世界のカラクリ」『中央公論』が詳説しています。ライブドアや楽天がわずかな期間で企業を拡大し巨万の富を得、プロ野球に参入するまでにいたったかが、よくわかります。

 プロ野球界では再編が進んでいます。この問題に関しては、渡邉恒雄・読売新聞グループ本社会長「“世紀の悪者”にも言わせてくれ」『文藝春秋』と『論座』の「オリックス 宮内義彦オーナーが語った」が読み応えがあります。渡邉は、「たかが選手が」発言の後には、「たかが選手だって立派な選手もいるけどね。オーナーとね、対等に話しする協約上の根拠は一つもない」と続けたのだとのことです。取材相手を怒らせたりし、暴言を引き出す、つまりは取材相手を「はめる」取材、「はめ取材」に引っかかったにすぎないと、「新聞人」、つまりは「取材のプロ」だったはずの渡邉が弁明しています。オリックスの宮内にとっては、一連の騒動でかえって球界改革が頓挫し、ビジネスとして球団を保有している意味が減少しているとのことです。

 二人の松井やイチローたちがアメリカで活躍している報に接すると、嬉しさと同時に日本のプロ野球に翳りを感じます(新記録を達成したイチローの打撃については、湯浅影元・中京大学教授「イチロー、262安打の秘密」『論座』が詳しい。イチローの米野球界での位置付けを知るには、梅田香子・スポーツライター「イチローに震撼したアメリカ」『ボイス』が便利です)。

 今回のプロ野球再編劇の第2陣は、業績不振によるダイエーと西武の身売り話です。2社ともに、独裁的手法による経営で有名でした。その経営が破綻したのです。二社を古くから取材してきたノンフィクション作家による『文藝春秋』の対談「カリスマ退場 中内功と堤義明」(上之郷利昭×佐野眞一)が問題に鋭く迫っています。号令一下の経営は、人材に投資する必要もなく、安上がりのシステムだったのです。これでは、上り調子のときはよいのですが、必ずや「躓き」のときがくることは避けられなかったでしょう。

 中国の原潜が日本の領海を侵犯しました(11月初旬)。なんらかの情報収集のためだった可能性ありとの解説記事(例えば『週刊朝日』11月26日号153頁)がありました。従来から、中国は、台湾問題もからみ、情報戦には熱心なようです。タイミングよく、『正論』が「中国の情報戦に対処せよ」を特集しています。なかでも、黄文雄・評論家「語られざる中国・台湾諜報戦争の実態」が、中・台相互のスパイ合戦の凄まじさを詳述しています。

 『文藝春秋』は「大会議 中国爆発」と題する6名の識者による大座談会を掲載しています。サブタイトルは「日本経済の救世主か、『反日』の巨人か」です。一方の極は藤野文晤・元伊藤忠中国総代表で、彼が説くのは、日中経済不可分であり、中国は日本経済の救世主とする意見です。小泉総理の靖国参拝には反対です。それに対抗するのが、中西輝政・京都大学教授です。靖国問題でも譲歩すべきでないし、「以心伝心」的関係を求めるべきでなく、「あくまでもふつうの国同士のグローバル・スタンダードで付き合う」べきであるとのことです。

 東京駅、上野駅…、東京を代表する駅の構内が活気付いています。店舗が新設され、電車を利用するのではなく、店舗だけに向かう買い物客が生じ始めています。つまりは「ステーションルネッサンス」が起きているのです。その斬新性を、大塚陸毅・JR東日本社長が、伊藤元重・東京大学教授との『ボイス』での対談「『駅ナカ』ビジネス、運行中」で、明らかにしてくれます。今後、品川、立川の東京の駅にとどまらず、さらに西船橋、水戸、高崎、盛岡の各駅も大きく様変わりし、それぞれが地域活性化に貢献しそうです。期待大です。

 地方自治体の様相は、駅が変わるとともに、様変わりしそうです。地方は、国の決定を執行すればよいという時代は終焉しました。前三重県知事の北川正恭「さらば、お任せ地方政治」『ボイス』は、市町村長選挙が期限・財源をつけた数値目標を有権者に公約(マニフェスト)として明示する選挙が、常態化しつつあると説いています。地方が国に対し、権限、そして財源を要求するようになること必至です。

 ところで、12月8日は真珠湾攻撃の日ですね。「だまし討ち」とアメリカは痛烈に日本を非難し、「リメンバーパールハーバー」が報復戦争のアメリカの国民的スローガンとなりました。これまでも、「交渉打切り」の対米「覚書」の通告が大幅に遅延した理由やその責任の所在について、さまざまな研究がありました。しかしながら…。「覚書」の手交は予定していましたが、もともと、「宣戦布告」は攻撃後を予定していたとのことです。以上のような衝撃的分析を、佐藤元英・中央大学教授「なぜ『宣戦布告』の事前通告が行われなかったのか」『中央公論』が行っています。一読を薦めます。 (文中・敬称略)

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