月刊総合雑誌2016年1月号拾い読み (記・2015年12月20日)

 「小泉純一郎独白録」『文藝春秋』は、常井健一・ノンフィクションライターによる小泉・元総理への4時間半に及ぶインタビューです。小泉は、原発ゼロを言い続けていますが、「原発は安全、安い、クリーン」が全部ウソだとわかったからだとのことです。原発ゼロを総選挙の争点にすべきと提言し、「全部強引に押し切っちゃう。なんか先急いでいるね」と安倍総理を評しています。なお、「これからできる新党も全部壊れる」と予見しています。自民党と組まなければ何もできないのです。それほど、自民党は国民に根付いているのです。だから、「俺、離党しようと思ったことは全くない」そうです。小泉進次郎には総理になる資質があると期待しています。

 池上彰・ジャーナリスト×佐藤優・作家・元外務省主任分析官「世界大戦の悪夢が始まった」『文藝春秋』は、130人以上の死者、300人以上の負傷者を出した11月13日のパリの同時多発テロを仔細に論じています。池上によれば、テロリストは自国内で生まれ育っていて、「テロの自給自足」の状況にあるのです。根本的な対策は、貧困の連鎖に陥っている人たちに教育を与え、失業率を減らしていくしかないのです。佐藤によれば、対「イスラム国」への空爆の効果はあくまでも限定的で、最後は地上戦にならざるを得ないそうです。テロに対して大切なのは、「あたかも何事もなかったように日常生活を続けて行く勇気」とのことです。
 渡邊啓貴・東京外国語大学教授・国際関係研究所長「フランス移民 共存の苦悩」『Voice』は、移民の子供たちが、フランス社会に適合できず、軽犯罪を繰り返し、収監された刑務所などでイスラムテロリストに感化され、社会不満のはけ口としての行為、つまりはテロに走る状況を描いています。まさしくタイトルにあるように、国内治安対策の強化が、自由・平等・博愛の共和国精神の否定になりかねないと、フランスは苦悩しています。

 『中央公論』は「緊急特集 パリ同時多発テロの真相」を編んでいます。佐藤優は、同緊急特集の巻頭で、山内昌之・明治大学特任教授と対談(「シリアをめぐる米露欧の思惑」)しています。二人は、石油が戦略物資としての性格を強めていると強調しています。この5月には伊勢志摩サミットで各国の要人が集まります。日本もテロに備えなくてはなりません。また、佐藤は、短期・長期分析ではなく、10〜15年スパーンで考えなくてはならない「中期分析」を日本の政治家に求めています。もとより国際情勢を踏まえなくてはなりません。
 ジャンピエール・フィリユ・パリ政治学院教授「『イスラム国』が狙ったフランスの分断」は、「イスラム国」がフランスを狙い撃ちするのは、「人口の約五%を占めるイスラム系国民に対し『報復』に出るような集団心理を作り上げ」、内戦状態に陥れようとしているからだと指摘しています。鍵を握るのはトルコで、「欧州はトルコに働きかけ、トルコとともにシリアの革命勢力を全面支援する国際戦略を一刻も早く立てるべきだ」と力説しています。
 「テロリストたちがフリーパスでトルコを通過してシリア、イラクに出入りできるからこそ『イスラム国』が生きながらえている」と、高岡豊・中東調査会上席研究員「欧州でテロを起こした『イスラム国』の窮状」も問題視しています。「イスラム国」は衰退過程にありますが、今後も、各国は、イスラム過激派に資金を流すトルコやアラビア半島のNGOを地道につぶさなくてはなりません。

 「崖っぷちのアベノミクス」をも、『中央公論』は特集しています。
 甘利明・経済再生担当大臣「『GDP600兆円』をどう実現するか」は、安倍政権の成長戦略には、KPI(Key Performance Indicator)という成果指標がいくつもあるといいます。例えば2020年時の農林水産物・食品の輸出額1兆円、訪日外国人2000万人です。それらは現時点で8000億円、1900万人を超える勢いにあります。KPIを明確にし、毎年達成率を検証し、達成できない場合は、追加的な政策を講じるのです。最低賃金は、年率3%程度を目途に引き上げて1000円を目指し、さらにTPPが日本経済によりプラスとなるべく、農業も成長産業にしていくとのことです。ITで顧客と直結するような農家の企業化を促進することなどが考えられます。
 小林喜光・経済同友会代表幹事「経営者が見据えるのは2050年の世界」は、政治家が選挙のため短期の成果を求めるのにたいし、経営者はグローバルかつ長期的な視点で事業投資を考えるので、アベノミクスに即応した結果を出すことは困難だとします。また、現在の若者は「飽食」で、モノは買いませんので、GDPはパラメーターとして十分ではなくなったとのことです。
 渡辺努・東京大学大学院教授「物価上昇率2%が達成できない理由」は、20年にわたるデフレのトラウマで、価格を上げるビジネスモデルを経営者たちが描けていないと分析しています。「『賃上げ分は価格に転嫁できる』という健全な常識を各企業に取り戻してもらうことが重要」なのです。
 川口大司・一橋大学教授「景気がいいのに賃金が上がらないのはなぜか」によりますと、高齢者や女性の就業率が上がっていますが、「人手不足を反映して賃上げの傾向が出ても、それに反応して多くの人が働き始めるなら、賃金はそれほど上がらない」わけですし、「新しくできた仕事の多くは、非正社員雇用」です。「雇用が不安定で今後の賃金上昇が見込めず、少ない所得を貯蓄に回し、消費に回すことができない人々が多い」ので、消費は伸び悩んでいるのです。
 鼎談「選挙だけで分からぬ『民意』という難問」で、牧原出・東京大学教授は「(安倍政権は)熟議ばかりで何も決まらないという、ここ最近の政権のありようからは一応、脱した」と評価しています。高安健将・成蹊大学教授は「野党のプレッシャー」が弱くて、「政権に異論が聞こえない、聞かなくても済む状況」になっていると危惧しています。砂原庸介・大阪大学大学院准教授は「安倍政権は『地方創生』をいうわりには」、地方の要望の吸上げが不十分だとしています。

 『文藝春秋』には、当事者や目撃者による「日本を変えた平成51大事件」と題した大型企画があります。平成元(1999)年の消費税導入に関する尾崎護・元大蔵事務次官「初日午前零時のコンビニ視察」に始まり、27(2015)年の「イスラム国」による日本人人質殺害の衝撃を伝える大治朋子・毎日新聞エルサレム支局長「私も『イスラム国』に誘われた」までの51篇です。以下、少しく紹介します。
 小沢一郎・衆院議員「武村さんは自民と組みたがっていた」は、平成5年の細川連立政権の誕生・崩壊の経緯を詳述しています。小沢は、“壊し屋”と叩かれますが、叩くマスコミの理屈で言えば、「明治維新を行った坂本龍馬や西郷隆盛まで壊し屋になってしまう」と反論しています。現在は再び自民党一強の状況下です。「しかし、小選挙区制では政権交代は必ず実現できる」のです。共産党との連立はありえませんが、選挙協力は可能で、「逆転劇はまた起きる」と明言しています。
 「茶髪弁護士の後見人になって」は、平成20年、橋下徹の大阪府知事就任に一役買った古賀誠・元衆院議員によるものです。古賀は、橋下には田中角栄に通じるものがあり、稀有の才能の持ち主なので、今後も期待したいとのことです。橋下の菅義偉・官房長官との交流は早くからあったのです。
 平成21年に誕生した民主党政権を率いた鳩山由紀夫・元首相が、「官僚は政治家よりも頭がよかった」で、その失敗の因を語っています。急進的に改革を進めすぎ、官僚に大いに知恵を出してもらい、最後の決断を政治家が下してその責任を負うという本来の「政治主導」の意味が伝わらず、官僚に敵意を持たれてしまったかもしれない、とのことです。
 野田佳彦・元首相「石原都知事と密会の夜、決断した」は、平成24年尖閣諸島の国有化に踏み切った激動の日々を振り返ったものです。石原都知事との会見の具体的なやり取りは明かしていません。しかし、「もしも東京都が尖閣を所有すれば、日中関係は大変なことになる」と確信し、「自衛隊を出動させる場合の最高指揮官は総理である私です。最悪の場合、そうしたリスクを想定する必要がある」と思い、手続きを一気に進めるよう指示したのです。

 『Voice』の特集は「南シナ海 中国の暴走を止めよ」で、巻頭はマイケル・ピルズベリー・ハドソン研究所中国戦略センター所長・国防総省顧問(聞き手=福島香織)「米中の秘密協力体制を問い質せ」です。

 (文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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