月刊総合雑誌2016年2月号拾い読み (記・2016年1月20日)

 「民主主義では日本より韓国が進んでいる」と韓国の知識人はよくいいますが、韓国では民主主義は「民の声は法に優先する」と理解されていて、「日本がからむと韓国は興奮し発熱する。感情が先立って、冷静でまともな判断ができなくなる」、結果として、言論の自由も危うくなる、と黒田勝弘・産経新聞ソウル駐在客員論説委員「韓国『魔女狩り裁判』もうやめろ」『文藝春秋』は指摘しています。ですから、ソウルの日本大使館前の慰安婦記念像は国内法でも国際法でも不法・違法施設なのですが、撤去できないのだそうです。
 呉善花・拓殖大学教授「『嫌老社会』に変わった韓国の苦悩」『Voice』は、韓国で2000年代前半から65歳以上の自殺死亡率が急増していることを問題視します。ピーク時の10年には人口10万人当たり80人を超え(日本は17人強)、12年は約70人です。その理由は、国民年金・生活保護給付金が十分でないための貧困です。また、若者は、老人がパソコンや英語ができないことを見下し、儒教的な価値観に基づいた敬老精神が失われ、老人を蔑視するようになってしまったようです。

 『文藝春秋』の「皇帝・習近平5つの謎」は5人の論者によるものです。
 楊中美・中国政治研究者「国民的歌姫と再婚した理由」は、習が駐英大使の娘との離婚後、人民解放軍の「軍営歌姫」の彭麗媛と再婚した経緯を詳述しています。彭は、「中国史上最も人気のあるファーストレディ」です。なお、二人の間の娘(習明澤)はハーバード大学に留学していました。
 宮本雄二・元中国大使「父母に学んだ振舞いの作法」は、習の印象を「中国流の大人」と表現し、習の政治的履歴を紹介しています。文化大革命などで失脚した父親・習仲勲から大きな影響を受けているのです。また、一族郎党に、習が中央に呼び戻された時に会社と関係することを禁じ、トップに就任した時には全ての株の売却を命じたといわれる母親・斉心を、習はきわめて尊敬しているとのことです。富坂聰・ジャーナリスト「政権の要に抜擢した旧友たち」は、習の強みは、「組織の慣例にとらわれず人材を抜擢できるところ」としています。習の抜擢による人材としては、王滬寧・党中央政治局委員、栗戦書・党中央弁公庁主任などを挙げることができます。王岐山・政治局常務委員、秦生祥・党中央軍事委員会弁公庁主任もそうです。
 この企画には、その他、加藤隆則・ジャーナリスト「『習おじさん』ゆるキャラ戦略」と川村雄介・大和総研副理事長「役人時代に育てた長崎人脈」があります。

 中国経済の前途は暗いと、長谷川慶太郎・国際エコノミスト「人民元の国際化が中国を追い詰める」『Voice』は予見しています。「中国が為替市場を自由化する方向に進んだ場合、マーケットでは人民元売りの動きが強まるだろう。次第に中国経済の体力は奪われていき、勢いを失っていく」からというのです。

 宮崎哲弥・評論家が司会する座談会「2016 世界は大激変する」『文藝春秋』は、「叡知6人が塗り替わる地図を全解読」と謳っています。山内昌之・明治大学特任教授は欧米・中東のテロを取り上げ、「近代モダンの原理が作り上げてきた国民国家、国家体系が融解しつつある」と問題提起しています。羽場久美子・青山学院大学教授によれば、昨今のテロの特徴は自国で育ったテロリストによる「ホームグロウンテロ」です。諸問題の根源は、中西輝政・京都大学名誉教授は「性急にすぎたグローバル化」にあるとします。インターネットを活用するISの台頭は時代を象徴しているとも指摘しています。宮崎は「IT技術の発展は、グローバリゼーションそのものですからね」と応じています。アメリカ大統領選ではトランプが予想外に支持されています。彼の排外主義を、宮家邦彦・立命館大学客員教授は「没落しつつあるアメリカの白人中産階級の本音」と断じています。日韓関係が憂慮されていますが、伊藤俊幸・キヤノングローバル戦略研究所客員研究員はミリタリーや外交官の間の関係は良好だとしています。アメリカは一極体制に固執し、中国は「中華民族の偉大な復興」、ロシアは「ソ連の復活」を目指し、不安定要素が肥大化していると、中西は危惧しています。「安倍首相の外交手腕がよりいっそう問われる一年になりそうです」と宮崎が結んでいます。

 『文藝春秋』には、牧原出・東京大学教授×中北浩爾・一橋大学教授×竹中治堅・政策研究大学院大学教授「激論 参院選『改憲3分の2』はあるか」もあります。竹中によりますと、今年の最大の政治テーマは7月の参院選で、争点は経済です。牧原が「自公が3分の2を超えるか否かは注目」と提起していますが、それには3人とも明確には応えていません。竹中と牧原は衆参ダブル選の可能性ありとし、中北は公明党の反対や一票の格差の「違憲状態」をもって、可能性は低いとします。竹中によれば「ポスト安倍」は「安倍」であり、中北によれば「ポスト安倍が明確になっていない」ことが自民党の波乱材料なのです。牧原は「安倍首相はもうここまできたら二〇二〇年東京五輪まで行くべき」と説いています。
 民主党の若きリーダー(細野豪志・民主党政調会長×玉木雄一郎・民主党国対副委員長)が『文藝春秋』で語りあっています(「民主党は『新党』で出直すべきだ」)。細野は、政権時代の失敗として、日米関係をこじらせたことと危機に際しての党運営のノウハウがなかったことを挙げ、玉木は官僚との関係を築けなかったことを付け加えています。細野は、共産党とは選挙協力ですら反対だと明言しています。なお、二人は、安倍政権のもとでの改憲には反対ですが、権力者を憲法が縛るという立憲主義の立場から改憲すべきとのことです。また、選挙に強くなる必要を強調しています。政権復帰を狙うのは3年後の2019年だそうです。

 黒田東彦・日本銀行総裁「日銀総裁、デフレ脱却はいつですか?」『文藝春秋』は、「生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数で見れば、一五年十月にはプラス一・二%のところまで上昇」していますし、「『二〇一六年度後半頃』に、二%の目標を達成できると考えています」と述べています。また、「原油価格の大幅な下落の影響を除いた物価の基調が上向いている現状を客観的に見れば、以前のデフレ状況とはまったく違います」から、「『もはやデフレではない』という政府の見解はその通りです」とも言っています。

 古市憲寿・社会学者「子どもの貧困克服が未来の安心に繋がっていく」『中央公論』は、日本の子どもの相対的貧困率は16.3%、先進諸国中で最悪の水準と憂えています。「国が責任を持ってすぐにでも取り組むべき課題」なのです。社会全体のレベルを高めるためには乳幼児教育が重要で、就学前教育が人生を左右するので、子どもの貧困を放置すべきでないのです。生活保護のような「再配分」よりも「事前配分」のほうがコストパフォーマンスがよいと力説しています。
 藤田孝典・NPO法人ほっとプラス代表理事「『自決』より『生活保護』を」『Voice』は「下流老人」を救うべきと熱く説いています。「下流老人」とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」のことです。「『家賃だけで年金のほとんどが消えてしまう』という人があまりにも多い」のです。「日本の住宅政策は遅れています。まず行なうべきは、低所得者のための公営住宅の整備です。現状に比して、圧倒的に数が足りません。あるいは、家賃の補助制度の導入」と提言しています。

 『中央公論』は「国立大学文系不要論を斬る」を特集しています。昨年6月の文部科学大臣名による国立大学学長への通知は、グローバル経済下の競争に勝つために国立大学の人文社会系を縮小し、予算と人員を理系に再配分すべきだと読めるものでした。それに、特集は真っ向から反対するものです。佐和隆光・滋賀大学学長「『世界』に認められたければ文系に集中投資せよ」は、AI(人口知能)に取って代わられる公算が高いのは理工系の職種で、人文社会系こそそう簡単に取って代わられないので、かえって人文社会系に研究費を重点配分すべきと主張しています。世界の大学ランキングでは日本の大学は人文社会系の分野での得点が低位にあります。それは英文論文のみが評価の対象だからです。ですから、英語による人文社会系論文を多産するよう投資すれば、「日本の大学の世界ランキングの順位は大きく跳ね上がることが期待される」とのことです。

 『文藝春秋』には「司馬遼太郎未発表原稿」と銘打った「『竜馬がゆく』がうまれるまで」、『Voice』には山下泰裕・東海大学副学長×野田佳彦・衆議院議員「日本の心、武道の心」があります。

 (文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時)

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