月刊総合雑誌06年4月号拾い読み (06年3月19日・記)
先月、ポスト小泉の政策が論じられ始め、政権は「レイムダックになりつつあるのでしょうか」と記しました。しかし、民主党の失態(永田寿康議員による「偽メール」問題)により、予算案がスムーズに衆院を通過するなど、小泉政権は順調に映じます。しかし、水面下ではやはり、「永田町の関心はポスト小泉に移りつつある」ようです(赤坂太郎「小泉vs.安倍 官邸執務室の『女系』論争」『文藝春秋』)。赤坂によれば、小泉に忠実に従ってきた安倍晋三・官房長官が皇室典範改正をめぐり初めて対決姿勢を示したとのことです。安倍には世論の支持も強く、今後、彼を中心に小泉後継が論じられるのは間違いないでしょう。
小泉政権の施策への総括としては、前号に引き続き、日本社会における経済的格差を拡大したとの論考が目立ちました。
佐野眞一・ノンフィクション作家「ルポ下層社会」『文藝春秋』によれば、公立の小中学校での就学援助を受ける児童・生徒の数が04年度までの4年間に4割近くも増加し、東京足立区では受給率が4割を超えているとのことです。就学援助とは経済的な理由で就学に支障がある子供の保護者を援助する制度です。支給額は年平均で小学生が7万円、中学生が12万円となっています。佐野は、「小泉改革のしわ寄せを一身に受けているのが、格差社会が著しく進行し、その最底辺に叩き落されつつある足立区だといえる」と記しています。
さらに、『文藝春秋』には座談会「日本人は格差に耐えられるか」(世耕弘成・参議院議員、本田由紀・東京大学助教授他)があり、小泉政権下での格差拡大を自明のこととし、小泉側近の世耕ですら「次の総裁候補を選ぶにあたって、格差是正は重要なテーマとなるでしょうね」と述べています。
『中央公論』は「若者を蝕む格差社会」との特集を編んでいます。巻頭で先の本田は、三浦展・カルチャースタディーズ研究所主宰と対談(「『失われた世代』を下流化から救うために」)しています。本田は、一度非正規雇用となると正規雇用に転じることが困難なことを特に問題視しています。三浦は、『下流社会』(光文社新書、05年9月)の筆者。同書は、年収が少なくとも、自分らしく生きたい、“負け組”で結構だという若者が増加していることを描いてベストセラーとなりました。三浦は『正論』(「インタビュー『37歳』が危ない」)にも登場し、下流の若者が40歳を目前にすると目標を失って、犯罪に走ったり、自殺・引きこもりにかられるケースが増加する可能性が大だと危惧しています。
本田や三浦は、日本社会の格差が拡大し、それは若者層に顕著だと指摘しているのです。若者は反・小泉政権となるはずです。しかし、05年の総選挙での自民党大勝は、都市部の若者がもたらしたのです(菅原琢・日本学術振興会特別研究員「格差問題は第二の『郵政』となるか」『中央公論』) 。菅原によれば、今後、政府が格差を縮小するような適切な対応・施策を示せない場合には、若者の自民党に対して膨れ上がった期待が一挙に萎む可能性があるとのことです。
ただし、ビル・エモット・英『エコノミスト』誌編集長は、経済は成長に転じ、常勤雇用が創り出されているので、いわゆる「ニート」や「フリーター」などの問題も減少していくと強調しています(田中直毅・21世紀政策研究所理事長との対談「日本は再びアジアの主役になる」『中央公論』)。エモットが正しければ、格差・不平等の問題は下火になっていくことでしょう。
右の対談で、両者は、アジアで最も進んだ法制度と最も発展した経済・社会・民主主義を持っている日本がアジアで主導権を持つべきだとの認識で一致しています。しかし靖国問題で、近隣諸国とこじれています。両者もその解決の困難さに言及しています。エモットによる解決策は、神社のあり方を政府の政策と調和させ、歴史論争から切り離すため、靖国神社の再国有化です。彼によれば、靖国問題があるため、日本の国際的立場が弱められていて、サッカーでの「自殺点」となっているのです(『諸君!』での渡部昇一・上智大学名誉教授との対談「中国は『靖國』を怖がっている」)。
谷口誠・岩手県立大学学長は、靖国にかわる公共の慰霊施設を設置し、実効性のある「東アジア共同体」の形成を提唱しています(「危機的アジア外交をいかに立て直すか」『中央公論』)。
いずれにしましても、対近隣諸国問題が、ポスト小泉の最重要課題でしょう。そのさい、『諸君!』の特集タイトル(「もし韓国・北朝鮮にああ言われたら―こう言い返せ」)のような硬い姿勢では解決がかえって遠のくのではないでしょうか。
それにしても、総合雑誌上の中国イメージは芳しくありません。福島香織・産経新聞中国総局記者「中国は『1984年』より酷い言論封殺国家なり」『諸君!』、平松茂雄・中国軍事研究者「日本企業を『死の商人にする中国『軍民一体』の落とし穴』『正論』、石平・評論家「中国の社会不安を象徴する深刻な出来事」『正論』、富坂聰・ジャーナリスト「中国に狙われたソニー」『文藝春秋』、青木直人・ジャーナリスト「人民解放軍系企業にご用心」『ボイス』などをたちどころにあげることができます。
「新しい歴史教科書をつくる会」会長の八木秀次・高崎経済大学助教授は前号に続き、中国社会科学院日本研究所の研究員との懇談の結果を『正論』で報告しています(「中国知識人との対話で分かった歴史問題の『急所』」)。日本の戦後の歴史教育において、日本人の原爆や空襲の被害の側面が強調され、その苦難・災難の真因に迫ろうとしていない、日本では日本人の被害者意識のみが培われていると、中国・中国人はみなしているのです。中国では、「田中上奏文」は実在しなかったとようやく認知されるようになったとのことです。急所は把握できても、その解決、相互理解には、やはり困難が伴いそうです。
「偽メール」問題で対応を非難された民主党の中枢には松下政経塾出身者がいます(代表・前原誠司や国会対策委員長を引責辞任した野田佳彦他)。塾出身者の甘さがマイナスに働いたとも評されました。彼らは、総じて「何かもの足りない」「何か同じニオイがする」と評されるということで、その「何か」に迫るべく、『論座』が「松下政経塾の全貌」を特集しています。
同特集は、「出身国会議員に聞く」、出井康博・ジャーナリスト「松下政経塾の不易と流行」、辛酸なめ子・漫画家・コラムニスト「辛酸なめ子の1日体験記」、高橋純子・編集部「ブランド化で揺らぐ幸之助の志」と盛り沢山です。松下幸之助が80年に私財70億円を投じて設立した塾は、現在26年目、自民党にも塾出身の国会議員はいて、自民・民主あわせ、現在30人の多きを数えます。高橋は、「『いい子』を量産する『予備校』でしかなく、存在意義は乏しい」と斬って捨てます。高橋の酷評を覆すには、実際の政治行動による以外はないでしょう。塾出身の政治家の奮起を期待したいものです。
07年4月1日に年金改正法が施行され、この日以降の離婚では、夫の厚生年金の報酬比例部分が最大2分の1に分割できるようになります。そのため、07年には離婚が急増するとの予測があります。その予測のもと、『中央公論』は「熟年離婚」をも特集しています。橘由歩・フリーライター「別れを決意する妻たちの言い分」によれば、熟年離婚はここ数年減少傾向にあったのですが、「団塊の世代の退職が〇七年、妻の我慢の限界が三年とみて、二〇一〇年。ここが熟年離婚のピークでしょう」とのことです。夫・男性には、会社人間からの脱皮と一生懸命に妻の話を聞くことが求められているのです。
今月も、皇室典範に関する論文・記事が多く見られました。後日、詳述するとして、今月は、特集名だけでも記しておきましょう。『諸君!』のそれは、「天の怒りか、地の声か『皇室典範』再考」、『正論』は「皇統を守る、日本を守る」、『文藝春秋』は「皇太子と雅子妃 苦悩の決断」、『論座』は「女性たちの皇室論」です。
総合雑誌として最も古い歴史を誇るのは『中央公論』です。120年前の京都で禁酒運動の機関誌として誕生したのでした。その波乱に満ちた歩みを、三浦朱門・作家×山崎正和・劇作家・評論家「論壇の『中央』を走り続けた一二〇年」『中央公論』が丁寧に辿っています。一読に値します。
(文中・敬称略)
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