月刊総合雑誌2016年12月 号 拾い読み (記・ 2016年11月 20日)

 12月号の発売は11月10日前後でしたので、8日夜(日本時間9日朝)開票のアメリカ大統領選の結果をふまえての編集は 無理でした。新聞・雑誌・テレビの多くが、ヒラリー勝利を予想していました。しかし、江崎道朗・評論家「アメリカがぶっ壊れ る」『Voice』は、トランプの強さを強調していました。「背景には、オバマ民主党政権がもたらした惨憺たる状況」がある のです。オバマ政権の安保政策は、アメリカ軍を国内に封じ込める「アメリカ封じ込め政策」により、国際情勢を不安定にした、 との保守系知識人からの批判があります。また多くの政治家は不法移民の取り締まりに消極的です。「自分の利益を優先させて自 国の国境線を守ろうとせず、国境周辺のアメリカ国民の安全が脅かされても見て見ぬふりをするエスタブリッシュメントに支持さ れたヒラリー」と、彼女には否定的でした。

 藤和彦・経済産業研究所上席研究員「サハリンパイプライン繁栄論」『Voice』は、「稚内から南端まで最短四三km のサハリン島」の浅い海底下には膨大な天然ガスが眠っているとし、パイプラインにより日本に供給する構想の実現を願って います。「構想が日露間の経済協力プランの目玉となる日は近い」そうです。
 「『二島(先行)返還論』とは、言い換えると『(国後・択捉の)二島放棄論』」で、防衛力増強、情報・インテリジェン ス力の整備、憲法九条改正によって国家の足元を固めてから、本格的に北方領土の交渉を行うべきと、中西輝政・京都大学名 誉教授「二島返還は売国の行ない」『Voice』は、力説しています。
 一方、鈴木宗男・新党大地代表は、『文藝春秋』に「二島返還だって大成功だよ」を寄せ、日本政府は91年10月、「四 島一括」の旗を降ろしているのであり、「『一八年までに平和条約を締結し、二島を引き渡す』という声明を出すことが、い まの段階で可能な、交渉を前進させる方法」と断じています。残る二島については、共同経済活動、人的交流、共同統治な ど、英知を結集させるべき、とのことです。
 奈賀悟・フリーライター「サハリンと根室から見た四島のいま」『文藝春秋』には、「四島一括はもう難しい。だが、四島 返還そのものを諦めるわけにはいかない。プラスアルファの部分で、択捉と国後二島の交渉継続の道筋をつけておく。そこに 今、元島民のいちばんの思いがあるという」とあります。

 歴代の都知事のリーダーシップの欠如を、上山信一・東京都特別顧問・慶應大学教授×片山善博・前鳥取県知事・慶應大学 教授「小池知事VS伏魔殿の内幕」『文藝春秋』は、問題視しています。片山によりますと、「(五輪)組織委員会の人事は 東京都主導で決めるべき」で、上山は、「(五輪全体の)仕切り役がはっきりしないことが根本問題」と指摘しています。片 山は、「新銀行東京や尖閣購入、排ガス規制など自分の好きなことばかり一生懸命で、都政全般をきちっと把握して、的確な 指示を出していたとは思えない」と石原元知事を非難しています。
 『文藝春秋』には、その石原慎太郎・作家・元東京都知事の「『豊洲問題』わが回答の真意」があります。新知事との間の 書面による質疑応答の全文が掲載されています。「そのほとんどを思い出すことが出来なかったことを申し訳なく思っており ます」、「資料をいわゆる『海苔弁』的な細工をすることなくすべて公開していただき、是非皆さんの目で何が行われたのか をご覧いただくしかないと思っております」などとあります。

 本田光信・北日本新聞社編集局報道本部長「富山16議員辞職 ドミノを倒した地方紙魂」『文藝春秋』は、富山市の議員 報酬に関する取材を発端に、市議・県議の政務活動費の不正を報じ、地方議会を追いつめた地方紙の苦労譚です。富山県議3 人、富山市議12人、高岡市議1人を辞職に追い込んだのです。

 エマニュエル・トッド・歴史人口学者×磯田道史・国際日本文化研究センター准教授「日本の人口減少は『直系家族病』 だ」『文藝春秋』の磯田によりますと、直系家族とは、「子どものうち一人、一般的には長男が相続者として親と同居する」 ものです。磯田は、意識・価値観は直系家族のまま、実際は核家族化し、若い世代が将来への不安から結婚をためらい、少子 高齢化・人口減が進行していると指摘しています。トッドは、「今日の日本社会の最大の問題は、直系家族的な価値観が育児 と仕事の両立をさまたげ、少子化を招いていることです。家族のことを家族にばかり任せるのではなく、出生率上昇のために 国家が介入すべきです」と応じています。

 「人口減にも勝機あり」を『中央公論』が特集しています。
 特集巻頭の吉川洋・立正大学教授・東京大学名誉教授×大竹文雄・大阪大学教授「日本に蔓延する悲観論を打ち破れるか」 は、吉川の『人口と日本経済』(中公新書)の問題提起を受けての対談です。人口減はGDP増にマイナスですが、大事なの は一人当たりの所得が上昇することで、GDP減でも、所得増をはかれると吉川は主張しています。さらに、経済成長は人口 増によるものでなく、イノベーションによって起きたのであり、今後はますますイノベーションを生み出す必要があり、それ には教育の充実や高齢者の力の活用、かつ高齢者がイノベーションに参加したうえでの高齢者用製品の開発が求められる、と 展開しています。
 加藤久和・明治大学教授「経済と人口はどう連動しているのか」は、経済と人口の関係は、短期的には関連性は少ないが、 長期的には密接な関係があるとしています。「今後の人口減少は高齢化を伴うもの」で、「高齢化の影響がより深刻なのは生 産性への影響」なのです。
 村上由美子・経済協力開発機構(OECD)東京センター所長「中高年の高いスキルは人口減日本の強い味方」によります と、人口減による労働力不足がかえって、ICTやAIによる構造改革を進めやすくする要因になりそうです。ただ、現在、 非正規雇用の若者のスキルを50代、60代と同じレベルに保つのは難しそうです。終身雇用制に競争原理を導入する「ハイ ブリッド人事」の採用、労働市場の流動性を高めること、起業・女性の社会進出の促進、長時間労働を排し、成果主義をとる ことなどが喫緊の課題です。

 「日本銀行がマイナス金利に踏み切って九ヵ月が過ぎた。異例にして異形の金融政策は、日本経済に何をもたらすのか?」 と、『中央公論』は、「マイナス金利の功罪」も特集しています。
 岩田一政・日本経済研究センター理事長「デフレ脱却には一層のマイナス金利が必要」は、「金融機関の収益減などのデメ リットもあるが、社債発行が活発になり、不動産のマーケットは住宅を含めて明らかに伸びて経済を下支えしている」と、支 持の立場です。ただ、「本当にデフレから脱却したければ」、「短期金利をマイナス0・7%以下」にする必要があると説い ています。
 池尾和人・慶應義塾大学教授「ゼロ金利が金融緩和の限界だ」は、反対です。「マイナス」という表現自体を問題にし、 「名目金利は下がったが、予想される物価上昇率(予想インフレ率)も、同じくらい下げてしまった恐れがある」と分析し、 「成果がなかったという見方は否定できない」と言い切っています。

 楊海英・静岡大学教授「日本は文化大革命五〇周年をどう論じたか」『中央公論』は、日本における文革研究についての問 題提起です。内モンゴルでは虐殺があり、チベットでは「再叛乱」があったなどの研究を紹介しています。中国の周縁部で民 族自決をめざした者は、「反右派闘争」と文革中に「ほぼ全員粛清された」とし、かつて「周縁」とされていた辺境地帯での 文革研究が世界各国で盛んになっている状況を詳述しています。「欧米の現代中国研究は、文革を契機に近代化論や全体主義 モデルなどシステム論的な研究から、利益集団政治と制度論、集合行為などの理論を用いて中国問 題の解明を経てパラダイムシフトを遂げた」とのことです。「日本はまさに思想やイデオロギーの面から中国を直視できない でいる」、「『日中友好』を掲げる日本人も中国国民の真相解明への期待を直視することなく、習近平政権が嫌がる文革研究 を自粛するだけだ」、「日本はまだ中国を客体化できていない」と、厳しい筆致に終始しています。

 室谷克実・評論家「爆発する韓国経済」『Voice』は、「韓国の造船業界は中小がバタバタ倒れ、生き残っている造 船会社は借金の山」で、「韓国の財閥経済」に暗雲が立ち込めていると警鐘を鳴らしています。  (文 中・敬称略、肩 書・雑誌掲載 時)