月刊総合雑誌2016年11月 号 拾い読み (記・ 2016年10月20 日)

 2016年のノーベル医学生理学賞は、細胞の「オートファジー(自食作用)」の仕組みを解明した大隅良典・東京工業大学栄 誉教授に授与されることになりました(現地時間10月3日発表)。おりよく大隅教授と永田和宏・京都産業大学教授の対談 (「『役に立たない』ことが大事である」)が『中央公論』に掲載されていました。両教授とも、日本のサイエンス研究が成果を 求められすぎ、研究費も乏しく、大学の理学部が地盤沈下している現状を憂えています。

 「核とミサイルの開発は極めて合理的、効果的に追求してきた。また、最低限ではあるが、中国と『重大な決定事項につい ての意思疎通』を図る試みも行っている点も見逃せない」とし、「『正恩体制は侮れない』というのが国際的共通認識になり つつある」と、牧野愛博・朝日新聞ソウル支局長「金正恩は核ミサイルを実戦配備する」『文藝春秋』は言います。「北朝鮮 の戦術目標は『米本土に届く核搭載弾道ミサイルの実戦配備』だ。そのため、最も起こりうるのは、大陸間弾道ミサイル (ICBM)の発射と大気圏再突入実験だろう」と予見しています。
 「金正恩の口癖は『日本は百年の敵、中国は千年の敵』」、「アメリカはせいぜいのところ『五十年の敵』」で、金正恩が 「東方の核大国」を標榜し、言外に強調するのは、「初めて『千年の敵』(中国)と対等に渡り合える国づくりを成し遂げた 民族の若き指導者」と、李英和・関西大学教授「金正恩『わが闘争』」『Voice』は分析しています。日韓両国にとって の課題は、「非核化の良識を維持しながら、(できるだけ日韓協力態勢で)軍事面での防衛能力を高めること」と「経済制裁 と政治制裁の両面で主導権を発揮すること」の二つです。さらに、「北朝鮮の政権交代に向けた『受け皿』づくりを問題解決 の中心課題に据え、脱北者による亡命政権樹立の機運を高める外交的および政治的な努力が急務」とのことです。

 「最近、中国外交が迷走している」が、宮家邦彦・外交政策研究所代表「なぜ国際社会に背を向けるのか」『Voice』 の書出しです。「中国にとって人工島建設が『満州事変』ならば、今回の裁判所の判断は『リットン報告』だろう。これだけ 見ても、中国政府中枢の『外交音痴』はそうとう深刻ではなかろうか」と言い切り、「中国共産党中枢の政策決定過程をよく 研究し、軍事的、政治的、経済的手段を駆使して、いまのような対外強硬路線が中国にとり有害となることを、あらゆる機会 を通じて、中国側指導者に納得させるしかないだろう」と提言しています。

 『Voice』に陸海空元幕僚長(火箱芳文・第三十二代陸上幕僚長×杉本正彦・第三十代海上幕僚長×外薗健一朗・第 三十代航空幕僚長)による鼎談「武器さえ持てない自衛隊」があります。火箱によりますと、「日本は『専守防衛』という軍 事的にはありえない美名に囚われ、さらに抑制的な法制によって現実的には何もできない」のです。自衛隊が、警察官職務執 行法に従い、正当防衛・緊急避難でしか武器を使用できない現状を、異口同音に慨嘆しています。
 鼎談「陸海空 元自衛隊幹部が明かす中国の『次の一手』」(永岩俊道・元航空自衛隊航空支援集団司令官[空将]×香田 洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官[海将]×山口昇・元陸上自衛隊研究本部長[陸将])が『中央公論』にありました。永 岩によりますと、スカボロー礁を埋め立て、軍事基地化することは、中国が点と線から「面」を確保することになり、急激に パワーバランスが変化してくるのです。南シナ海地域の大半における航空機・艦船などの動きに関する情報を中国に独占され ると、「とても嫌な圧力になる」と山口は危惧しています。さらに、永岩は、「最前線での中国の示威行為は極めて強引」と し、「偶発的事故」を心配しています。香田は、「ロシア帝国の流れを汲むソ連は、ヨーロッパが作り上げてきた国際基準に は最低限あわせる国だった。これが中国にない」と懸念しています。香田によりますと、反米を唱える北朝鮮の存在は中国に とって好都合なので、「中国が本気で北朝鮮を抑えることは期待できない」のです。山口は、「日米同盟、日韓同盟をがっち り固め」る必要を強調しています。

 上の『中央公論』の鼎談は、「中国 強硬策の勝算」と題する特集の一環です。 特集の巻頭は、川島真・東京大学教授×遠藤乾・北海道大学教授「大国のしたたかな外交戦術」です。「領土や主権で強硬な 中国に対峙する日本の状況は、世界では一般的ではない」ので、また「中国のマルチ外交を担う外交官自体がスマート」だか ら、中国は秩序変更者、国際社会のルールに反しているとのイメージは持たれていない、と川島は日本外交をも問題視してい ます。遠藤の表現によりますと、「このままでは日本は気が付いたら中国に対して矢面に立っていて、後ろを見たら誰もいな いという構図になりかねない」のです。
 城山英巳・時事通信外信部記者「いきすぎた言論封殺で習近平は追いつめられる」は、習指導部による言論弾圧の背景を 探っています。民主化運動を警戒し、かつ「大国」を運営してきた強い自信を誇示しているかのようだ、とのことです。と同 時に「共産党に逆らった者への敵対心と報復意識を党・政府の末端まで浸透させており、実際に牙をむいた」のです。「国内 外に広がる根本的な矛盾や問題を力で押さえつけ、『やり過ぎ』の政治手法を続ければ、体制はいずれ行き詰まることも知っ ているはずである」と、城山は結んでいます。
 「強力な政権の下での経済成長路線に人々が飽き足らなくなり、疑問を持ち始めたとき、生活の質や尊厳、未来への希望な どの新しい多元的な価値を追い求める者に対し、一党支配の開発政治に邁進する北京は答えを出せない」と、倉田徹・立教大 学准教授「小さな香港で露呈する『超大国』中国の限界」は断じています。
 「足元の中国経済を見ると、さらに落ち込んでいく状況ではない」と、田中修・日中産学官交流機構特別研究員「習政権の 命運を握る国有企業改革」は書き始めています。習主席は、「新起点」との新語を使って五つの柱を提起しています。まず、 ゾンビ企業の淘汰、住宅在庫・金融リスクの解消、企業負担の軽減、製品の安全性・品質向上など、「改革の全面深化」で す。次いで、イノベーション、環境問題、福祉増進、経済の対外開放と続きます。「中国では常に、政治は経済に、内政は外 政に優先」し、「しかも、対日問題が権力闘争の『カード』として使われやすい」ことを日本は忘れてはならないようです。
 富坂聰・拓殖大学教授×岡本隆司・京都府立大学教授「日本人が“中国の論理”を読み解けない理由」では、岡本が「日本 は自国の目線ばかりで中国を見がちで、世界を見渡すことができない」ことを問題にしています。富坂によりますと、「日本 も儒教を中国から取り入れ学びますが、教養としての儒教で骨身にしみたものではありません。だから、中国の論理がわかる ようで、わからない」のです。また、「アメリカという最強カードを持ってくれば問題は解決する、という日本の風潮」に、 富坂は違和感を覚えるとのことです。

 富坂は、『文藝春秋』にも「中国ゾンビ企業 幹部たちの悲鳴」を寄せています。タイトルにあるように、年収が五分の一 になるなど、国有企業の幹部たちは苦境にあります。また、中国経済の命運は、国有企業改革の進展にかかっています。しか し、「中国のニューエコノミーの台頭はAIなど先端技術と第三次産業でめざましい。労働市場の調整では苦労することも予 想されるものの、数年後には再び力強い経済発展が復活するとも予測されている」が富坂の結論です。

 14回にわたる安倍総理とプーチン大統領の首脳会談のほとんどに同席している世耕弘成・経済産業大臣が、12月15日 のプーチン大統領の訪日を前に、「私が見た安倍・プーチン会談」を『文藝春秋』に寄稿しています。「(両首脳は)お互い に信頼関係が築けており、しかも強力な政権基盤を得ている自分たち二人の代で何とか問題を解決しようと揃って考えている ことは、ひしひしと肌身で感じます」と両国関係の進展を期待しています。

 GDP(国内総生産)では真の豊かさはとらえられないと、『中央公論』は、「GDPを疑え」をも特集しています。国民 総所得(GNI)を重視する新指標「GNIプラス」(稲葉延雄・リコー取締役「経済同友会が新指標を提言する理由」)や 企業活動から総生産を測った「ネオGDP」(北村慎也・帝国データバンク産業調査部課長+高安美佐子・東京工業大学准教 授「ネオGDPの可能性」)が紹介されています。

 『中央公論』に、「平成二十八年 谷崎潤一郎賞発表」(受賞作・絲山秋子「薄情」、長嶋有「三の隣は五号室」)があり ました。 (文中・敬称略、肩 書・雑誌掲載 時)