月刊総合雑誌02年11月号拾い読み (02年10月25日・記)
小泉総理の北朝鮮・平壌訪問は9月17日でした。月刊総合雑誌の11月号は10月初旬発売ですから、各誌ともに、小泉総理の平壌訪問を踏まえての編集が可能でした。「訪問」、あるいは「訪問の発表」は衝撃的だったとしか形容ができません。その衝撃性に迫るべく、多くの月刊誌が、「日朝首脳会談」関連に、ページ数を割いています。
小泉訪朝のおりには、新聞記者以外にも、出版社系メディアの記者も同行しました。その一人が、新聞記者が書かなかった平壌の惨状を報告しています(近藤大介「知られざる平壌『貧民街』に北朝鮮の現実をみた」『現代』)。新聞報道以上に、その貧しさは凄まじいようです。商店の棚には商品なく、信号を稼動させる電力なく、裏通りには、煤けた顔の男やボロを纏った女、上半身裸の子供たちがフラフラ歩いていたとのことです。
食糧不足の悲惨な実態に、グループ鴨緑江の春「李恩恵は地下室で殺された」『文藝春秋』が迫っています。5年前に亡命してきた朝鮮人民軍のエリートの証言テープに基づいてのことです。大韓航空機爆破犯の日本語教師は地下室で殺害されたのです。さらには、94年に金日成が死に、金正日体制になってから、生活状態がとりわけ悪化し、それとともに、恐怖政治の度合いが高まってきていて、現在は最悪としかいいようがない状況に陥ったとのことです。餓死者まで続出しているのです。「なにより辛いのは、親が子を捨てている光景です」、「栄養失調でそのまま死んでしまう子も多い」との証言に接し、この記事のサブタイトル(「人民軍エリートの驚愕の証言テープ」)どおり、「驚愕」しました。
北は、経済的な困難さを抱えています。にもかかわらず、日本側は交渉を急ぐ必要もないのに、北にひきづられてしまった、金正日は「地獄で仏(日本)を見つけた」ことに成功し、ほくそえんでいるだろうと、西村眞悟・衆議院議員は悔しがっています(石原慎太郎・都知事との対談「『拉致査察』をやれ!」『諸君!』)。石原も、北朝鮮がどうしようもない「狂人国家」だということを日本人に気づかせた点だけが今回の唯一の成果だと、日本外交を拙速だと厳しく非難しています。小泉総理は国交平常化交渉に向けての共同宣言に署名などせず帰国すべきだったのであり、刑事事件の検証をするように、「拉致査察」を徹底的にやるべきであり、それで初めて国家として日本が内側から蘇るのだ、と強く主張しています。
今回の首脳外交に否定的なのは、石原や西村に止まりません。『文藝春秋』が全誌あげてそうです。特集タイトルは「非道なる独裁者」、北の政治・体制、日本の対応振りに、125ページにわたって全面否定を展開しています(関川夏央・作家「金王朝五十四年の罪業」など)。萩原遼・ジャーナリスト「金正日にまた騙されるのか」は、「北朝鮮当局から渡された被拉致者の安否リストの中に彼らの仕組んだ策謀が凝縮されている。日朝国交という両国国民の神聖な願いをもてあそんで自身の生き残りに利用した金正日の策謀に乗ってはならない」と結んでいます。城山達也・ジャーナリスト「“独断外交官”田中均とは何者か」は、タイトルだけで内容を想像できるでしょう。外務省・外交官への不信・批判の典型例です。
『正論』の小池百合子・衆議院議員「なぜ急ぐ蛮行国家との国交交渉再開」は、前述の萩原たちと同様、今回の首脳外交をまったく評価しません。いや、否定しています。小池によりますと、北を「悪の枢軸」としたアメリカを北は恐れているのであり、今後は「国際的合意を遵守」します、イラクと同様の攻撃対象にしないでくださいとのメッセージをアメリカに送りたかったのです。つまりは、小泉総理は、北に使われてしまったことになるのです。北はテロ国家であり、韓国やクリントン米政権による融和政策が功を奏さなかったのも明白であり、「日本は何も焦ることはないのである」とし、拉致事件の真相究明が先決だと、小池は展開しています。
重村智計・拓殖大学教授「『正常化交渉』で韓国の轍を踏むな」『潮』は、日朝関係の改善が日米関係悪化につながることだけは絶対に避けるべきと指摘しています。金大中・韓国大統領の最大の失敗は、「南北首脳会談によって南北関係が改善された一方で、米韓関係が在韓米軍の位置付けをめぐって最悪の状態に陥った」ことであり、その轍を日本は踏んではならないと、重村は警告します。つまりは、国交正常化は困難ではありませんが、北を「悪の枢軸」と認識するアメリカとの関係のほうが重要なのです。だからこそ、「北朝鮮には時間がないが、日本にはいくらでもある。交渉はあくまでもアメリカと歩調を合わせ、慎重に進めること」となるのです。国交正常化交渉は、拉致問題の全容解明と責任追及の後に行うべきこととなります。
日朝交渉に否定的な論調のみではありません。
『中央公論』で、北岡伸一・東京大学教授は、特集のタイトル「北朝鮮『ならず者国家』の命運」の主調音からは離れ、小泉総理を絶賛しています(「戦後日本外交史に残る成功である」)。北岡も、拉致被害者の消息に接したときの外務省の対応を失態とします。しかし、「日本の国益にとって大きな成果であるのみならず、東アジア戦後国際関係史に新たなページを開くもの」とまで高得点を与えています。北岡によれば、東アジアの緊張緩和の観点から考えれば、日朝平壌宣言は大きな成果なのです。
ただし、その北岡も、今後の交渉については、日本には急ぐ必要はないと考えています。また重村と同様、「アメリカとの協議を密に」することが重要だと指摘しています。
『ボイス』の特集は「北朝鮮、許すまじ」です。中曽根康弘・元総理が、岡崎久彦・元外交官との巻頭対談「日朝交渉の五原則」に登場しています。特集タイトルによってもたらされる印象ほどには、中曽根・元総理は今回の交渉について否定的ではありません。むしろ「タイミングが非常によかった」「小泉君はツイている」と分析しています。ただし、今後、ツキを維持するためにも、五原則が必要とのことです。五原則とは―@総括的解決をはかること、A謝罪などについて韓国のとき以上の条件を入れないこと、B懸案を一つ一つ着実に解決していくこと(第一関門として拉致問題)、C経済協力の問題は最終段階で、D日米韓の一体的連帯、―です。
石丸次郎・ジャーナリスト「金正日体制 終わりの始まり」『論座』は、金正日が「拉致」を認めて謝罪したことが、彼の体制の終焉への第一歩になる可能性を指摘しています。「日本からは金を、米国からは攻撃対象にならないことの担保が欲しかった」からこそ、「不倶戴天の敵、日帝、米帝に屈服」したのです。ただし、実際に、日本などの協力でその経済事情の好転をはかるようになると、現体制の維持は困難となり、金日成-正日システムの崩壊、金の退場につながると見るのです。
たしかに、本田将・朝日新聞編集委員によりますと、金日成死去のころのアメリカの対北政策は、北の体制の崩壊を前提に組み立てられていました(討論「北朝鮮はどこまで変わったか」『世界』)。現在もその前提を放棄したとは言いがたいものがあります。ただ、実際に崩壊してしまっては、日米韓にとってのコストは甚大なものとなりそうです。そのような破局にいたらないように日本は努めなくてはならないと、本田は力説しています。
日本側にとっては拉致問題解決が第一関門であり、一方、北は日本に対しての「過去の反省」を求めてくるでしょう。右の討論で、李鐘元・立教大学教授は、日韓・日中間の歴史認識問題を併せ想定してのことでしょう、「心の問題」が残ることを指摘しています。しかし、「過去」への補償は、日韓と同じ経済協力方式が現実的と、李の問題提起を受け、小牧輝夫・国士舘大学教授が応じています。補償・資金提供は、つねに軍事的に転用される危険性があります。経済協力方式以外では、コントロール不能とのことです。
外務省への信頼度が低いせいか、議論百出です。外交にとって望ましいわけはありません。小泉総理のリーダーシップに期待するしか法がありそうもありません。これまた危険このうえないことですが…。
(文中・敬称略)
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