月刊総合雑誌04年5月号拾い読み (04年4月19日・記)
イラクで日本人3名が拘束されたとの報に接したとき(4月8日)、ちょうど月刊総合雑誌5月号を手にしていました。各誌は、かかる事件が生じることを想定して編集していたわけではないことは承知しています。しかし、あらためて各誌がイラクをどのように扱っていたかに興味を持ちました。
臨場感溢れるのは、勝谷誠彦・コラムニストの「本誌特派 死に損ないイラク独航記」(『現代』)です。フセインが隠れていた穴や日本人外交官襲撃の現場をも取材しています。それらの報告も見事ですが、圧巻は、拘束された3人と同じ行程で、ヨルダンから車でイラク入り(3月2日)したのですが、その途次、強盗に遭遇し、大金やカメラを巻き上げられてしまう経緯です。取材を続けるためには、護衛を雇わざるを得なくなります。戦場であり、まさしく混沌たる危地だったのです。NPO活動・ボランティア活動にとっても危険きわまりないわけです。
『現代』には、半田滋・東京新聞記者が「番匠一佐の決断 サマワ自衛隊密着1ヵ月」もあります。『文藝春秋』は、「イラク派遣隊長日誌 砂塵と銃声の荒地で」(番匠幸一郎・一等陸佐)を独占掲載しています。この2篇に描かれている、「北の国から」来た隊員たちが気温差70度に耐え、奮闘している姿には脱帽したくなります。自衛隊、そして日本の使命は、鈴木秀生・外務省総合外政局企画官「“イラクの真珠”サマーワから希望のメッセージを」(『正論』)によれば、イラクという大きな貝に核となる粒を入れたのであり、その粒が「立派な真珠に育つよう」にすることだそうです。
総合雑誌のうち、『論座』と『世界』はもともと自衛隊の派遣に反対です。ですから、『論座』の「ルポ 自衛隊のまちで」(諸星晃一・朝日新聞旭川支局員、岩堀滋・朝日新聞春日井支局長)では、立派に活躍している自衛隊員も、派遣命令に逡巡しながら従ったまでで、政治に翻弄される哀れな存在ということになります。『世界』は「いま、すぐ撤兵を!」と題する特集を編み、「過った戦争・占領に協力してはならない」と声高に主張しています。同特集は、巻頭の山口二郎・北海道大学教授の「大義なき占領への加担は許されない」をはじめ、従来の主張の繰り返しのような観がありますが、酒井啓子・アジア経済研究所参事「主権委譲に向けたイラクの課題とは何か」は読み応えがあります。暫定政権での宗派人口ごとのポスト配分は、アメリカによって導入された試みであり、結局は宗派対立の波に巻き込まれて行きかねないようです。
3月20日、台湾総統選挙の投開票が実施され、民主進歩党の陳水扁候補(現職)が得票率で0.228%という僅差で、国民党・親民党連合候補の連戦を破り、再選されました。
伊藤潔・東アジア政治史学者の「陳水扁銃撃は台湾を変えたか」(『諸君!』)は、今回の総統選を台湾人と共産党に大陸から追われた国民党軍を中心とする在台湾の中国人(いわゆる外省人)との戦いとして、歴史的背景を含め、詳しく描いています。そして台湾人たる陳水扁が勝利したのです。『正論』の大島信三・同誌編集長による「台湾総統選の真の決め手は銃撃選より人間の鎖」も、伊藤と同意見です。台湾独立を求める台湾人の力が結集した、つまりは人間の鎖が強固だったがゆえの陳の勝利なのです。
陳候補銃撃事件、選挙無効の訴えなどがあり、民主主義の原則に反する動きがありました。しかし、『中央公論』の酒井亨・ジャーナリストの論稿のタイトルのように、「台湾の民主主義は首の皮一枚でつながった」のです。
さらに、伊藤、大島、そして酒井も、『ボイス』の古森義久・産経新聞特別編集員「なぜ陳水扁は再選されたか」も指摘するように、台湾ナショナリズムが着実に成長しています。『現代』は、“陳水扁総統の後見人”ともいうべき李登輝・前総統への取材などに基づいた、近藤大介・同誌編集部員の「陳水扁勝利は台湾の悲哀を拭えるか」を掲載しています。李によれば、台湾は「台湾独立」、つまりは新憲法制定に向かうとのことです。
台湾海峡を隔てて、「中華」を国名に冠する二つの国家が分立している“現状”があります。その“現状”を日本における台湾研究の第一人者と目されている若林正丈・東京大学教授は、「結びつく経済、離れる心」と表現しています(「『真実の瞬間』は近づいているか?」『論座』)。中台間の貿易額は1992年の74億ドルから2000年には300億ドルになり、台湾から中国への直接投資は年平均20億ドル以上となっています。まさしく「結びつく経済」です。しかしながら、政治的には違った方向にあります。若林は以下のように説きます。
「『離れる心(政治)』には二つの側面がある。一つは、民主化である(天安門事件で中国では民主化が挫折し、台湾では成功したことを想起せよ)が、もう一つは、『独立』を求める台湾ナショナリズムの台頭である」。
どうも、間違いなく、多くが指摘するように、台湾は、独立・新憲法制定に向かいそうです。だから、“現状”の維持は困難となり、台湾海峡の平和と繁栄に利害を有するすべての政府、国民が重大な選択を迫られる時(「真実の瞬間」)が近づきつつある、と若林は予言するのです。
一方、大陸中国の存在を、日本はいかに考えるべきなのでしょうか。
中国の経済力には端倪すべからざるものがあります。『文藝春秋』で沈才彬・三井物産戦略研究所中国経済センター長が「中国が日本を追い抜く日」で、その巨大工場ぶりを紹介しています。ただ、同誌の丹羽宇一郎・伊藤忠商事社長の「中国ビジネス成功への十ヵ条」によれば、中国は日本にとって脅威などではなく、望ましき大きなマーケットなのです。
そこで、『ボイス』は「総力特集 チャイナ特需の正体」として6篇をまとめて掲載しています。日本の景気回復は旺盛な中国経済に引っ張られてのこととの分析もあります(峰如之介・ジャーナリスト「チャイナ特需最前線」)。だからと言って、日本経済が中国経済の後塵を拝するというわけではなさそうです。長谷川慶太郎・経済評論家の「中国の未来は日本次第」は、中国の産業発展には日本からの技術導入が不可欠だと、自信満々です。堺屋太一・作家も「日中『工程分業』のすすめ」で、日本の強みは知的かつ高価な労働集約的産業にあり、中国とは共存共栄できると楽観的です。ちなみに、葛西敬之・東海旅客鉄道社長が、竹村健一・評論家との対談(「商売に過剰な熱意は禁物」)で、中国への新幹線輸出は、台湾のときと違い、ビジネスにならないと指摘しています。
なお、矢吹晋が横浜市立大学教授としての最終講義に加筆した「田中角栄の『迷惑』毛沢東の『迷惑』昭和天皇の『迷惑』」(『諸君!』)は、日中関係における捩れを見事に解析しています。日中国交正常化交渉時、田中総理の中国に「迷惑」をかけたとの発言が問題となりました。「迷惑をかける」とは、中国語では、婦人の衣に水をかけたときなどに使うのだそうです。その程度しか、中国に「迷惑」をかけていないのだと認識しているのか、と中国側は不満だったのです。
しかし、最終的には田中の釈明を「誠心誠意表示謝罪」として毛沢東・周恩来が受け入れたとのことです。その後の天皇の言葉も謝罪としてきちんと受け止められたのです。では、何ゆえに中国側はその後、何度も日本は謝罪を求めるのでしょうか。日本の外務省の記録では、日本語の原文がどのように翻訳されたかが重要視されず、正確には残されていません。反論の材料が残っていないのです。そのうえ、中国側は、毛・周が日本側に譲歩しすぎたのではとの見方が台頭し、日本は「謝罪」していないと主張するようになったとのことです。
いずれにしましても日本、中国・台湾の関係には複雑な要素が多々あります。それらを一つ一つほぐしていかなければならないようです。ただ、五百旗頭眞・神戸大学教授が『中央公論』(「反中“原理主義”は有害無益である」)で説くように、日本は、国際システムの中で、中国が安定した責任ある国になるように誘導すべきなのは確実でしょう。(文中・敬称略) |