月刊総合雑誌05年8月号拾い読み (05年7月21日・記)
7月初旬に出揃う月刊総合雑誌8月号の多くが、先々月号、先月号と同様、「靖国問題」に取り組んでいました。そのうち、『正論』や『諸君!』は、従前どおり、対中国に厳しいものがあります。
『正論』の特集タイトルは「小泉首相靖国参拝問題」と静かなのですが、山谷えり子・衆議院議員と稲田朋美・弁護士による対談で小泉首相に終戦記念日当日の靖国参拝を強く求めています(「小泉首相は今年こそ8月15日に参拝を」)。
『諸君!』には遠藤浩一・評論家「中国に尻尾をふる朝日とポチ政治家の大罪」やら、安倍晋三・自民党幹事長代理×岡崎久彦・外交評論家「中国の横車を許してなるものか」などがあります。それらを含んだ“総力特集”のタイトルは、ズバリ「8・15『靖國参拝』で『日本』が決まる」です。つまり、中国の要求やそれに同調する者の靖国参拝断念論に、小泉首相が屈してしまうと、日本という国家は溶解してしまうと主張しているのです。『諸君!』は、上の特集の他に「『東京裁判』を誌上『再審』する」、「あっと驚く『歴史歪曲』を見よ!」との二つの特集をも編み、日中間の軋轢の因はすべて中国側にあると断じています。
鈴木宗男と行動を共にし、“外務省のラスプーチン”あるいは“稀代の分析官”といわれる佐藤優・外務事務官(起訴休職)も『現代』に「あえて言う 中国と正面衝突せよ」を寄せ、「8月15日に正々堂々と正面から中国、韓国と対峙する」ことが日本の名誉・尊厳の維持・発展につながると力説しています。
一方、首相の靖国参拝には、政界で自粛論が勢いを得てきているにとどまらず、世論は反対に傾いてきています(岩見隆夫・毎日新聞特別顧問「小泉靖国政策の空虚と迷走」『中央公論』によりますと、『毎日新聞』6月調査では参拝反対50%、賛成41%)。岩見は、「小泉は靖国外交で挫折し、政権の寿命まで縮めかねない」と予見しています。8月号での政界からの自粛論には、河野洋平・衆議院議長「靖国参拝は慎重に考えるべきだ」『論座』、中曽根康弘・元首相「小泉君、外交からポピュリズムを排除しなさい」『中央公論』などがあります。 櫻井よしこ・ジャーナリストと田久保忠衛・杏林大学客員教授を日本側の論者として起用した『文藝春秋』の「決定版 日vs中韓大論争」は読み応えがあります。劉江水・清華大学教授と歩平・中国社会科学院近代史研究所研究員を相手とする「靖国参拝の何が悪いというのだ」では、日中の対立点を余すところなく把握できます。中国側の最大の論点は、日本人に加害者・侵略者との意識・認識がないというものです。だから小泉首相は靖国参拝をするのだ…。櫻井、田久保が丁寧に論駁しています。ただ、中国側は、日本の靖国や教科書は「国際的関心事」であるからと注文付けし、自国内のことは内政だと日本からの問題提起は突っぱねます。これでは、田久保が指摘するように、「いくら議論しても実りがない」ことになりそうです。
中国の若者の対日強硬発言・行動の背景には、現在の中国社会の矛盾・問題点への鬱屈があるとの指摘が先月号の論考にありました。それら矛盾や問題点を『中央公論』が紹介しています(特集「中国、このいびつな隣人」と2篇による「中国教育事情」)。だからこそ、今後は、小島朋之・慶應義塾大学総合政策学部長「三層構造から理解する日中関係」『論座』が説くように、日本側の施策・対応は、中国内でも政権と世論との対立があり、政権内部にも葛藤があることを前提に慎重でなくてはなりません。
先述の『文藝春秋』誌上での櫻井・田久保両名によるもう一つの企画、韓国人識者(趙甲濟・『月刊朝鮮』前編集長ほか)との対論「竹島は絶対に我々の領土だ」は、互いに史料を総動員して一歩も譲りません。溝は深いとしか表現しようがありません。また、韓国との間にも中国との間と同様、靖国や教科書問題が棘となっていることがよく理解できます。
さらに、韓国との間には、中国との間とは少し趣きの異なった問題も潜在しているようです。小此木政夫・慶應義塾大学教授「小泉政権の愚と三つの戦略」『論座』によれば、韓国側は日本政府に裏切られたとの思いがあるとのことです。たとえば、韓国側は日本の「追悼・平和祈念施設」の建設を期待していたのです。そのような意識のズレを解消し、両国の政治指導者、研究者、市民の各レベルでの新しい「共同体意識」を醸成し、日韓パートーナーシップを確立すべきと、小此木は熱く論じています。同じ『論座』では、朱建栄・東洋学園大学教授が日韓だけでなく中国を含めて、価値観を共有するよう努め、大局的に問題解決をはかるべきだと提言しています(「日中韓で新たな東洋文明の創造を」)。
ただし、木村幹・神戸大学大学院教授「歴史認識問題は韓国再建の切り札か」『中央公論』が示唆する困難があります。それは、歴史認識での日韓の懸隔が想像以上に深いからです。歴史認識において朱子学的立場をとる韓国人にとっては、真理や真実は一つしか存在しないのです。「日韓の歴史認識が異なるということは、どちらかの認識が絶対的な真理に反している」ということになります。
日本と中国と韓国との対立解消に関し、小泉首相の盟友たる山崎拓・衆議院議員は「靖国問題解決の第三の道」『中央公論』で、秘策があるかのように論じています。しかし、右での山崎の“ヒント”には信をおけそうもありません。やはり、残念ながら、簡単には解決には向かいそうもありません。
内政上の懸案の一つは、郵政民営化です。330兆円にのぼる郵便貯金・簡易保険の資金、正規と非常勤を合わせると37万人にもなる職員、それに2万5千もの郵便局…。巨大な組織です。この巨大組織が、親しい企業を優遇し、そうでない企業は容赦なく切る手法で、事業拡大に走っているとのことです(山脇岳志・朝日新聞論説委員「ドキュメント 郵政攻防」『論座』)。だからこそ、税制優遇などの特典はなくして、民営化したほうがすっきりするとの意見が強くあります。逆に、巨大な力を持ったまま郵政公社が民営化されると誰もチェックできない独占企業になるとの危惧もあります。山脇は民営化の是非に結論を提示していません。それは、ほどなく参議院で出されることになります。多数決で決着をつける前に、得心の行くまでの議論を期待したいものです。
小泉内閣の掲げる地方分権を財政面で確かにするとの「三位一体改革」はかえって地方自治体の財政難を招いています。上乗せされるはずの地方交付税が大幅に削減されているのです(片山義博・鳥取県知事「建前だけの三位一体論議を排す」『世界』)。小泉首相の提唱する地方分権の理念は、単に国の負担を軽くするようにと換骨奪胎されてしまいました。各省の役人は省利省益に徹しているのです。
小泉内閣は、靖国などの外交問題、内政は郵政民営化・三位一体改革等々の問題を抱えています。また政治手法が強引との批判が強まり、ポスト小泉が論じられ始めています。古賀誠や加藤紘一は名門派閥「宏池会」の復活を画していますが、時代遅れの感があります(赤坂太郎「安倍、福田を凌ぐポスト小泉の切札」『文藝春秋』)。世論調査によれば、有力なのは、若手の支持を集めている安倍晋三・自民党幹事長代理と福田康夫・前官房長長官です。ただし現状では両名に小泉に凌駕する力量はないし、むしろ来年秋までに「小泉時代」が終わり、つまりは自民党支配が終焉を迎え、「天下大乱の始まり」となるが、赤坂の予感です。
ところで、東大の入試問題が易しくなっているとのことです。これを受験業界では「易化」と呼んでいるとのことです。易化に伴い、従来の名門校以外の地方高校からの東大入試合格者が増加しています( 和田秀樹・精神科医他「東大の大衆化が始まった」『文藝春秋』)。少子化やグローバル化の時代を向かえ、東大も、学生集めを国内外の大学と争うことになったからです。それが、多様なバックグランドをもった学生をもつこと、オールラウンドのバランスのよい能力を身につけた学生をもつことにつながるようにと、大学側は期待しています。
一方で、名門大学卒・高学歴が高所得に結びつかないことが明らかになりました(橘木俊詔・京都大学教授「日本のお金持ちと学歴大研究」『文藝春秋』)。高所得を望むのなら、従来型受験勉強は不要なのかもしれません。少なくとも、立身出世や大企業への就職を目指すような教育システムは脱皮を迫られている、と言えそうです。(文中・敬称略) |