月刊総合雑誌2016年3月号拾い読み (記・2016年2月20日)
『中央公論』の表紙には、大きく「特集 韓国豹変の深層」とあります。
同特集の巻頭は、木村幹・神戸大学教授×川島真・東京大学教授「慰安婦問題合意は米中パワーゲームの『賜物』」です。木村は、アメリカに対する配慮から韓国側が譲歩したとみなしています。川島は、「今回の合意は和解から見ればスタート点に立った」にすぎないとみています。
大西裕・神戸大学大学院教授「歴代大統領における『理念』と『実利』」は、韓国における大統領の当事者能力と政治の理念思考を問題として取り上げています。「大統領の当事者能力は国会やその他の憲法機関によって制約されているため、政府間合意のみをもって」問題終結とはならないようです。また、実利的な政策であっても、理念志向の政治を克服するのは困難なことを説明しています。ですから、歴史認識に関する問題を他の問題と切り離すことなどはできないのです。
朴母、・ソウル大学国際大学院教授・副院長「変曲点に立つ韓国外交」は、安倍総理の政治的決断を韓国としては評価せざるを得ず、「さらに以前から日韓関係の改善を望んでいたアメリカの立場も無視するわけにはいかなかった」、「他分野における協力を推進するための新たな土台作りを行ったのである。これは中国に傾斜しているとまで言われた朴政権の韓国外交が、中国と日本の間で均衡を取り戻すきっかけにもなった」と記しています。
車炳錫・韓国経済新聞経済部長「活力を失った韓国経済」は、低成長・高負債・中国企業の攻勢や若者の失業に喘ぐ韓国経済の様相を紹介しています。
長谷川熙・元朝日新聞記者×西岡力・東京基督教大学教授「日韓慰安婦合意 朝日新聞の欺瞞」『文藝春秋』は、慰安婦に関しての日韓合意が成立したことを報じたさいの朝日新聞の紙面に、問題が深刻化した原因が朝日自身にあるにもかかわらず、そのことに一言も触れていないと、驚きと怒りを表明しています。
「外国では誤った情報だけが独り歩きしてきたため、たいていのドイツ人は、今度こそ安倍首相も逃げ切れなくなって謝ったのだと解釈した」と、川口マーン惠美・作家、シュトゥットガルト在住「クリスマスと慰安婦の話」『Voice』にはあります。
1月6日の北朝鮮の核実験の背景と韓国の反応を小武定彦・ジャーナリスト「北核実験 朴槿恵の怒りが止まらない」『文藝春秋』が詳述しています。「最も北朝鮮に影響力がある中国との協力が重要だ」としてきたのに、中国が十分には期待に応えなかったので、朴大統領の焦りは相当なものだったとしています。金正恩・第一書記は「劣等感が強く好戦的」で、朴大統領は「イエスマンが好きで直線的」と指摘し、偶発的な事件や計算違い、誤解から戦争になることを危惧しています。
マイケル・ユー・韓国人ジャーナリスト(聞き手=金子将史・政策シンクタンクPHP総研首席研究員)「勝負は朴槿惠大統領の次だ」『Voice』は、「(韓国で)逆境を乗り越え、新しい国のあり方を模索している世代が台頭しはじめたのはよい兆候です」とし、「日本に対するコンプレックスを認め、それを自ら乗り越えようとする世代に期待しているのです」と続けています。ただ、日韓間は「韓国の政治家の世代交代が完了して初めて、新しい世代間での建設的な交渉が実現する」ので、「やはり勝負は朴槿惠大統領の次の政権」とのことです。
「“自由・平等・友愛”というフランス革命以来の標語にもとづく共和国のあり方は消えつつある」、「フランスをはじめとするヨーロッパの中産階級には、ヒステリックなイスラム恐怖症が蔓延しています。しかし、そこで悪魔のように語られるイスラム教徒は、実像を反映したものではなく、人々がきわめて観念的に作り上げたフィクションです」と、エマニュエル・トッド・歴史人口学者「世界の敵はイスラム恐怖症だ」『文藝春秋』は述べています。
パリで同時テロが生じたことにより、「テロと難民問題が組み合わされて理解される」ようになりましたが、「テロリストが難民のなかから生まれているというのは必ずしも事実ではありません」と、三浦瑠璃・国際政治学者「欧州の難民政策は正しいか」『Voice』は、説いています。今日の問題の多くは、ヨーロッパが労働力不足のため移民を大量に受け入れてきたにもかかわらず、移民を社会に包摂せず、「中途半端な存在として放置してしまったこと」に、原因があると展開しています。日本も、一万人、つまりドイツの100分の1、日本の人口の0.01%程度の難民を受け入れるべきと提言しています。
笈川博一・元杏林大学教授「歯車の狂った中東派兵」『Voice』は、中東などでの軍事行動による問題解決の困難さを分析しています。「“悪い政権”を倒すまでは比較的容易でも、前政権に代わるものが自動的に出てくるわけではなく」、外国軍の占領が長引き、かえって混乱を招くことになります。ロシアは、アメリカの動きに反比例するように中東への再進出を狙っていて、サウジアラビア・イラン間の仲介役まで担う動きを示しているようです。
サウジアラビアによるシーア派指導者ニムル師の死刑執行により、サウジとイランとは外交断絶に至りました。サウジの政治を牽引するのはムハンマド副皇太子とし、彼の軍事・外交面の施策にとどまらず、経済改革プランをも、藤和彦・世界平和研究所主任研究員「サウジ版サッチャー革命の衝撃」『Voice』は、問題視しています。国営石油会社の株式公開などにより、「今後五年間で財政赤字を解消」するというのですが、性急すぎ、王国の崩壊に繋がりかねないとのことです。
保坂修司・日本エネルギー経済研究所・中東研究センター研究理事「懸念される日本経済への影響」『中央公論』は、サウジとイランの争いの激化、イエメン情勢の混迷化、西側諸国でのテロの発生の三つの危険が高まると警鐘を鳴らしています。イエメンとアフリカを隔てているバーブルマンデブ海峡は、「日本から欧州に輸出される工業製品の多くが通る海運の要所」ですので、日本はイエメン情勢を注視する必要があるというのです。
矢嶋康次・エコノミスト「『同一労働同一賃金』の徹底こそ一億総活躍の前提」『中央公論』は、正規と非正規の賃金格差を問題にし、「同一労働同一賃金」を提唱しています。
大竹文雄・大阪大学教授+小原美紀・大阪大学准教授「高齢者の貧困がなぜ注目されるのか」『中央公論』は、「下流老人」「老後破産」などが問題にされていますが、「将来において貧困高齢者となる可能性が高い、現在の勤労世代や子ども世代の貧困者への政策の強化」が本当の成長戦略だと力説しています。「問題は若者や中年層の非正規労働者世帯における格差の拡大であり、彼らが高齢化した際には、もっと深刻になる可能性が高い」そうです。
同じ『中央公論』で、玄田有史・東京大学教授「『正規』と『非正規』の線引きをやめよう」は、「正規・非正規は厳格な区分でなく、職場でどう呼ばれているかという曖昧な線引きにすぎない」とし、「今後、正規・非正規から無期・有期へと雇用の座標軸を転換させつつ、労働条件明示の徹底により、契約期間の不明者をゼロに近づける規範作りが不可欠」としています。
橋洋一・嘉悦大学教授「日経平均下落論の勘違い」『Voice』は、株価低迷を「アベノミクスは失敗」などとする論調に、就業者数がV字回復したことなどをあげ、真っ向から反対しています。
柯隆・富士通総研主席研究員「中国経済まだまだ悪くなる」『文藝春秋』は、中国は世界第二位の経済大国ですが、この「中国の奇跡」を可能にした三つの要因がすべて失われたと断じています。三つとは、安い人件費、大量の労働者、安い人民元です。過去の発展モデルが崩れたので、国有企業にメスを入れなければなりません。しかし、党、政府、国有企業は強力な既得権益集団ですので、既得権益を手放そうとしないので、改革は困難で、中国の景気減速は間違いなく長期化すると予見しています。
三浦博史・選挙プランナー「参院選予測 甘利ショックでも自公圧勝」『文藝春秋』は野党勢力結集の困難さを指摘しています。
『文藝春秋』で第154回芥川賞発表があり、受賞作は本谷有希子「異類婚姻譚」、滝口悠生「死んでいない者」。『中央公論』では「新書大賞2016」の発表があり、大賞は井上章一『京都ぎらい』(朝日新書)。
(文中・敬称略、肩書・雑誌掲載時) |