月刊総合雑誌06年3月号拾い読み (06年2月21日・記)
ホリエモンこと堀江貴文らライブドアの幹部の証券取引法違反について、佐々木俊尚・ジャーナリスト「堀江貴文 お子様資本主義の破滅」『文藝春秋』が詳しくルポしています。まず、日本の資本主義の法制度の未整備に問題があるのです。その未整備さにつけこむように堀江軍団はルールの抜け穴を探そうとしてきたのであり、「未熟な資本主義と、幼稚で無邪気なルール=ゲーム主義者、堀江が出会ってしまったこと」に悲劇の萌芽があったのだと分析しています。
松原隆一郎・東京大学大学院教授「純粋な資本主義にとって『偽計』と『偽装』は想定内と思え」『中央公論』も、上の佐々木の分析と通底するものがあります。松原によれば、小泉改革は日本の行政を米国的な「ルール型行政」の下に置こうとしているのです。日本は、事前規制の欧州型から検察による事後的取り締まりの米国型へと踏み出しているのです。事前に規制しないのですから、論理的には一定の犠牲は不可避となります。経済活動・社会には「スポーツのようにはルールの適用が厳密に行えない分野がある」にもかかわらず、資本主義経済を「ルールの下のゲーム」とする小泉改革による歪みなのです。
数学者の藤原正彦・お茶の水女子大学教授は、『文藝春秋』に「愚かなり、市場原理信奉者」を寄せ、ホリエモンたちのような企業の急成長を賞賛するかのような昨今の風潮を嘆いています。小泉改革は市場原理の貫徹を目指しものであり、それが文化・伝統・道徳・倫理などを毀損しつつあると論難しています。一割の勝ち組と九割の負け組を生むのであり、極端な貧困層を形成する、つまり日本社会は二極化に向かうと懸念しています。
二極化を不安視する声を踏まえ、『ボイス』が「下流社会ショック」を特集しています。ところが、日下公人・東京財団会長と渡部昇一・上智大学名誉教授による巻頭対談は、タイトル(「二極化社会も悪くない」)からして、下流が生じることを根幹からの不安とはしていません。また、大竹文雄・大阪大学教授は二極化そのものを否定しています(「所得格差は拡大していない」)。ただし、山田昌弘・東京学芸大学教授「良い格差社会、悪い格差社会」は、プライドと意欲を喪失した若者が増加し、彼らが高齢化するや、社会保障費が嵩み、社会秩序が脅かされると危惧しています。
ライブドア・ショックで一時混乱しましたが、東京株式市場日経平均株価は5年ぶりに1万6,000円を超えました。この株高を受け、『世界』の特集は「景気の上昇をどう見るか」です。しかし、特集タイトルには、「格差拡大の中で」との文言が付せられていて、まさしく二極化を問題にし、小泉改革に否定的です。
特集の巻頭は、高杉良・作家と佐高信・評論家の対談「偽りの改革とメディアの責任を問う」です。二人は、小泉政治は弱者切捨てであるにもかかわらず、新聞・テレビは快哉を叫んできた、また、六本木ヒルズ族を「勝ち組」と持て囃しITバブルを煽った、と糾弾します。
高橋伸彰・立命館大学教授「『景気回復劇』の舞台裏で」によれば、「小泉改革によるリストラ奨励によって、労働者が受け取るはずの賃金(分配)が減った分だけ企業収益は増加」したのです。丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長「『第二の踊り場』に来た日本経済」も、全法人従業員の70%の平均給与が過去10年間で、16%も下がったと指摘しています。丹羽によれば、日本経済は、低い踊り場からは脱したのですが、もう一段高い踊り場にさしかかっているのであり、楽観できないとのことです。アメリカ・中国との貿易に翳ありと心配してのことです。
橘木俊詔・京都大学大学院教授も、格差拡大がきわめてゆゆしき段階にきていると憂慮しています( 「格差拡大が歪める日本の人的資源」)。
「市場主義か、反市場主義か」「効率か、公平か」の問題提起がなされているとみなしてよいでしょう。
しかしながら、このような問題提起は不毛な二項対立に陥るリスクが高いと、小林慶一郎・経済産業研究所研究員「次の政策をめぐる新たな対立軸」『論座』は難じています。ライブドアによる粉飾決算や虚偽の情報開示、鉄道などの安全対策の不備、耐震偽装、アスベストなどによる環境悪化は、すべて市場の信頼性を揺るがすものです。「市場の失敗」となりました。小林は、「市場主義を持続させるためには何が必要か、が問題なのである」と、別の角度から問題提起しています。小泉政権は財政再建で市場システムの持続可能性を追求しているのです。「これに対抗する勢力は、お金以外の面(安全や環境など)で、市場システムの持続可能性を追求する政権構想を打ち出すことになるだろう」とのことです。現在、民主党が政策のキーワードにしている「安全」は、恰好の対抗軸となると小林は予見しています。
小泉政権は、財政再建を旗印に5年間も緊縮予算を継続してきました。財務省による国の債務はGDPの150%を超え、財政危機に陥っているからとのことでした。ところが、菊池英博・文京学院大学教授「サラリーマン大増税の嘘を暴く」『文藝春秋』は、金融資産があるので債務はGDPの60%程度にすぎないと異を唱えています。財務省演出による「財政危機」宣伝や「増税必至論」に、菊池は強く反対し、即刻、積極財政に転ずべきと展開します。積極財政で需要を喚起し、GDPを押し上げれば、増税は避けられるはずとのことです。
経済政策に止まらず、ポスト小泉政権の政策が論じられ始めました。政権には、かつての勢いは感じられません。なんら問題が生じなくてとも、任期は9月です。レイムダックになりつつあるのでしょうか。
『正論』は今月号も対中国に強硬です。今月の特集は「中国の対日工作と上海総領事館員自殺事件」です。その『正論』の編集長(大島信三) と『論座』の編集長(薬師寺克行)が、『論座』で対談しています(「激論! 靖国・中国・北朝鮮」)。大島は国益を考え、中国に毅然とした態度を取るべきだと主張します。一方、薬師寺は、「毅然とした外交」にこだわり武人的に対応していては、日本は孤立する一方だと説きます。 発行母体の論調をまさしく代弁する様相を呈しています(念のため、『正論』は産経新聞社、『論座』は朝日新聞社が発行) 。
『中央公論』の中国と韓国の若者に関する二つの調査には興深いものがあります。
原田曜平・博報堂生活総合研究所研究員「情報と現実の間で揺れるケータイ世代」は、日中両国の十代を携帯電話を駆使するケータイ世代と定義します。原田によれば、日中の十代は共に変革期に育ち、不安を抱えているという点では酷似していて、歴史問題だけにとらわれない関係を構築する可能性が高いそうです。
小針進・静岡県立大学助教授、渡邊進・静岡県立大学教授(共同執筆)「韓国の大学生は、こう考えている」の結果は執筆者自らが記しているように意外です。
韓国の政策・世論は反米・反日であり、親北・親中との印象があります。ところが実際は、日本の大衆文化に親しみと興味を持ち、日本からもっと学びたいという真摯な韓国の若者が多数いるのです。もとより日韓の間の歴史認識には懸隔がありますが、日韓も新しい関係を構築できる可能性が高そうです。
先月は、「女系容認、長子優先」に「総合雑誌上では反対論一色」と記しましたが、今月は女系容認論が目につきました。たとえば、田中卓・皇學館大學名誉教授「女系天皇で問題ありません」『諸君!』、松本健一・麗澤大学教授「女系天皇も容認すべき秋」『中央公論』、『文藝春秋』の座談会「危機の皇室 三つの謎」での高橋紘・静岡福祉大学教授の発言などです。「紀子妃ご懐妊」の報(2月7日)により皇室典範改正案の今通常国会への提出は見送りとなりました。しかし、男性皇族が少ないのも事実です。論議を深める要があります。
ドナルド・キーン・コロンビア大学名誉教授「司馬文学は戦後日本の達成だ」『ボイス』は、司馬遼太郎の作品論に止まるものではありません。日本文学の世界的権威への格調高いインタビュー記事です。キーンは、日本の美意識を歴史に位置づけ、日本文化の価値を「世界のスタンダードとして送り出すべき」ものと高く評価しています。『文藝春秋』には、第134回芥川賞受賞作・絲山秋子「沖で待つ」が掲載されていることを付言し、擱筆します。
(文中・敬称略) |