月刊総合雑誌03年8月号拾い読み (03年7月25日・記)
1人の外交官が総合雑誌8月号で酷評されています。集中砲火を浴びていると表現しても過言ではないでしょう。その人の名や肩書きは、以下のタイトルでお分かりいただけるでしょうし、各々の批判の筆致・口吻も想像できるでしょう。
山村明義・ジャーナリスト「『田中均』研究―その金正日脈と外務省人脈」『諸君!』。平沢勝栄・衆議院議員×佐藤勝巳・現代コリア研究所所長「なぜ田中均外務審議官はかくも金正日政権に媚びるのか」『正論』。児玉博・ジャーナリスト「『亡国の外交官』田中均の正体」『文藝春秋』。なお『ボイス』には、深田祐介・作家「田中審議官に『天誅』を」と蓮池透・北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長×西岡力・現代コリア研究所主任研究員「田中均審議官を解任せよ」の2点もあります。
児玉によれば、田中は、北朝鮮のミスターXなど正体不明の人物をパイプ役がいると言挙げして外交チャネルを独占しようとしているのです。その理由は、田中が自らを大きく見せるためであり、手柄を独り占めしようとする功名心の奴隷・一発屋外交官だからだ、と児玉は難じています。
平沢や蓮池は、田中が拉致被害者・拉致被害家族への対応にはきわめて冷たかった、と難詰しています。田中には、日朝交渉進展のためには、北を刺激したくないとの思惑があったかのようです。蓮池によれば、田中は、日米首脳会談(5月)での小泉総理の北朝鮮に関する声明原稿を書き換えようとするなどの越権行為もあったとのことです。
日本にとっての喫緊の外交政策に関しては、『中央公論』の特集「北朝鮮問題の見えざる最前線」が参考になります。その巻頭の伊豆見元・静岡県立大学教授「アングラマネー封じ込めが『ならず者政権』の命脈を絶つ」には首肯すること大でした。直接武力行使も経済制裁も困難です。現実的な対応策として浮上してきたのは、北の非合法の外貨獲得手段を厳しく制限する、真綿で首を絞めるような政策だ、と伊豆見は提言しています。また、岡部匡志・読売新聞記者「金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた」にあるように、北朝鮮は覚醒剤の密輸などで日本の闇社会に進出しています。つまり日本が、北朝鮮に対峙することは、自らの暗部に対峙することをも意味するのです。同特集には、拉致問題では評価の高い安倍晋三・内閣官房副長官が「時間はわれわれに有利にはたらく」と説いています。経済状況を勘案すれば日本側が忍耐すればするほど有利になるのであり、確固たる決意を示すと同時に忍耐強い対応が必要だと訴えています。
この稿を草しているころ、「マニフェスト」なる語が新聞紙上に踊っていました。総合雑誌8月号では、『中央公論』が、前述の特集に加え、もう一つの特集「『言いっぱなし政治』に別れを告げよ」で、まさしく「マニフェスト」に真正面から取り組んでいました。
小泉純一郎・総理大臣「総裁選で私が勝てば、その方針が党の公約になる」、菅直人・民主党代表「マニフェストを本当に実行できるのはわれわれだ」、増田寛也・岩手県知事「『知事公約』が職員の態度をがらりと変えた」、また「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)共同代表(北川正恭・前三重県知事ほか)「『政権公約』が政治を劇的に変える」(他にも3篇)など盛り沢山です。
「マニフェスト」とは、元来は、英国の政党の選挙公約のことです。選挙に際し、政党や候補者が政策目標を数値で示し、財源・実施手順・時期などを具体的に提示する「公約集」を意味します。有権者が公約の達成度を検証することができ、次の選挙での判断材料にできるようになります。
春の統一地方選で、北川が知事選候補者に作成を提唱したことにより、一躍、政界・マスコミで流行語となったのです。「新しい日本をつくる国民会議」は、訳語として「政権公約」や「政策綱領」をあてています。
民主党の菅代表は次期衆院選に向けて民主党独自のマニフェスト作成に取り組んでいるのです。連立政権樹立に向け、自由党との合同マニフェスト作成にも意欲的です(前掲論文)。政党間で単純に選挙協力を行なっては、「野合」となります。しかしながら、異なった政党間であっても、時期・期間を限ってであれば、政見・政策を同一にできる可能性はあります。このような方法は政党政治の一局面として容認できますし、評価すべき場合すらあります(実際、論文発表後、自由党との合流の動きにつながりました)。マニフェストを掲げ、党の代表を前面に打ち出しての選挙となれば、いわば「総理公選制」に近い形態となります。
一方、小泉総理は、9月の自民党総裁選にマニフェスト的公約を掲げ出馬すると明言しています。それらの公約は、再選された場合には次期衆院選時、自民党としての政権公約・マニフェストと位置づけるとのことです。非主流派がいかに対応するか、興深いものがあります。たしかに、そのマニフェスト作成時までに水面下での暗闘が激化する惧れがあります。いや、水面下どころか、8月号が世に出た時点で、野中広務・元自民党幹事長などから、“小泉総理は独裁者ですよ”などとの強い批判の声があがっていました(7月11日付『毎日新聞』など)。しかし、小泉総理の性格・政治手法からして、あくまでも自説を通そうとすることでしょう。その小泉総理が再選されれば、非主流派は総理・総裁に対抗する論理的根拠を失ないます。非主流派が、このことに気づき徹底抗戦するか、それとも腰砕けに終わるかで、今後の自民党政治・日本政治の方途が違ってきます。
自民党政治は、従来、政見・政策の違いを表面化させてきませんでした。それよりも政権の担当・維持を第一としてきたのです。マニフェストをめぐり、政見・政策の相違を互いに認識し、政党再編に向かうのが本来の政党政治のあるべき姿です。この観点からも、次期総裁選のマニフェストに注目すべきです。小泉総理がマニフェストを掲げ、それをもって総裁選に出馬・勝利し、衆院選に臨むことになれば、小泉総理の「自民党をぶっ壊す」が実現されることになるのです。さらに、繰り返しますが、各政党がそれぞれマニフェストを掲げ、かつ政党の総裁・代表を次期総理としての衆院選となれば、擬似的であっても「総理公選制」が実現されることにもなります。
国際政治では、イランや北朝鮮の核武装の是非・真否が問題になっています。だからこそ、世界第二位の経済大国・日本の核兵器政策が世界的注目を集めています。おりよく、『諸君!』が「是か非か 日本核武装論」を特集していました。青山繁春・独立総合研究所代表取締役「日本核武装を否認する」は、核基地を確実に叩く能力は持つべきだと主張します。しかし、核武装すると、周辺国にとどまらず世界全体に波紋を巻き起こし、日本外交に空前の困難を呼ぶとして、タイトルにあるように反対しています。日本人の多くも青山と同意見ではないでしょうか。しかし、核武装をも選択肢とすべきだとの意見も根強くあります(櫻井よしこ・ジャーナリスト「カードとしての『核保有』を」など)。
中西輝政・京都大学教授「日本核武装への決断」が、核保有を宣言すべき三つの事態を明示しています。第一、アメリカの日本防衛が揺らいだとき。第二、中国の海洋軍事力が日本周辺で恒常的・圧倒的に展開するようになったとき。第三、北朝鮮の核が看過されたとき。ただし、核武装することは容易ではありません。その前に、中西は、21世紀型国家としての基本要件を身につけることを求めています。それを中西は、心技体と表現しています。心とは国家観・憲法など精神面の充実(改憲は前提)、技とは戦略論とそれを支えるノウハウ、体とは総合的核戦略システムです。佐瀬昌盛・拓殖大学海外事情研究所所長の論文のタイトル(「一夜漬けで反応するな」)どおり、性急に結論を求めるべきではないでしょう。
核武装・改憲の論議のさいには、強力なリーダーシップが必要です。それらの現状を窺うには、『文藝春秋』の「『宰相の器』石原慎太郎連続対論」が最適です。安倍晋三、野中広務、中曽根康弘・元総理に石原都知事がインタビューする形式です。個性的な4人の討論の結果、核武装・改憲の論議を主導しうるような強力なリーダーは、現在、不在であることだけは判明します。
(文中・敬称略)
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