月刊総合雑誌03年4月号拾い読み (03年3月26日・記)
米英軍のイラク進攻は、三月二〇日(日本時間)に開始されました。月刊総合雑誌四月号の多くの発売日は、その一〇日ほど前の三月一〇日前後でしたが、米英による対イラク戦必至との観点からの編集でした。
たとえば、『論座』は国際シンポジウム「テロリズムと帝国」を掲載しています。以下、誌名と特集名のみを記しておきましょう。『潮』「イラク戦争を回避せよ」、『世界』「帝国の戦争に反対する」、『中央公論』「『湾岸戦争』再び―日本に選択肢はない」。上記のうち、タイトルだけでも想像できますように、米英の軍事行動には、『中央公論』以外は、懐疑的であり、疑問を呈していました。
しかし、上記以外の総合雑誌は、対イラク戦にとどまることなく、イラクの次は北朝鮮だ、との問題意識を強く、深く有しています。まず『文藝春秋』は「すぐにそこにある危機 イラク・北朝鮮」の惹句のもと、五篇の記事を集め、その巻頭の緊急討論は「フセインの罠、金正日の挑発」でした。『正論』の緊急座談会は「米国のイラク攻撃、北朝鮮の核恫喝 決断の時、来れり!」であり、『諸君!』は「イラク・北朝鮮 さし迫る危機・日本の選択」として、イラク・北朝鮮への強硬姿勢を訴えていました。もっとも理解しやすいタイトルの特集は、『ボイス』の「次は北朝鮮の番だ!」でしょう。
イラク・中東が当面、衆目を集めています。しかし、北朝鮮・朝鮮半島関連に止まらず、北東アジアの安全にも、細心の注意を払わなくてはならないでしょう。北東アジアを安定化させるには、まずは日本国内において、民族問題・民族対立が激化してはいけません。
日本国内においては、在日コリアンの日本国籍取得問題があります。鄭大均・東京都立大学教授「在日は祖国に離別宣言を!」『中央公論』は、在日に参政権を付与することなど必要なく、日本社会のフルメンバーになるのであれば日本国籍を取得(帰化)すればよい、と説いています。
一方、朴一・大阪市立大学教授「国籍取得で在日コリアンは救われるか」『論座』は、帰化するのでは、在日コリアンが自然消滅してしまう、と反対しています。そのうえで、在日コリアンが、次の三点を選択できるようにすべきと展開しています。@日本国籍を取得しても民族的属性を維持することができるようにする。A二重国籍を認める。B外国籍のままの永住外国人には地方参政権を付与する。
国際的常識から論ずれば、鄭の所論が正論です。しかしながら、歴史的経緯を有するが故に、諸説が頻出しています。静かに見守るのも一方策でしょう。
北東アジアといえば、やはり中国の存在を無視できません。おりよく『文藝春秋』が「中国最先端」と題する現地ルポ大特集を編んでいます。清水美和・東京新聞編集委員「中国農村 知られざる惨状」、瀬戸口泰史・富士総合研究所地球環境研究室長「密かに広がる深刻な環境汚染」、伊藤正・産経新聞中国総局長「中国不動産バブル崩壊前夜」などを目にしますと、中国における経済成長の歪みを意識せざるをえません。日本の体験に照らし合わせますと、公害を頻出させ、農村部には出稼ぎを強要した高度成長期と同種・同根の問題、否、同種・同根ながらそれ以上に大規模な問題を抱えていると思わざるをえません。
日本と中国、そして台湾の関係は、つねに波乱含みです。中国、台湾、双方が「中国は一つ」と主張するからであり、また、日中国交正常化三〇年は日華断交三〇年となってしまっているからです。それらの歴史的経緯については、高橋政陽・テレビ朝日台北市局長/若山樹一郎・読売新聞台北市局長「『日中』か『日台』かで揺れた日本外交」『中央公論』(他に「【初公開・全文掲載】蒋介石総統宛て田中角栄首相親書」、石井明・東京大学教授「三〇年ぶりに封印を解かれた発言を聞いて」)が詳述しています。日本側は、対台湾に「断交」とは明言しなかったし、歴代日本政府の本音は、「二つの中国」、あるいは「一つの中国、一つの台湾」でした。今後も同様でしょう。日中国交正常化三〇年・日華断交三〇年を経た現在、日本の対中・対台政策が、北東アジアの今後にとって、よりいっそう大きな意味を持つようになるでしょう。
さて、日本経済についてですが、米英軍がイラク進攻を開始した三月二〇日、日銀総裁・副総裁がかわりました。では、速水優・前総裁は何をしたのか、福井俊彦・新総裁の課題は何なのか。それらを、元日銀政策委員会室調査役であり、現在は参議院議員であり、民主党政調副会長、「次の内閣」金融担当副大臣である大塚耕平の「定見なき金融政策は国を滅ばす」『論座』にみてみましょう。
速水日銀の失敗の第一は、パターン化された行動で金利をゼロまで引き下げ、それをパターン化された判断で解除したこと。次いで、「小出し」の増分(漸進、逐次投入)主義、さらには中央銀行に財政ファイナンスさせる「金融政策の財政政策化」。新総裁は、右の誤りを繰り返すことなく、そのうえで、手形割引を日銀が担うべきですし、円安方向への為替政策に取り組むべきだと、大塚は提唱しています。
大塚に限らず、多くから日本経済に対し、提言がなされています。にもかかわらず、日本経済は依然として混迷下にあります。学問、つまり経済学は何ができ、何ができないのでしょうか。日本を代表し、ノーベル経済学賞にもっとも近いといわれる経済学者(青木昌彦・経済産業研究所所長)の言を追ってみます(青木「経済学の可能性と責任」『論座』)。
青木は、まず、経済学が従来型の枠内で解ける以上の問題を現今の日本が抱えていると指摘します。戦後体制を支えてきたシステムやルールが崩壊し、変革には三要素が必要とのことです。@予算の事前査定から事後評価への転換、A透明な税制への改革、B地方分権の徹底、です。さらに、現在、その存亡を問われている、変革を求められている学問は、経済学だけではなく、社会科学の諸学問の統合的研究が求められている、とのことです。
経済的に元気がないからでしょうか。気を取り直そうとの特集「さよなら、競争至上主義」を『中央公論』が編んでいます。サブタイトルには「私たちはこんな社会に暮らしたい」とあり、“癒し”を意図しているかのようです。
巻頭の神野直彦・東京大学教授「『観る社会』から『参加する社会』へ」は、従来の社会は、「量と競争の社会」だったのであり、「質と協力の社会」を実現すべきと説いています。神野の所論は、スポーツを例にとりますと、理解が早いでしょう。他の局面で重労働し、高額を稼ぎ、それを費用として「観て」きた「スポーツ」を、「する」ようになったほうが、人間の真の豊かさにつながるというのです。また、阿久悠・作詞家/作家「晩節学のすすめ」は、「幸せ」の定義はないのであり、自分なりの美意識を、人生の総仕上げの時期につらぬきたい、と謳っています。たしかに、神野・阿久の説くとおりです。しかし、どことなく、「武士は喰わねど高楊枝」との痩せ我慢の言に聞こえるのは、小生だけのことでしょうか。
九〇年代に行き着くところまで行き着いた「顔グロ」が、行きすぎた「顔ジロ」として変形し、登場しています(武田徹・ジャーナリスト「『顔グロ』ギャルたちは、いま」『ボイス』)。それが、医療法違反の手術割引チラシによる美容整形手術の氾濫へとつながっています。チラシを持参すると、手術代五%オフで二重瞼にすることができるのです(山下柚実・ノンフィクション作家「『美容整形』ブームは誰が生み出しているのか」『世界』)。
やはり、イラクや北朝鮮の諸問題とは違ったとしても、日本も変です。変な兆候がかなりあります。日本はどんな状況にあるのでしょうか。見つめ直す必要があります。
『文藝春秋』の「識者60人アンケート 日本を見つめ直す最良の『歴史書』」を最後にお勧めします。上位三位だけでも紹介しておきましょう。第一位・司馬遼太郎『坂の上の雲』(全八巻、文春文庫)、二位・塩野七生『ローマ人の物語』(全一一巻・刊行中、新潮社)、E・ギボン『ローマ帝国衰亡史』(全一〇巻、ちくま学芸文庫)。
(文中・敬称略)
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