月刊総合雑誌06年5月号拾い読み (06年4月20日・記)

 『国家の品格』(新潮社、05年11月初版)が100万部も売れています。
 そこで、『論座』では、著者の藤原正彦・お茶の水女子大学教授に薬師寺克行・編集長がインタビューしています(「ベストセラー『国家の品格』への質問」)。藤原は、市場主義・競争原理万能を否定し、国家の品格を具現化するため、四つの指標をあげています。「独立不羈」「高い道徳」「美しい田園」「天才の輩出」です。また、「武士道精神の復活」を熱く提唱しています。そこに、薬師寺は藤原の保守的、あるいは復古的、ナショナリスト的傾向をみています。しかし、それを藤原は否定し、ナショナリズムではなく祖国愛(パトリオティズム)が肝要と説きます。さらに、「改革なくして成長なし」という経済至上主義の旗印のもと、日本の誇るべき国柄を捨ててきたことが日本の品格を貶め、弱者を輩出してきたと展開しています。これらへの疑問提起に多くが共感したからこそ、ベストセラーになったのだとのことです。

 李登輝・前台湾総統も、『ボイス』に「『日本精神』こそ世界の指針」を寄せ、武士道を人類最高の指導理念とまで高く評価しています。李によれば、武士道はアジアの近代建設の原動力だったのであり、これをもって台湾は中国文化の悪弊に抵抗し、近代社会を確立したのです。藤原の著書のベストセラー化を評価し、日本人にあらためて武士道の見直しを求めています。
 では、この50年、日本・日本人はどのように歩んできたのでしょうか。
 実質50年前といえば、1955年、昭和30年。おりよく『文藝春秋』が「完全保存版 われらの昭和30年」を特集的に編んでいます。石原慎太郎・都知事が「太陽の季節」を書き上げた年です(芥川賞受賞は翌春)。石原の筆致(「『太陽の季節』と弟・裕次郎と」)どおり、まさしく「太陽の季節」だったのであり、東京タワーも首都高速道路もありませんでしたが、特集の惹句が謳っているように「50年前、この国には希望があった」のです。

 右の企画には、秋山ちえ子・評論家「冷蔵庫と洗濯機」、芦田淳・デザイナー「ヘップバーン・ファッション」、なぎら健壱・フォークシンガー「魚肉ソーセージ」など、23篇の短文で当時の世相を斬りとっています。読み応えがあるのは、永六輔・タレント「『光子の窓』はテレビの窓」、水木楊・作家「日本人が得たもの、失ったもの」、立花隆・評論家「1955この国の形」です。永によりテレビの草創期が理解できますし、水木は先進国を追い続けてきた日本の軌跡を明示します。水木によれば、50年前のGDPは現在の58分の1、サラリーマンの月収が1万8千円でした。
 立花は、50年前に55年体制に日本が突入したことを指摘し、その後のイデオロギー面での葛藤を活写しています。その上で、立花は、50年の年月の重みを詳述しています。55年の50年前の1905年は日露戦争の時代、その50年前が日米和親条約締結1年後の1855年です。50年で1国のシステムが根本的に変更させられてしまうのです。
 先の水木によれば、50年前も現在と変わらず「学力低下」が問題だったとのことです。『国家の品格』は全般的な「学力低下」よりも、「天才の輩出」を重要視します。そこで、藤原正彦は『諸君!』の特集「日本の教育を糺す」で曾野綾子・作家と対談(「起死回生のカギはエリート教育にあり」)し、戦後民主教育の見直しを提唱しています。しかしながら、『諸君!』の特集の他の2篇(岩瀬正則・京都大学教授「三猿理系教授が日本を滅ぼす」、アスキュー・デイヴィッド・立命館アジア太平洋大学助教授「日本の大学はとっくに『負け組』」)を読む限り、日本の教育、ひいては日本の前途は真っ暗となります。やはり、武士道で頑張る以外ないのでしょうか。

 次期首相レースでは、国際社会で重みを著しく増している中国・インドへの対処方が大テーマとなります。『中央公論』の特集「ポスト小泉のアジア戦略を問う」に探ってみましょう。
 櫻田淳・政治学者「今こそ対中デタントに舵を切れ」は、中国との共同歴史研究に「第三者の眼」を介在させること、環境保全・感染症制圧など国境を越えた課題に相互に取り組むこと、それらに実質的な日中関係構築の糸口を求めています。ただし、共産党一党支配下の経済は、合理的ではなく、途方もない腐敗と贅沢を伴いそうです。しかし、それらが成長を牽引するのだそうです(田代秀敏・みずほインベスターズ証券エコノミスト「中国、不思議の国の資本主義」)。
 一方、インドは、その経済力の潜在的可能性が期待されているだけではなく、戦略的パートナーとしても脚光を浴びています。ぺマ・ギャルポ・桐蔭横浜大学教授「国際政治再編の焦点、インドの実像」は、「中国がだめならインドというような安易な考えを捨て」、かつインドとともにアジア地域の安定のために日本は貢献すべきと説いています。薮中三十二・外務審議官「日印戦略的パートナーシップを目指せ」は、紀行文ながら、説得力ある提言として成っています。

 次期首相レースでは靖国問題が再度クローズアップされることでしょう。今月の論考のうち着目すべきは、『論座』の岡本行夫・国際問題アドバイザー「欧米知識人の間で高まる『靖国史観』への懸念と疑問」でしょう。岡本は、好悪の感情だけで中国・韓国の言い分を全面的否定する傾向が生じていることを懸念しています。さらに、小泉首相の靖国参拝は欧米知識人にとっても理解できるものでなく、自分勝手な歴史観にこだわっていては世界で日本が孤立しかねないと心配しています。

 靖国論争で一方の旗頭役を務めてきている「新しい歴史教科書をつくる会」の会長が解任されました。その経緯は、西岡治秀・ジャーナリスト「『つくる会』―内紛の一部始終」『諸君!』にあります。つくる会の教科書の採択がかんばしくなかったことに遠因があり、理事間の人間関係も複雑に反映しているようです。
 なお、会長を解任された八木秀次・高崎経済大学教授は、西部邁・秀明大学学頭に胸を借りるようにして保守のあり方をテーマに討論しています(「激論 異世代『保守』言論人」『論座』)。両名は、朝日新聞の論調を真っ向から否定しています。『論座』は朝日新聞社発行です。そこで、編集部は、対談の冒頭に「朝日新聞に関する発言には異論のある部分もありますが、そのまま掲載します」とののコメントを付しています。朝日新聞はじめ左派系のメディアが仕掛けてきた問題を保守系の論者が数年かけて論駁するのがここ数年の論壇の動きだったと八木は分析しています。それに対し、西部はイラク問題で明らかなようにアメリカ追随に終始している保守に危うさを感じ取っています。

 ポスト小泉レースは、現在のところ、総合雑誌上では、安倍晋三が断然リードしています。『論座』では塩田潮・ノンフィクション作家「安倍晋三の実力」が、『現代』では七尾和晃・ルポライター「安倍晋三が封印した『乳母』の記憶」が、それぞれ連載として開始されました。『文藝春秋』では、安倍ご本人が児玉清・俳優と対談(「『美しい日本』へ決断と意志を」)し、読書や映画などを話柄に人間味豊かなイメージの売り込みを図っています。ただ安倍の魅力だった若さや対外硬の外交姿勢がかえって不安材料となり、赤坂太郎「父の盟友にささげた安倍の弔辞」『文藝春秋』が描くように、首相レースに不透明感が漂い始めています。

 原博文・中国残留孤児二世「私は外務省のスパイだった」『正論』には驚かされました。1996年に中国の国家機密を探っていたとして、中国国内で逮捕・拘禁され、約7年間も服役をせざるを得なかったのです。“国のためだ、逮捕されたら救出する”との外務官僚との黙契があったにもかかわらず…、とのことです。産経新聞外信部の名で記された「解説」は、「省益を優先した結果、守るべき国民の生命を危険にさらした最もひどい事例として、外務省はじめすべての官僚、そして国民が記憶すべきものだろう」と結んでいます。

 上は、情報収集のあり方と関連があります。関連する論考には、茂田宏・元イスラエル大使「日本の情報機能に関する現状と課題」『正論』や手嶋龍一・外交ジャーナリスト×佐藤優・起訴休職・外務事務官「私が見た『情報戦』の最前線と舞台裏」『現代』があります。 (文中・敬称略)

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