月刊総合雑誌05年10月号拾い読み (05年9月21日・記)
9月11日の総選挙は、小泉・自民党の圧勝でした。その直前に店頭に出た月刊総合雑誌10月号の何誌かは、解散・総選挙の意味の分析・解析に努めていました。
『正論』の遠藤浩一・評論家「小泉マジックの虚妄 そして、何も変わらなかった?」は、小泉首相の靖国神社不参拝、戦後60年に際しての「村山談話」の踏襲を糾弾します。自民党勝利を予想したうえで、小泉は「保守」ではないとし、一刻も早いコイズミ・マジックからの解放を目指すべきと断じています。同誌は、西尾幹二・評論家「小泉首相の『ペテン』にひっかかるな」などもあり、対中・韓・北朝鮮の政策が軟弱だと小泉非難に厳しいものがあります。
『諸君!』の総力特集「9・11『国家観』なき総選挙を憂う」でも、先の遠藤浩一は櫻井よしこ・評論家と対談しています(「小泉・岡田が歩む日本解体への道」)。『諸君!』と『正論』の論調は酷似しています。つまり、郵政よりもはるかに重大な問題(安全保障、歴史認識など)を等閑視している小泉首相、そして自民党が許せない、というものです。
「政界粛清、首相のクーデター」が『中央公論』の特集タイトルです。解散から総選挙、そしてその結果を踏まえますと、見事なタイトルだと評価できます。巻頭は、田中秀征・元経企庁長官と飯尾潤・政策研究大学院大学教授との対談「『党より信念』―変人宰相が仕掛けた次代の政治ステージ」です。飯尾は解散に懐疑的でしたが、田中は自然なことであり、「総理大臣像に画期をもたらす」と高く評価し、また浮動票層が「総選挙を政策選択のチャンスとして、積極的に受け止めている」と、小泉・自民党の勝利を予想していました。
小泉首相のブレーンの一人、田中直毅・21世紀政策研究所理事長による「『〇五年体制』の誕生と衝撃」は、郵政民営化は改革の入り口であり、小泉政治の目途は田中角栄・元首相が組織化した利権集団を潰し、「五五年体制」を終焉させることとのことです。
中西輝政・京都大学教授「宰相小泉が国民に与えた生贄」『文藝春秋』も、筆致は冷笑的ですが、小泉・自民党の勝利を予測していました。しかし、その前途については悲観的です。世界第一次大戦後のイギリスで自由党のロイド=ジョージ首相のとった手法を想起したそうです。ロイド=ジョージも支持する党員だけを公認し、敵にはまさしく「刺客」を送りこんだのです。結果とした選挙には大勝するのですが、選挙をショーアップし、安易なポピュリズムに迎合しただけだったのです。その後、自由党は細胞分裂を繰り返し、消滅してしまったのです。中西は、自民党の将来を重ね合わせて見ています。
今後の課題については、伊藤元重・東京大学大学院教授「新政権を圧倒する〇七年問題」『中央公論』が明確です。2007年頃から団塊の世代の引退が始まります。巨額な財政赤字を抱えながら少子高齢化時代を迎えるのです。ここに集約される危機こそが次代の真のテーマなのです。小泉総理が掲げる「官から民へ」は、日本社会の活力を最大限に引き出すためでなくてはならないのです。
ところが、堺屋太一・作家・元経企庁長官が、野口悠紀雄・早稲田大学大学院教授との対談(「族議員死して官僚の高笑い」『文藝春秋』)で、小泉による“族議員退治”によって日本の官僚支配は全体として強まったと憂慮しています。堺屋、野口ともに役人体験を持つだけに気になる指摘です。
『ボイス』も「小泉純一郎の破壊力」と題した特集を編んでいたことを付言し、話柄を変えましょう。
先に少し触れましたように、『諸君!』や『正論』、そして『ボイス』には、歴史、拉致の問題では日本はいささかでも譲歩すべきでないとの論調が目立ちます。それらに真っ向から反対するのが『世界』による論者・論考です。
総選挙直後(9月13日)に、北朝鮮の核問題をめぐる第4回6ヵ国(6者)協議が北京で約1ヵ月ぶりに再開されました(9月20日、共同声明を発表し、閉会)。おりよく『世界』が「六者協議以後の朝鮮半島」を特集していました。特集の巻頭対談(鵜飼哲・一橋大学大学院教授×李鐘元・立教大学教授「地域形成プロセスとしての六者協議」)でも、二人は異口同音に、日本だけが歴史問題と拉致問題によって孤立し、影響力を低下させていると説いています。しかしながら、『世界』は、対談以外の論考でも、北朝鮮問題に即効薬的提言を用意できているわけではありません。協議成功への過程を詳述しているわけではありません。
“日本外交が対外硬であってはならない”、と主張したいのではないかと想定できましたが、編集意図を明確には把握し難く、いささか期待はずれでした。
さて、今春の中国での反日騒動のおり、「愛国無罪」というスローガンが聞こえてきました。多くの日本人は、「愛国のためなら何をしても無罪である」、だから日本料理店や日本の総領事館に投石しても無罪だ、と反日デモ参加者が主張していたと解しました。そうではないとのことです。王敏・法政大学教授「変貌を遂げる中国の『愛国』モデル」『論座』によれば、それは、「国を愛する気持ちに罪はない」という意味です。ただし、中国は、異民族と闘って功があった南宋の武将・岳飛を典型的な愛国のモデルとしているように、日本の愛国とは違って激越な面があることは否定できません。文字面からだけで判断できませんが、やはり歴史的背景を抜きにした認識も危険です。
また、今後、日本外交に必要とされるのは、『中央公論』のもう一つの特集によれば、文化面の充実です(「今こそ本気で文化外交を」)。
大宮朋子・政策研究大学院大学博士課程「文化国家フランスはいかに成立したか」は、フランスが文化国家としてのイメージ作りにいかに取り組んだかを教示してくれます。フランスは、戦後、文化面での自信喪失に陥った日本とは正反対なのです。度重なる敗北から立ち直るべく、指導者たちが練り上げた戦略に基いたものだったのです。
現今の韓流ブームにはすさまじいものがあります。だからといって韓国が文化面で日本を凌駕しているというわけではなさそうです。「ドラえもん」などが日本製アニメだと知らないで受容しているだけで、韓国人の多くは日本の大衆文化の影響下にあるのです。あの「冬ソナ」の脚本を書いた二人の女性も少女時代に熱中した日本のアニメから大きなヒントを得たとのことです(呉善花・拓殖大学教授「『冬ソナ』の成功は日韓『感覚商品』の拮抗だ」)。呉は、国や企業が、科学技術への投資ばかりでなく、文化創造を本格的にバックアップする必要性を説いています。青木保・法政大学大学院特任教授他による座談会「世界に『日本のアニメ世代』を育てよ」も、呉と同様な提言です。
ボブ・ウッドワード・ワシントン・ポスト編集局次長「ディープ・スロート 大統領を葬った男」『文藝春秋』は出色の読み物です。かのウォーターゲート事件は1972年、30年余を経て、“世紀のスクープ”の真実が明かされたのです。
匿名情報源がついに正体を現したのです。なお、「解説」で徳岡孝夫・ジャーナリストが記しているように、情報源秘匿にはルールと権利・義務があります。取材時に、秘匿情報に範囲や情報源の明示などについて決めなくてはならないのです。引用を断った場合、その約束は生涯続くのです。昨今の日本の新聞はこの決まりを守っているのか、いささか疑問です。
今月の『現代』には、魚住昭・ジャーナリスト他による「激論座談会―NHK番組改変問題『誰が事実をねじ曲げたのか』」がありますが、そこでは、NHKへの政治介入の有無が主テーマとなっています。政治介入問題とともに、取材側・取材される側の権利・義務や取材過程をももっと問題視すべきです。それらの検証を日常的に行っていれば、今回の衆院選での虚偽メモ報道問題(朝日新聞8月21、22日朝刊掲載記事) などをも防ぐことができたかもしれません。
朝日新聞では、警察の組織的裏金作りに関するスクープが圧殺された事件があったとのことです。それを告発しているのが、落合博実・元朝日新聞編集委員「朝日新聞が警察に屈した日」『文藝春秋』です。昨今の新聞・ジャーナリズム問題を考えるにあたり、一読するようお勧めします。 (文中・敬称略) |