月刊総合雑誌06年2月号拾い読み (06年1月21日・記)
かつて日本経済がバブルで沸き立つ最中に日本の没落を予言したことで知られるビル・エモット・英『エコノミスト』編集長が、昨秋、同誌上で日本経済の復活宣言を行い、話題となりました。そのエモットに、東谷暁・ジャーナリストがインタビューしています(「日はまた昇る――日本経済復活の秘密」『文藝春秋』)。金融緩和策と改革策を並行して進めたことが日本経済の回復につながったとのことです。ただし、少子・高齢化などもあり、3%以上の急速な成長は難しいようです。
一方、『ボイス』によりますと、少子・高齢化は歓迎すべきことです(「新春特集・バラ色の少子・高齢化」)。この特集で、原田泰・大和総研チーフエコノミストは、人口減少により一人当たりの国土面積は広がり、技術力・生産性の向上が望め、世界一の年金水準を維持できると謳い上げています(「人口減少は国力を高める」)。
『中央公論』の特集「日本経済大予測」にも、悲観論者が楽観論・強気に転じたとあります(武者陵司・ドイツ証券副会長「日本株、長期上昇の構造」)。
これらの雑誌を読者が手にしていたころに、ライブドアグループの証券取引法違反事件が生じました。せっかくの日本経済回復基調に水を差した恰好となりました。もっとも、『中央公論』のもうひとつの特集「企業は株主のものか」によりますと、ライブドアの失墜・失敗は「想定内」のことのようです。たとえば、『文藝春秋』にも登場した東谷暁は、『中央公論』にも寄稿(「株主優先主義が株主を破滅させる」)し、アメリカでの企業買収や株価中心主義が粉飾決算による破綻に終わったと指摘しています。
今後の日本資本主義のあり方、企業・株主・経営者・従業員の関係を考えるうえでも、同特集は参考になります。岩井克人・東京大学教授「米国流株主主権主義は二十一世紀の主流にはならない」は、「会社をモノ扱いせず、ヒトとして扱うことが重要」とし、日本型経営の利点を説いています。また、佐山展生・GCA(株)代表取締役によれば、単に資産を狙っての企業の前途を考慮しない企業買収は失敗するとのことです(「企業買収にも『善』と『悪』がある」)。
次期政権の課題が論じられ始めています。
土居丈朗・慶応大学助教授「ポスト小泉と財政再建路線の選択」『中央公論』によりますと、増税は必要ですが、それが当然というわけではありません。社会保障費を含めた歳出について徹底した効率化・削減を並行すべきなのです。また、小泉総理のブレーンの一人である田中直毅・21世紀政策研究所理事長は、『中央公論』で小泉政権の経済政策の総括を試みています(「小泉改革、最終年の標的とリスク」)。政府系金融機関の統廃合、特定財源の一般財源化、公務員の総人件費の削減、郵政解散などを例にあげ、小泉の改革路線を高く評価します。彼によれば、積み残しは医療改革であり、日本経済にとっての最大のリスク要因は東アジアの安全保障です。
東アジアの安全保障といえば、中国との協調が必要となります。しかしながら、総合雑誌上では、あいかわらず「対中硬」の論調が目立ちます。『諸君!』は、百頁にわたる「もし中国にああ言われたら――こう言い返せ」を編み、あいかわらず攻撃的です。『文藝春秋』では、石原慎太郎・東京都知事が「中国が沖縄に原爆を落とすとき」という刺激的なタイトルで、中国脅威論を展開しています。さらに、『中央公論』でさえ、渡辺利夫・拓殖大学学長が、中国は地域覇権主義であり、日米同盟に楔を打ち込もうとしていると、中国への不信感を露にしています(「『パクス・シニカ』にアジアが屈する日」)。
このままでは、次の政権でも対中国外交はきわめて困難となるでしょう。
ただ、中国現地では、反日デモの影響はさほどのことでもなく、日本企業は頑張っているようです(金子肇・NEC中国有限公司総裁ほか「この国を知らずして」『論座』)。日中両国の関係は、「政冷経熱」から「政凍経涼」になるのではとの懸念があります。そうならない前に、両国関係を好転させたいものです。
従来、対中国関係について、新聞界の両雄たる「読売新聞」と「朝日新聞」は根本的に対立関係にあるとイメージされていました。その対立はイメージだけだったようです。否、意見に一致する点が多いようです。第一、渡辺恒雄・読売新聞主筆はタカ派の論客とみなされていましたが、それは誤りだったのです。渡辺と若宮啓文・朝日新聞論説主幹の『論座』での対談(「靖国を語る 外交を語る」)は、圧巻です。両者とも、総理の靖国神社参拝に強く反対し、A級戦犯に限らず関係者の戦争責任を明確にすべきと訴えています。憲法改正についても、「自衛隊」を「自衛軍」と呼称を変えることに若宮が反対する程度で、それほど大きな違いはありません。言論の自由を脅かす権力には共闘すると高らかに宣言しています。
日本の代表的な新聞が、小泉政権のとってきた対中国、対東アジア政策を全面的に否定することが明確となりました。このことが、メディアに、世論に、ひいては日本全体にいかなる影響を与えることになるのか、興深いものがあります。この対談はエポック・メイキングなものになる可能性があります。
先に記しましたように日本経済に明るい兆しが見えてきたとする論考が目立つようになりました。それと同時に、日本人論・日本文化論が活性化してきています。
まず、『ボイス』では、日下公人・東京財団会長×リチャード・クー・野村総合研究所主席研究員「日本人の美意識を磨くとき」は、日本人の美意識や日本の企業文化を高く評価します。クーによれば、目先の利益にこだわらない日本企業だったからこそ、頑丈で、かつ環境にやさしい「日本車」が誕生したのです。日本的美意識に培われた生活スタイルが上流と世界に評価される時代となったと日下も応じています。
辻井喬・セゾン文化財団理事長を司会とし、ドナルド・キーン・米コロンビア大学名誉教授ほかをパネリストとする『中央公論』のシンポジウム「伝統と美意識は永遠なり」も、日本の、日本人の美意識、とりわけ自然観を高く評価しています。
バブル経済のころ、日本経済、ひいては日本人・日本文化をユニークと高く評価し、自画自賛が過ぎ、結果的にはバブル崩壊で、茨の途にさまようことになったはずです。同じような過ちを犯すことにならないようにと祈るばかりです。
皇位継承について、論議が活発です。活発というより、「女系容認、長子優先」とする「皇室典範有識者会議」が昨年11月に出した報告書に、総合雑誌上では反対論一色と表現すべきでしょう。
まず、『正論』は、渡部昇一・上智大学名誉教授ほかによる「平成の和気清麻呂、出でよ!」で、伝統を無視するものと、「女帝」容認に異議を唱えています。
旧竹田宮家の直孫たる竹田恒泰・ロングステイ財団専務理事は、『正論』(「旧皇族の直孫が女系天皇問題を語る」)や『現代』(「宮家にも政財界人にも反対されて」)で、女系天皇に反対を表明しています。
特筆すべきは、『文藝春秋』の「天皇さま その血の重み」でしょう。寛仁親王が櫻井よしこ・ジャーナリストを聞き手に雄弁に語っています。つきつめますと、「二千六百六十五年間も続いてきた世界でも類を見ない、まことに稀有な伝統と歴史を、一年、わずか十七回、三十数時間の会議で大改革してしまうことが、果たして認められるのでしょうか」ということです。
小泉政権が拙速に結論を得ようとすると、大政変につながりかねません。今後、さらに国民的広がりをもった議論が必要でしょう。
ところで、一枚岩と思われがちな団塊の世代ですが、実は8つのグループに分かれているそうです(三浦展・カルチャースタディーズ研究所主宰「下流社会 団塊ニートの誕生」『文藝春秋』)。その8つとは、ニューファミリー、社会派、団塊ニート、下町マイホーム、スポーツ新聞、アンノン族、ヒッピー、貧乏文化人のクラスタです。団塊の世代の方々、そして団塊の世代に年齢の近い方々は、どのクラスタに属するのか考えてみるのも一興でしょう。
(文中・敬称略) |