月刊総合雑誌2015年12月号拾い読み (記・2015年11月20日)

 安倍晋三・内閣総理大臣が『文藝春秋』に、「『一億総活躍』わが真意」を寄せ、積極的平和主義を掲げ、「地球儀を俯瞰する外交」を展開する一方、内政においてはアベノミクス第二ステージを、スピード感を持って推進していくとし、「一億総活躍」社会の実現を謳っています。そのための「新・三本の矢」を掲げています。それらは、@「希望を生み出す強い経済」であり、「GDP六百兆円」の2020年頃までの達成、A「夢をつむぐ子育て支援」で、2020年代半ばまでの「希望出生率1.8の実現」、B「安心につながる社会保障」で、2020年代初頭までの「介護離職ゼロ」の達成です。

 「新・三本の矢」の本質は一本目の矢、すなわち「強い経済」だと、高橋洋一・嘉悦大学教授「消費税10%は決まっていない」『Voice』は言います。その上で、GDP六百兆円のためには、2017年4月からの消費税率10%の停止と、金融緩和の継続が必要だと力説しています。
 竹中平蔵・慶應義塾大学教授「規制緩和まだまだ足りない」『文藝春秋』は、アベノミクス第一ステージでの「第三の矢」の成長戦略の達成が不十分だったため、それをより具体的に進めていこうというのが「新三本の矢」の基本的考え方だと捉えています。やるべきことは、外国人労働者・交通・医療・保育・水産業など、様々な分野での岩盤規制に突破口を開けることだと強調しています。リニア新幹線の大阪までの延伸など、インフラ投資も積極的に行うべきとのことです。
 片岡剛士・三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員「GDP600兆円は不可能ではない」『Voice』も、目標達成のために必要な財政政策として、「デフレからの完全脱却が確認されるまで消費税増税を含む緊縮策のさらなる実行を凍結」すべきと主張しています。さらに、15年度補正予算として国民全員への定額給付(一人当たり3万円程度)の実施、16年以降は本予算として「簡素な給付措置」対象者(約2400万人)への一人当たり3万円の給付の継続を提唱しています。
 「財政や少子化などの長期課題が手つかず状態なのだから、いくら足元の経済が普通に成長しても、国民の不安や不満は大きくなるばかり」と、小林慶一郎・慶應義塾大学教授「データで見た『三本の矢』の的中率」『文藝春秋』は指摘し、「結果的に、政権が望むようには国民は楽観的になれず、経済成長もすぐに腰折れしそうになる」と続けています。

 なお、吉崎達彦・エコノミスト「便利な経済指標、GDPにご用心」『中央公論』によれば、旧基準では研究開発費は「経費」でしたが、新基準では「投資」と見なされ、GDPにカウントされることになり、新基準に対応済みの米独では移行時にGDPが3%強増となっているとのことです。つまり、日本の現在の500兆円は新基準では520兆円にかさ上げされ、3%成長を5年続ければ、600兆円に届くようになるのです。

 環太平洋パートナーシップ(TPP) 協定交渉は米アトランタで10月5日に大筋合意となりました。交渉を2年7ヵ月間、担ってきた甘利明・TPP担当大臣による「アメリカ代表を何度も怒鳴りつけた」が『文藝春秋』にあります。机を叩いたり、怒鳴り合う厳しい交渉の末、大筋合意に至ったとのことです。「日本は衆参農水委員会で決議された重要五品目については、交渉を通じてコアな品目の関税や基調となる制度を守ること」ができたとのことです。甘利によれば、日米を中心に、「アジア、米州、オセアニアの環太平洋諸国が一つの経済圏を築き上げること」になり、「TPPこそ、安倍政権の掲げる成長戦略を体現する道なのです」。
 今年8月に全国農業協同組合中央会(JA全中)会長に就任した奥野長衛も、TPP大筋合意を踏まえ、『文藝春秋』に登場しています(「JA全中会長『農協改革』で乗り越える」)。5年後から新たに年間約8万トンのミニマムアクセス米を入れることになることなどを不安視し、批准・発効までの期間(最低2年間)を利用しての「息の長い」農業政策を政府に要求しています。“攻めの農業”として、まずは、和牛輸出のための生産流通・検疫のインフラの整備などが考えられます。
 浅川芳裕・農業ジャーナリスト「『TPPはアメリカの言いなり』の嘘」『Voice』は、まさしくタイトルにあるように、アメリカに操られるというのは勘違いだ、自分だけに都合のいいルールなどありえない、と説いています。他国の自由化率が平均99%に対し、日本は唯一、95%止まりです。しかし、「聖域」を守ったため、かえってマイナスとなると危惧しています。「原材料農産物は高関税のままか少しだけ下がり、加工品は一気に下がる。これでは食品産業にしてみれば、短中期的にも長期的にも海外で製造したほうが『よりお得』」となり、農業界にとっての最終顧客の大半たる加工業者を失うことにつながりかねないのです。

 米大統領選において、「泡沫でいずれ消える」と言われながら、差別発言を繰り返す不動産王のドナルド・トランプが健闘しています。『中央公論』は、1年後に迫った大統領選を通じ、米国社会の深層に迫るべく、「アメリカの鬱屈」を特集しています。
 巻頭は、鼎談「不思議の国のエンターテインメント」。猪木武徳・青山学院大学特任教授によれば、「世界中の人材を集める磁場」としての米国の力は落ちていないのです。阿川尚之・慶應義塾大学教授も、米国は、トランプのような変わった人が出てくる余地があるのだとし、さらに、「若い世代は本当の意味で多人種社会になった」と楽観的です。対して、久保文明・東京大学教授は、「政治が不安」と応じ、そのうえ、「明らかに内向き」になっていると心配しています。
 森本あんり・国際基督教大学教授×中山俊宏・慶應義塾大学教授「『反知性主義』の危うい未来」での森本の言によりますと、既存の権力に結びついた知性に対する反発という、米国特有の「反知性主義」があるのです。それが「トランプ現象」となっているのです。中山は、性的少数者が人権を認められ、白人系がマイノリティになるような傾向があり、こうした変化についていかれない人たちの不安感、主流派だと思っていたのに「異端」になるのではとの危機感が、「トランプ現象」を生み出しているのではと分析しています。
 海野素央・明治大学教授「アメリカに吹き荒れる『反』職業政治家の風」は、ヒラリー・クリントン陣営の予備選の草の根運動に参加してきた体験の報告です。民主党の本命候補たるクリントン・前国務長官の苦戦の原因は選挙戦略が機能していないからだそうです。共和党のジェブ・ブッシュ・元フロリダ州知事の苦戦は、共和党支持者の中に、職業政治家に裏切られたとの気持ちが強いからだとのことです。
 特集には、読売新聞ワシントン支局による「米大統領選 乱立候補者徹底解剖ファイル―本命から泡沫まで」が付されています。

 武藤正敏・前・在韓国特命全権大使「韓国との賢い付き合い方」『Voice』は、韓国挺身隊問題対策協議会の「過激な物言い」に対しては、「その事実誤認を指摘していくほうが賢明です」としています。「韓国人の対日感情は悪くない」ので、「朴槿惠大統領にもぜひお父さん(朴正熙元大統領)の意思を継いでいただきたいと思います」と結んでいます。

 中西輝政・京都大学名誉教授「外務省に奪われた安倍外交」『Voice』は、中国が申請した、いわゆる「南京大虐殺」関連資料のユネスコ記憶遺産登録が認められたのは、政府・外務省の「歴史に残る外交失態」と糾弾しています。さらに外交と歴史問題の行方を外務省=『読売新聞』=公明党という「鉄の三角形」が支配していて、その結果、日本が侵略したとする安倍談話となったと論難しています。

 『中央公論』は、「『疑似科学』と科学のあいだ」をも特集しています。石川幹人・明治大学教授「科学と一般社会の健全な関係」によりますと、「疑似科学」とは、「科学の装いを持っているけれども、科学でないもの」です。その識別は、グレーゾーンがあって容易ではありません。判定が難しいのは、鍼灸や漢方です。石川は、「発展途上の科学」と分類しています。土壌の放射能を減少させるとのEM菌は効能が立証されているとは言えないので、科学として認められません。

 『文藝春秋』には、ノーベル賞ロングインタビューとして、大村智・北里大学特別栄誉教授「東大に行かなくてよかった」、梶田隆章・東京大学宇宙線研究所所長「亡き戸塚先生と飲んだ日々」があります。

 (文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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