月刊総合雑誌05年7月号拾い読み (05年6月21日・記)
4月25日午前9時18分台あるいは19分台、大惨事が生じました。死者107人、負傷者は500人を超える国内最大最悪の鉄道事故・JR福知山線脱線事故です。
事件の直接のきっかけは、運転士の適性の問題と過密な運行ダイヤだと、山本一郎・イレギュラーズ&パートナーズ代表取締役「JR西日本を追い込んだ衰退市場の不毛な競争」『中央公論』は指摘しています。収益の上がりにくい鉄道という衰退市場で競争原理が働けば、人員削減・人手不足、熟練者の冷遇となり、現場は疲弊するのです。かかる状況下、ミスを減らすためには、懲罰的な減点主義の組織となりがち、とのことです。社員教育も懲罰的になりがちです。その実態、JR西日本の「日勤教育」の実態を、青沼陽一郎・ジャーナリスト他「高見運転士『二十通の反省文』」『文藝春秋』が詳述しています。技量が伴わないにもかかわらず、電車の遅れの原因を考えるリポートを書かせたり、草むしり、ペンキ塗りの作業をさせる「日勤教育」では効果など期待できるわけがありません。
新幹線に関する著作で知られる柳田邦男・評論家は、『現代』に緊急寄稿として「JR尼崎事故 破局までの『瞬間の真実』」を寄せています。柳田は、JR西日本の体質を調べていくと、「最近大事故や不正事件を相次いで起こした日本の一流企業・大企業がかかえるようになった病理と同質の問題点が浮かび上がってくる」と日本社会全体が危機的状況に陥っていると危惧しています。
高村薫・作家によれば、浮かび上がってくるのは、自らの頭で考えることをやめた日本人の姿です。現今は「直感社会」に堕しているのです(「私たちは『被害者』を消費していないか」『論座』)。精神医学者である野田正彰・関西学院大学教授「惨事はなぜ起こったのか」『世界』は、政治家が暴力的に国鉄を解体し、安全よりも利潤追求に走った「民営化」を財界やマスコミが賞賛してきた結果、従業員は奴隷のような労働を強いられていた、と論難しています。
上の論者たちに共通するのは、民営化以降の利潤追求路線の破綻です。かといって国営に戻すことは不可能です。ただ、野田が説くように、企業が働き手に無理強いをしてはなりませんし、働き手が「無理だ」と言うことをも許さない企業であってはなりません。
7月号でも、中国、日中関連の論考が目立ちました。『正論』の特集タイトルは「反日国際ネットワークを粉砕せよ」、『ボイス』のそれは「さらば、『反日』中国」です。『諸君!』の「戦後60年総力特集 ヤルタ否定『新しい戦後の始まり』」には、中嶋嶺雄・国際教養大学学長「道義なき中国とは“対決”せよ!」や、在日中国人(呉麗麗・「大紀元時報」記者他)による座談会「靖国参拝をやめる必要はありません」などがあり、『正論』や『ボイス』とともに対中強硬です。『中央公論』は、岡田克也・民主党代表による「私なら靖国は参拝しない」を掲載していますが、特集は「対日強硬の中国に潜むリスク」であり、日中関係軋轢の因は中国側にあり、とする編集です。
軋轢の因の一つは、小泉総理の靖国参拝です。中国側は激しい非難を浴びせています。『文藝春秋』は、「小泉総理『靖国参拝』是か非か」との識者アンケートを行い、その結果(81名が回答)を掲載しています。回答内容は、まさしく目次や誌面の惹句にあるように「国論を二分する大激論」です。是派の多くは、東京裁判の正当性を疑い、国内法では戦犯は存在しないとし、外国からの参拝反対は内政干渉であるとします。非派の代表的な意見は、参拝はサンフランシスコ条約で東京裁判を受託した戦争犯罪条項に抵触するし、政教分離原則に違反し、憲法違反の疑義がある、というものです。中国・韓国からの非難に対処する前に、まずは国論を統一すべく努める必要がありそうです。
『世界』は、他誌とは違い、特集は「反日運動―私たちは何に直面しているか」であり、自省的です。
巻頭の園田茂人・早稲田大学教授「『ナショナリズム・ゲーム』から脱け出よ」は、インターネットとマスメディアの普及がかえって、相互誤解を増幅していると分析しています。「ナショナリズム・ゲーム」の過激化をもたらしてしまうのです。大貫康雄・NHKプロデュサー「慎みある自信」はドイツが戦後60年、いかに歴史問題に対処し、いかに実績をあげてきたかを詳述しています。日本はドイツを見習うべきというのです。日本と韓国の間でも「歴史認識」には大きなギャップがあります。水野直樹・京都大学教授は、日韓の歴史認識のギャップを埋めるためには、まず何より必要なのは相互に歴史資料を公開し共有化である、と説いています(「日韓 歴史資料の共有化を」)。
田村秀男・日本経済新聞編集委員は、対中円借款を打ち切ったのは、対米追随のみの小泉外交の大失策と論難しています(「対中国円借款打切りの深層」)。円借款どころでなく、中国の犠牲者個々人を救済するような戦後補償問題の包括的解決があらためて必要だ、と高木喜孝・弁護士「対中国戦後補償とは何だったのか」は主張しています。
反日暴動の潜在的原因には、若者の中国政府への不満があるとの分析がみられました(「6月号拾い読み」参照)。さらに、背景として中国政権内部の権力闘争の可能性を指摘するのが、清水美和・東京新聞編集委員「反日暴動を点火した中国政権『黒幕の正体』」『現代』です。「中国では上層部の権力闘争が激化すると、必ず下からの不満が噴き出し社会は大きな動揺に見舞われる」のであり、中国の外交官たちの強弁の奥底には悲鳴にも似た本音があるのだそうです。
いずれにしましても、隣国との関係は平和的であってほしいものです。
北朝鮮との関係も心配です。金正日は核による威嚇外交を展開しているとの前提のもと、『中央公論』は「北朝鮮核実験の真相」を特集しています。江畑謙介・拓殖大学客員教授の論考のタイトルは「すでに核弾頭保有段階にある」であり、北朝鮮は国外で核実験をすでに済ませている可能性もあり、さらに国内で実験を実施する可能性もかなり高いと予見しています。このまま現状維持が続けば、北朝鮮は粛々と核兵器開発に従事するだろう、と伊豆見元・静岡県立大学教授「脅し続ける北、先延ばしの米国」も懸念しています。六者協議による封じ込めで満足するのではなく、北に核を放棄させるべく強硬策を取れとアメリカに強く要請すべきだとのことです(スコット・スナイダー・アジア財団シニア・アソシエート「日本よ、北朝鮮問題解決にブッシュを本気で取り組ませよ」)。
日本外交には問題が山積しています。郵政の民営化問題に決着をつけ、早急に戦略的建て直しをなすべきでしょう。外交を論ずるさい、参考にすべき特集を『論座』が編んでいます。題して「リベラルの責任」。
櫻田淳・東洋学園大学講師「『普通の国』になればまた出番がやってくる」は、リベラル派の証の一つは、対外政策課題に際して「国際協調」を徹底して模索することと定義します。国境を越える作業をリベラル派は一貫して反対してきました。しかし、現今、「国境を越える義務」を担う「普通の国」になってきました。一見、リベラルの重みが減じたかのようですが、「国境を越える義務」を遂行しようとするときこそ、国際協調を模索する姿勢が求められるのです。櫻田はリベラル派が担う責任は「保守派にそれにも増して重いものではなかろうか」と結んでいます。
特集内の久間章生・自民党総務会長×太田昭宏・公明党幹事長代行×仙谷由人・民主党政調会長による座談会「政治家は『勇ましい姿』より『ちょっと待てよ』の気概を」に限れば、日本の3大政党にはそれほどの差異はなさそうです。これでは、国会では、保守派とリベラル派の本格的な議論など期待できません。かかる議論の土俵は、やはり総合雑誌が担うべきなのかもしれません。
トヨタ自動車の躍進、愛知万博があり、豊田市が財政力全国1位と認定されるなど、名古屋地区が元気です。その発展ぶりと今後の課題を、内藤純一・財務省東海財務局長「リスクを避けて発展した名古屋 リスクに挑んで衰退した大阪」『中央公論』が詳述しています。名古屋にあやかり、日本全体がさらに発展するよう期待したいものです。 (文中・敬称略) |