月刊総合雑誌051月号拾い読み (04年12月20日・記)

 月刊総合雑誌の世界では、12月が新年です。

 年末の慌しさに追われていることでしょうが、雑誌を片手に人生を沈思黙考するのもよいでしょう。まずは、『文藝春秋』の「理想の死に方」をお勧めします。三笠宮崇仁殿下からダライ・ラマ14世まで各界著名人58名が望む死に方の紹介です。ちなみに三笠宮殿下は、「生も死も運命と心得ています」と簡潔です。ダライ・ラマ14世によれば、「死は再生、転生」とのことです。詳細は、文字通り味読していただいたほうがよろしいでしょう。なかには「腹上死」を願う作家もいます。

 長い間、日本は世界で稀なほど安全な国だと信じられてきました。その神話が揺らいでいます。少年や外国人による犯罪が激増・凶悪化しているとの認識が強まっています。だからでしょう、『諸君』は、重松清・作家などによる「日本社会はどこまで危険になったか」との座談会を掲載しています。しかし、実態は、世間の印象とは逆で、データを綿密に分析しますと、犯罪は増加していなければ、凶悪化もしていません。世間に満ちているのは、「体感不安」なのです。若者を包み込むコミュニティが崩壊し、子どもの生活に変化が生じ、ニート(無職で学校にも行かず、就労への努力もしない青年たち)が増加しています。彼らが、いわば柄の悪いガキが、コンビニなどにたむろしています。そのような彼らに、皮膚感覚に近い怯えを有するようになってしまったから、安全神話が揺らぐことになったとのことです。

 小学校にも大変化が生じているようで、『中央公論』が「大異変 日本の小学校」を特集しています。浅田志津子・フリーライター「ルポ 悩める小学校教師たちの本音」によりますと、児童、父兄は教師への尊敬の念をますます持たなくなってきており、教育の現場は荒んでいます。これでは、「体感不安」が増すのは当然のことです。

 特集の一環として掲載されている、市川力・東京コミュニティスクール校長の「先生・親・児童の『英語狂騒曲』」の指摘には鋭いものがあります。早期から英語を勉強すれば自然に英語を身に付けられるというのは幻想だそうです。英語コンプレックスを解消するためにも、日本語能力を高めるほうがよろしいでしょう。『中央公論』のもう一つの特集、「漢文力、大回復への道」が参考になります。特に加藤徹・広島大学助教授と張競・明治大学教授の対談「訓読文化が今日の日本人を作った」は示唆深いものがあります。

 福井雄三・大阪青山短期大学助教授「『ノモンハン大敗北』の虚構」『中央公論』は、通説を覆さんとする出色の論文です。昭和14(1939)年に起こったノモンハン事件は、日本陸軍が満蒙国境地帯で圧倒的に優れたソ連機械化部隊に蹂躙されたのであり、昭和の日本軍部の愚かしさを象徴すると理解されてきました。ところが、日本軍は多くの損害を相手に与え、大勝利と表現してよいほどの戦果をあげた、とのことです。ノモンハン事件の実態が異なるとなりますと、同事件以降の昭和史の読み方が変わります。さらなる研究の深化・発展を望みたいものです。

 通説に異論といえば、佐藤卓己・京都大学助教授×原武史・明治学院大学教授「日本言論界の沈黙の過去を検証する」『中央公論』もそうです。戦前の言論界は、野蛮な情報官・鈴木庫三少佐の弾圧により、戦争に協力せざるを得なかったと、多くの新聞社・出版社の社史や言論人の回想記にはあります。しかし、その野蛮なはずの少佐は向学心の強い良識的な好人物だったのです。実際は、「言論という商品」を買ってもらうため、読者(消費者)の声に敏感にならざるをえず、結果として言論統制に抵抗できなかったのです。

 2005年は戦後60年、憲法改正をとの声が大きくなってきています。今月の『ボイス』に葛西敬之・東海旅客鉄道会長×岡崎久彦・外交評論家「憲法改正の道が見えた」と鳩山由紀夫・衆議院議員「民主党主導で憲法改正を」、『中央公論』には秋山収・前内閣法制局長官などによる座談会「もはや民意を問う段階である」などがあります。

 一方、『世界』は、憲法九条死守です。今月も、「特集 戦後60年―どんな転換点なのか」の巻頭インタビュー「『一九四五年』と『二〇〇五年』」で、柄谷行人・評論家に、「日本人は憲法九条を積極的に掲げるかぎりにおいて、知らぬ間に世界史の先端に立っている」と力説してもらっています。さらに、中村政則・神奈川大学特任教授×油井大三郎・東京大学教授「戦後60年に何が問われているのか」も、結論として東アジア共同体の設立の必要性を掲げていますが、もとより憲法九条は堅持しなくてはならないとのことです。

 アメリカの大統領選挙でブッシュ大統領が再選され、各誌1月号の発売は、選挙1ヵ月後ですから、選挙分析の掲載に十分な時間がありました。

 『世界』の山風一郎・ジャーナリスト「アメリカ大統領選−本当はどちらかが勝っていたのか」は、ブッシュ再選は、誤った投票所情報の意図的流布、有権者名簿からの登録者抹消、電子投票機の操作などの犯罪的違反行為によってもたらされたとのことです。その結果、アンドリュー・デウィット立教大学助教授×金子勝・慶応大学教授「ネオコンからテオコンへ」は、宗教が公共政策の策定・実施において主要な役割を果たすべきと考える保守主義者が跋扈するようになると予測しています。

 『論座』で、青木冨貴子・在米作家が「米国はいつから『神の国』になったのか」で、ブッシュ再選決定直後にアメリカ人の間のEメールで飛び交った不可思議な北米大陸の地図を紹介しています。東部と五大湖周辺とカリフォルニアなど西海岸がカナダに編入された「カナダ合衆国(The United States of Canada)」と、その他、つまりアメリカの中心部は「イエスの地( Jesus Land)」です。金子たちと同様、青木も、全米で7000万人いると言われるキリスト教原理主義者の果たした役割が大だった、と指摘しています。それがアメリカの中心部をブッシュ支持の「イエスの地」にしたのです。

 コロンビア大学教授のジェラルド・カーティスも、『論座』での寺島実郎・日本総合研究所理事長らとの座談会「おごるな米国、目をひらけ日本」で、「二つのアメリカ」に、はっきり分かれたと指摘しています。二つのアメリカの間は、原理原則や価値観・道徳(中絶や同性愛同士の結婚の是非)の問題で妥協の余地がありません。ブッシュ再選は、二つのアメリカのうち保守が勝ったのであり、文化的には右傾化・宗教化を象徴するとのことです。砂田一郎・学習院大学教授「なぜブッシュは勝ったのか」『論座』も、松尾文夫・ジャーナリスト「ブッシュ再選を支えた保守多数派四〇年の系譜」『中央公論』、中岡望・ジャーナリスト「オハイオ州はなぜ、それでもブッシュを選んだか」『諸君』も、上記の青木やカーティスの分析と大きくは違いません。

 アメリカの有力紙の多くは、対抗馬のケリー支持でした。日本では、TBSが同様の立場から、ケリー有利の報道に終始したようです(中宮崇・プロ2ちゃんねらー「筑紫哲也の『華氏 News23』」『諸君』)。「華氏911」は、マイケル・ムーア監督の反ブッシュ映画です。News23は、ムーア監督と同様だったとのことです。中宮の指摘が正しいとしたら、大問題です。News23は意図的に虚偽報道をしてきたことになります。

なお、『論座』のエマニュエル・トッド仏国立人口学研究所資料局長「グッドバイアメリカ」やイグナシオ・ラモネ仏「ル・モンド・ディプロマティーク」編集総長「第二期ブッシュ政権への憂慮と戦慄」、渡邉啓貴・東京外国語大学教授「ぶつかる二つの普遍主義」などによりますと、米仏の外交上の対立には根深いものがあります。対イラクでも仏は協力しそうもありません。

 では、ブッシュ再選後のアメリカと日本はどのようにつきあっていくべきなのでしょうか。坂元一哉・大阪大学教授は、『論座』で、「日本は米軍再編に協力して発言力を確保せよ」と説いています。安倍晋三・自民党幹事長代理「ブッシュ大勝は日本のチャンス」『ボイス』によりますと、日米関係は一層強固となったのであり、北朝鮮制裁を国連安保理に提起する好機を得た、とのことです。日本が米国の同盟国としての役割を果たすのは自明のことであり、そのうえ、「常任理事国入りは日本が果たすべき責任である」と、『中央公論』に、国連次席大使の北岡伸一が熱い提言を寄せています。

 紀宮さまのご婚約は、年末の数少ない明るいニュースの一つでした。友納尚子・ジャーナリスト「サーヤのご結婚 その全真相」『文藝春秋』が、読み応えがありましたと紹介して新年号の拾い読みを終えます。(文中・敬称略)

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