月刊総合雑誌03年3月号拾い読み (03年2月22日・記)
月刊総合雑誌三月号で珍しいことが生じました。有力二誌に、同じ論文が掲載されたのです。『文藝春秋』「我が中国よ、反日行動を慎め」と『中央公論』「民族主義的反日論は有害無益だ」です。中国人による中国語の論文の翻訳で、原題は「対日関係新思維」、筆者は馬立誠、『文藝春秋』によれば、人民日報論説部主任編集、『中央公論』によれば、『人民日報』論説委員です。『文藝春秋』は抄訳であり、訳者(杉山祐之・読売新聞中国総局)による解説がある『中央公論』のほうが理解しやすいでしょう。
今なお中国民衆の多くが日本を「絶対悪」視し、「日本たたきが一番安全」との風潮下、中国共産党機関紙『人民日報』の論説に携わる人物が、「事実に即して言えば、日本はアジアの誇りである」「(日本の先の戦争に関連しての)謝罪問題はすでに解決いている」と展開し、平和的な日中関係の重要・必要性を強調しているのです。もちろん中国国内で波紋を呼んでいます。馬の意図は、中国国民の過度な自信からくる過剰なまでの狭隘な民族主義の台頭を排し、中国指導部の交代期に客観的な対日観を構築することにある、と訳者・杉山は指摘しています。
『中央公論』には、ジェームズ・ファローズ『アトランティック・マンスリー』全米特派員「自らの『封じ込め』に“成功“した日本へ」もあります。彼は、一九八九年に「日本封じ込め」を発表し、繁栄を謳歌する日本に大きく水をあけられたアメリカへの警告として話題を呼びました。一四年後、日米再逆転の構図の分析を試みています。官僚制に代表される硬直化した日本のシステムが、あらゆる調整を拒絶したことにより、なんら改革が行われず、つまりは自らを封じ込め、「失われた一〇年」となったのです。逆にアメリカは諸分野で日本人の助言を聞き入れ、ファンダメンタルズを微調整したとのことです。
この稿を草しているは二月中旬です。アメリカのイラク攻撃必至との報がしきりでした。幸田和仁・ジャーナリスト「イラク殲滅 ブッシュの頭の中」『文藝春秋』や田中宇・国際情勢解説者「乗っ取られたイラク戦争」『ボイス』が詳しく論じていました。幸田も田中も、同じような指摘をしています。アメリカが中東の石油利権への支配力を強め、世界のエネルギー市場を握り直し、自国経済の崩壊を防ぐため、とのことです。アメリカのイラク攻撃開始日についても種々の説が飛んでいます。田中によれば、二月一四日以降、三月後半までの間です。筆者の在米の友人からは、三月二日、あるいは三日との連絡がありました。どの説が正しかったかは、この稿が世に出る頃には判明していることでしょう。
では、日本はいかに対処すべきなのでしょうか。古森義久・国際ジャーナリストは、石原慎太郎・都知事との対談「イラク攻撃は日本の好機だ」『ボイス』で力説しています。「いまは日米関係では戦後史の転換点ともいえる時期であり、日本を普通の国にするチャンスなのです」と。「普通の国にする」とは、憲法を改正し、集団自衛権を行使できるようにすることです。
中西輝政・京都大学教授も、「正論大賞」受賞記念論文「地に堕ちた日本外交を再興せよ」『正論』で、今年は「歴史的分岐路」にあり、最終的な「戦後からの離脱」につながるか否か、大事な年だ、と断じています。さらにテレビで活躍する田原総一朗などの発言を、東京裁判史観、「日本唯一悪玉論」に陥っていると難じています。
中西は、石原慎太郎、中曽根康弘・元総理、松田昌士・JR東日本会長とのシンポジウム「断崖に立つ日本、再生の切り札はあるか!」『正論』でも舌鋒鋭く持論を展開しています。「(憲法)第九条に代表される大きな虚偽、この嘘が日本人を精神的に蝕み」、さらに、大衆民主主義の伸張で政治が混迷化し、当事者能力を喪失してしまっている、とのことです。中曽根はじめ、シンポジウム出席者は、異口同音に、あらゆる分野において、強い指導者の出現を待望しています。
では、当面の指導者、つまりは小泉総理についての評価はいかなるものがあるでしょうか。そろそろ国民の支持にかげりが見え始めています。友人知己からも批判が出始めました。総理と親しい渡邉恒雄・読売新聞グループ本社社長も『文藝春秋』に「小泉総理に友情をもって直言す」を発表しています。渡邉の筆致は、タイトルに「友情」の文字があるわりには、厳しいものです。テレビ政治を武器とする、日本で最初に成功した劇場型政治家だとしか評価していません。その経済政策、「構造改革」は意味不明と斬って捨てています。さらに『文藝春秋』には、高村薫・作家×国正武重・政治評論家「小泉純一郎 最も危険な宰相」とまで酷評する対談があります。
小泉政権の経済政策については、『中央公論』は「国有化日本―出口のない経済危機管理」を、『世界』は「小泉『税制・年金』改革―何のための負担増か」を、それぞれ特集しています。二つの特集のサブタイトルでも類推できますように、竹中平蔵大臣が主導する小泉政権の経済・金融政策は、総合雑誌の世界では、支持されていません。いや、全否定されていると表現しても過言ではありません。今後の小泉総理評・小泉政権評は落下一途になる可能性があります。
朴承a・在ソウル・ジャーナリスト「極秘入手 核開発『供述調書』全文公開」『現代』によれば、北朝鮮は九四年以降、プルトニウム型に代わってウラン型核兵器の開発に邁進してきたのであり、五〇〇〇トン以上もの化学兵器を保有しているとのことです。田窪雅文・原水禁国際部「北朝鮮の核開発とはどのようなものか」『世界』も、北朝鮮の核兵器保有の可能性を指摘しています。
日本にとっては、イラク情勢よりも、北朝鮮の動向が大きな意味を持ちます。しかし、川口順子・外相「変化する安全保障環境と日本外交」『論座』に接しますと“心胆寒からしむ”ことになります。北朝鮮の脅威に対し、関係諸国の協力を得て、「平和的解決に向けて一層努力していく覚悟です」と記すのみです。まったくリーダーシップ、力強さを感じません。
かかる危機を抱えているにもかかわらず、代わるべき政権像が結べず、不安です。『中央公論』の特集「政党不信―再生の道筋をさぐる」でも、残念ながら再生の道筋は見えてきません。第一、特集の巻頭論文が、成田憲彦・駿河台大学法学部長「政党の解体過程はあと一〇年は続く」のですから…。
先の中西論文には田原批判があったと付言しました。先月でも、田原や筑紫哲也への批判に触れました。『論座』の特集「テレビに明日はあるか」に両名が登場していますので、少し紹介しましょう。筑紫は、鳥越俊太郎・テレビキャスター、テリー伊藤・演出家と「テレビは戦争を止められるか」との大袈裟なタイトルの座談会にのぞんでいます。しかしながら、結局、テレビは、筑紫によれば、「(戦争が)起きてしまったらもう力はない」のであり、座談会はテレビ番組の質の低下を嘆くのみに読み取れ、当事者としての危機意識は伝わってきません。
一方、田原「私はジャーナリストから外れている」は、意気込みが感じ取れます。ひたすら事実から事実を迫るのがジャーナリストだとすると、田原は、自身はジャーナリストではないと定義づけています。政治を変えなくてはならない、そのため何とかしなければならないとの思いが強くなっているとのことです。だから、彼のテレビ番組での司会・進行は恣意的になるのか、と納得できました。しかし、中西はじめ多くが問題視する田原の歴史観については言及、あるいは反論がありません。そこに不満が残ります。
あまりに政治や経済関連の論文では疲れるだけだとお思いの方には、『文藝春秋』の特別企画「日本語大切」をお勧めします。「言語の衰退は国家の衰退。巷にはびこる珍妙な日本語を見直し、今こそ『私たちの言葉』を手に入れよう」との意図での、一六篇、一〇二頁にも及ぶ大型企画です。徳岡孝夫・ジャーナリスト「山本夏彦『完本 文語文』熟読」や藤原正彦・お茶の水女子大学教授「数学者の国語教育絶対論」などから読み始めるとよいでしょう。最後に『文藝春秋』には、芥川賞受賞作・大道珠貴「しょっぱいドライブ」とその選評が掲載されていることを紹介し、擱筆します。
(文中・敬称略)
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