月刊総合雑誌04年10月号拾い読み (04年9月27日・記)
サッカー・アジア杯中国大会で、中国人観客が、日本国歌や日本選手にブーイングを浴びせ、中国に反日感情が激化していると、テレビなどでも大きく連日取り上げられました。そこで、今月は、アジア杯関連、いわばブーイング関連の拾い読みに努めます。『諸君!』は「見苦しいぞ、中国」、『現代』は「危険な隣人・中国を疑え!」、『正論』は「中国よ」と、3誌は特集まで編んで、中国への嫌悪をあらわにしています。
まず、『諸君!』の5篇を紹介しましょう。
富坂聰・ジャーナリスト、水谷尚子・中央大学講師が、「試合後、北京は『天安門事件』寸前だった」とのタイトルの対談で、中国人観客は一触即発の観でしたが、最大限の警戒態勢で食い止めたのだ、とアジア杯を現地で観戦したおりの様子を伝えています。
「暴発する中国ナショナリズムを封じ込め!」と、石原慎太郎・都知事と中西輝政・京都大学教授の対談は、対中国強硬路線を訴えています。
さらに、小堀桂一郎・東京大学名誉教授、古森義久・産経新聞編集特別委員、田久保忠衛・杏林大学客員教授の鼎談(「ブーイングは『靖国』で撥ね返せる」)も中国に強硬です。すべからく日本が反発しないから、中国からの批判が続くのであり、靖国参拝批判も内政干渉として撥ね返すべき、と断じています。
中国・韓国・北朝鮮のナショナリズムは単純ではなさそうです。古田博司・筑波大学教授の「蔑日は伝統、反日は国是」は、「それぞれの中華思想の古層の上に、国家主義・民族主義の新層に載った二重構造のナショナリズム」があり、「古層に蛮族・日本に対する侮蔑があり、新層に反日があることを忘れてはならない」とのことです。
清水美和・東京新聞編集委員は「『抗日教育の老師』江沢民 最後の逆襲」で、江沢民(前・総書記)と胡錦濤(現・総書記)の二元指導の矛盾が、中国の反日の激化をもたらしてきたと分析しています。清水によれば、江は反日感情を政権の権力基盤拡大に利用してきたのであり、彼は、総書記時代の90年代、愛国主義教育、つまりは反日歴史教育を強化したのです。事実上の最高指導者としての立場を守るため、反日感情や対外強硬路線を助長・利用してきた、と清水は見るのです(江は軍事委主席を9月19日、胡に禅譲)。来年は終戦60周年、中国から言えば「抗日戦争勝利」60周年です。新体制のもとでも、より一層、反日の傾向を強めるか惧れがあります。なお、清水は、上述の石原や小堀などとは違い、中国内の対外協調派を支援していくべきだと提言しています(清水は『世界』にも「中国『反日』民意の底流」を寄稿)。
『正論』に移りましょう。清水と同様、中国共産党が自己保身のために強化した「愛国主義教育」が反日の若者を育成したと、西村幸祐・ジャーナリスト(「終わりなき中国の『反日』サッカー・アジア杯、激しいブーイングの背景」)はみなしています。そのうえで、朝日新聞やNHKが阿るため、中国側が増長するのだ、と日本メディアにも責任ありと論難しています。東シナ海海底の日中間の経済水域を巡って、中国の動きは急です。それがきわめて横暴であると、平松茂雄・杏林大学教授「中国が仕掛けてきた沖ノ鳥島問題の重大性」と緑間栄・志学館大学教授「手前勝手な中国領海法に抗議し東シナ海の資源を守れ」が糾弾しています。
伊藤正・産経新聞中国総局長の「『世界の工場』という中国の虚構」によれば、今回の騒ぎの原因には、反日歴史教育のほかに、中国民衆の現体制への不満があるとのことです。貧富の格差は拡大する一方ですし、失業率・犯罪発生率が急増し、経済成長の恩恵にあずかることができるのは一握りの人々のみのため、民衆の不満・不安が、サッカーにかこつけての“暴走”につながったということになります。伊藤は、活発な生産・輸出を担っているのは外資系企業であって、中国全体の生産力を「世界の工場」などととても評価できない、と中国経済、ひいては中国社会の未来に悲観的です。
特集外ですが、『正論』には、菅原出・ジャーナリスト他により、「日本海、波高し! 『日清戦争』前夜の日本が持つべき防衛力とは」が掲載されています。タイトルからだけも仮想敵国を中国とみなした防衛構想の必要性を強調していることが理解できるでしょう。防衛力充実は当然のこととしても、その構想策定には冷静さが必要ではないでしょうか。タイトルのトーンをもう少し下げたほうがよいのではないでしょうか。
冒頭に紹介しましたように、「危険な隣人・中国を疑え」が『現代』の特集タイトルです。上村幸治・毎日新聞中国総局長による巻頭の「暴走した『日本叩き』の深層心理」は、すでに紹介した論者の多くと同様、反日感情には愛国教育と靖国問題が深く関わっているとしています。さらには、急激な経済成長により必要とするエネルギーは膨大であり、「中国発の石油危機が世界を飲み込む」(高原彦二郎・元出光興産北京事務所長)危険があります。宮崎正弘・評論家は「凄まじき環境破壊に打つ手なし」とし、海を越えて汚染が日本に悪影響をもたらすと心配しています。
『論座』は「きしむ日中関係」と題し、3篇を掲載していますが、以上の3誌とは、少し趣きが異なります。
天児慧・早稲田大学教授の「変化する中国人の対日感情 新しい関係を切り開く好機」は、今回の騒ぎを乗り越えるよう努めるべきと強調しています。対日感情は決して「嫌い」ばかりでなく、「好き」の割合が多い地域もあるとのことです。中国は、反日一色ではなく、理性的・戦略的に「普通の日中関係」を構築しようと構想する論者たちもいるとのことです。
ただ、上海出身のジャーナリスト・莫邦富によれば、「相互理解の人的パイプが老朽化している」のが問題解決を困難にしています。現在、交流は経済面が主になっていますが、自社のビジネス行動が日本の国家イメージを左右するという認識を持つ日系企業が少なすぎる、と莫は警鐘を鳴らしています。
先に朝日新聞は中国に阿っているとの西村の論難を紹介しました。『論座』は朝日新聞発行です。その『論座』に、田畑光永が、西村などに対抗するかのように、「雑誌があおる反中国ムード」を寄せています。田畑によれば、毎号のように「中国」をとりあげ、反感をあおるかのような激しい口調の記事をあえて掲載する一群の雑誌(『文藝春秋』、『諸君!』、『正論』、『ボイス』、そして月2回発行の『SAPIO』)が日中間の懸隔を深め、深刻化させていることになるのです。
田畑が対象とした雑誌のうちの『文藝春秋』の今月号には、富坂聰・ジャーナリストの「中国反日官僚、『慎太郎、真紀子』を斬る」があります。これは、石原慎太郎や田中真紀子を相手にする必要はないとの中国若手官僚の分析の紹介で、田畑が批判するような反中国をあおる記事とは少し趣が異なります。ただ、やはりタイトルは、田畑によれば、反中国、少なくとも嫌中国となりましょう。
『ボイス』も今月号には、田畑の論難の対象となる論文はありませんでした。
中国関連は、大前研一・UCLA教授の「チャイナ特需が終わる日」の1篇のみでした。不動産融資の総量規制により、中国の景気は急激に失速する可能性が高い、との予測です。日本経済への波及が心配です。
アジア杯は、言うまでもなくサッカーの大会でした。ですから、中国のブーイングも「サッカーの文脈」に照らすべきだとの論考が『中央公論』にありました。宇都宮徹壱・写真家/ジャーナリストの「中国が学ぶべき、ホスト国の矜持」です。彼は、今回と同様な騒ぎを、世界各地で、大会ごとに、試合ごとに、いわゆるフーリガンたちが起こしていると指摘しています。
しかし、フーリガンの行動であっても、外交関係を壊しかねません。どうも、民のレベルの裏づけがない、官のレベルだけの外交は壊れやすいものです。かと言って、「民のレベルに任せておけば、国境を越えた友情は自然に育つと考えるのは甘い」ようです(渡邉昭夫・平和・安保研究所理事長「国家は敵でも人民は友、というのは本当か?」『中央公論』)。とりあえずは、宇都宮が説くように、「六万人の猛烈なブーイングをものともせず、見事アジアカップを勝ち取った、我らが日本代表のように」「冷徹な眼差しで中国の動向を見極めつつ、毅然として現実に対峙すべき」なのでしょう。
かかるおり、テレビを始めとするメディアの重みは増します。さらなる慎重・冷静・客観的かつ広範な報道を望みたいものです。(文中・敬称略) |