月刊総合雑誌03年7月号拾い読み (03年6月24日・記)

 韓国の盧武鉉大統領が国賓として来日しました(6月6日〜9日)。その直前、麻生太郎・自民党政調会長の発言(大戦前の朝鮮における「創氏改名」は「朝鮮の人たちが『名字』をくれと言ったのが始まり」)が問題となりました。麻生発言があった、まさしくその時期に、月刊総合雑誌7月号のいくつかは発売されました。

 その7月号のうち、『諸君!』に麻生発言と同趣旨の論文が掲載されていました。呉善花・評論家「創氏改名は強制だったのか」です。特集「昭和史 日本人の共有常識」の一環です。日本は、現在もなお、いまだに戦争責任・歴史認識を、世界から、とりわけアジア各国から問われ続けています。しかし、南京大虐殺、朝鮮人強制連行、戦後補償などについて、他の国々、他の国々の人々と認識の懸隔があります。懸隔を意識しつつ、日本人にすべて非がある、あるいはいまだ戦争責任を果たしていないとの論理に抗するために編まれた特集です。「保存版百 頁 俗説・通説を徹底検証して、何が事実かを確定する」と銘打ち、東京裁判についてなど18篇に加え、秦郁彦・現代史家「高校生を汚染する山川・実教の歴史教科書」との歴史教科書批判もあります。
 なお、戦争責任についてはまだまだ歴史としては定着していないようです。『文藝春秋』7月号に新資料が紹介されています。昭和天皇、そして側近たちの、戦争責任について思い悩んだ様相が、田島道治宮内府長官文書「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ズ」と加藤恭子・地域社会研究所理事「封印された詔書草稿を読み解く」で窺い知ることができます。

 『文藝春秋』の特集は、「よみがえれ、『坂の上の雲』」です。『坂の上の雲』は、ご存じのように、日露戦争時、近代国家を作り上げんとした明治日本人の奮闘振りを謳い上げた司馬遼太郎の作品です。中曽根康弘・元総理大臣他による座談会「偉大なる明治の『プロジェクトX』」、関川夏央・作家「昭和と平成 三たび『坂の上』に登る」、水木楊・作家「直言の研究」、後藤正治・作家「司馬遼太郎、『坂の上の雲』を語る」に、日露戦争時に活躍した人物の末裔による座談会「秋山兄弟、東郷、児玉の子孫大集合」まであり、盛り沢山の特集です。
 経済的苦境にあり、社会に勢いが感じられない昨今、当時の熱意・姿勢に学ぼうというものです。『諸君!』の特集で自虐史観から解放され、『文藝春秋』の特集で元気を取り戻すのは結構かと思います。しかし、やはりアジア諸国、とりわけ隣の国とは未来永劫に友好関係を模索していかなくてはならないことにも留意すべきです。もとより、国益あっての友好です。
 『中央公論』の特集「いま日本人に問う―あなたにとって『国益』とは何か」を併読することをお勧めします。巻頭の宮崎哲弥・評論家との対談「この危機を『国益』論議の好機とするために」で、村田晃嗣・同志社大学助教授は、冷戦の終焉、バブル経済の崩壊などにより「枠組みや規範が、すべて変わってしまった。何か大きくまとめてとらえることができなくなって、国益を意識するようになった」と指摘しています。また、宮崎が説くように「内外の危機に見舞われることで、むしろ国益がはっきりと像を結びつつある途次」なのかもしれません。当面のこととなりますと、具体的には、アセアン諸国とは経済連携を深めていく必要があり、それを小泉総理が推進すべきということになります(白石隆・京都大学教授「国益を決定できる人物はただひとりしか存在しない」)。

 さて、 “会社”が往年の“輝き”を失っています。モデルとはやされた米国企業のメッキもはがれてきています。しかし、われわれの多くは会社に勤め続けなくてはなりません。会社をどのように把握すべきなのでしょうか。『論座』の特集「会社はこれからどうなるか」が大いに参考になります。岩井克人・東京大学教授によるベスト・セラー『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)の問題提起を受けての企画です。
 その岩井が、小林陽太郎・富士ゼロックス会長との対談「新・日本型経営が見えてきた」で静かに説いています。「(私的な利益を追求するシステムである)資本主義のど真ん中にある会社において、経営者は倫理的に行動するように要請されている」。昨今、不祥事を起こしたり、破綻をきたした内外の企業の経営者の言動を鑑みるに含蓄のある言葉です。さらに、岩井は、株価至上主義や企業側の独りよがりの企業評価基準を廃し、株主・消費者・従業員など多面性を有する市民に評価してもらうようにすべきとも説いています。

 中国が新型肺炎の感染情報を隠蔽したことにより、世界経済に悪影響を与えました。莫邦富・ジャーナリスト「SARSでわかった中国の無自覚」『論座』は、中国が世界経済の牽引車たる自覚に欠如していると問題にしています。『文藝春秋』や『ボイス』によれば、それどころでありません。『文藝春秋』は先の特集に加え、「SARS 21世紀中国の凶兆」を特集しています。『ボイス』は「SARSが中国を蝕む」と題した特集を編んでいます。
 ここでは、紙幅の関係上、『ボイス』の特集のみに触れます。古森義久・ジャーナリスト「中国共産党を隔離せよ」は、中国の秘密性・閉鎖性・非近代性などの政治的特異体質が露呈したのであり、その特異体質を前提にした対中国政策の必要性を説いています。中国は、失業増・環境汚染悪化・統治能力の減衰に向かうと渡辺利夫・拓殖大学教授は懸念しています(「環境汚染大国の余命」)。それどころでなく、中西輝政・京都大学教授「チャイナ・リスクの時代」は、高度成長神話は破綻し、農民は盲流し、いずれ反乱すると確言しています。さらには、韓小非・現代中国研究者「敵前逃亡した江沢民」は、すでに中国では熾烈な権力闘争が始まっているとし、SARSの全国的拡大を食い止めることができなければ胡錦濤(中国共産党総書記)の政治的運命は危ういと予測しています。
 田中修・財務省財務総合研究所客員研究員「胡錦濤vs.江沢民 暗闘、再び」『現代』は、タイトルほどには政治的側面に焦点をあてた論述ではありません。SARSによる経済的損失についての冷静な分析です。今後の中国経済を占うには、感染者の少ない上海の動向に注目すべき、とのことです。

 『現代』の巻頭は、木村剛・KFi代表「『現代』金融ランキング 大手銀行・証券・生保32社、真の実力判断」です。リソナ銀行への公的資金注入やら生保の利回りの引き下げなど、新聞報道では理解しづらい事態を平明に解明していますし、かつ、資産形成への助言ともなっています。
 また、同誌の「元朝鮮人民軍幹部 日本人拉致の全真相を明かす」は衝撃的です。横田めぐみさんが生存している確率は高く、彼女の夫は朝鮮中央通信社の日本課長とのこと。夫は要職にあるのです。そのため、めぐみさんの帰国は容易でなくなります。北朝鮮在住の日本人拉致被害者は現在108人、その全員を帰国させるのはきわめて困難なことです。
 めぐみさんの両親である横田滋・早紀江はN・フォラツェン・ドイツ民間支援団体医師との『正論』での鼎談「北朝鮮に『対話』は通じない! 独裁の悲劇に終止符を打つために」に登場しています。夫妻そろって、外務省の弱腰外交に批判的です。今後、拉致被害者の帰国実現には、さらなる国民的支援体制が肝要となるでしょう。

 最後に『世界』にも付言しましょう。
 特集は、石原慎太郎・東京都知事の教育政策の真っ向からの否定です。題して「東京型『教育改革』に未来はあるか」。石原都政は、「東京から日本を変える」と意気込んでいます。その一環として、定時制高校の統廃合、単位制高校の導入、エリート進学校の設置などが計画されています。それらは教員への管理強化や業績主義、競争原理、民間企業型管理が幅をきかせ、教育改革ならぬ、教育の危機だと、『世界』は警鐘を鳴らしているのです。しかし、政治的意図は別として、都知事側の論理展開も文章上では理解できます。全面的否定では、論争や改革につながりません。都知事側にも、『世界』に拠る批判グループにも、冷静な論争を期待したいものです。
(文中・敬称略)

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