月刊総合雑誌06年7月号拾い読み (06年6月21日・記)

 教育基本法の改正は継続審議(通常国会は6月18日閉会)となりました。同法案についての論議は秋の臨時国会に向け深まると想定されます。そこで同法案関連の論調を7月号各誌に探ってみましょう。

 改正に絶対反対なのが、『世界』です。特集のタイトル「教育基本法が変えられてしまったら?」や「これは『教育のクーデター』だ」(尾木直樹・教育評論家×西原博史・早稲田大学教授)、「『教育基本法案』逐条批判」(成嶋隆・新潟大学教授)などの論考のタイトルからだけでも内容は想像できるでしょう。
『文藝春秋』の櫻井よしこ・ジャーナリストなど6人による「愛国心大論争」での平沼赳夫・衆議院議員は、「愛国心」や「宗教教育」を盛り込み、「不当な支配に服することなく…」との条項を取り去るべきと主張しています。
 なかでも「愛国心」をめぐっての議論がテレビ・新聞でも盛り上がっていました。もとより、『世界』の各論者は歪んだ愛国心を植え付けかねないと反対しています。愛国心について、政府案は「我が国土と郷土を愛する態度を養う」で、一方、民主党案は「日本を愛する心を涵養する」です。平沼は政府案の「態度」との表現に疑問を呈しています。櫻井は民主党案の「日本」を祖先の歩み・皇室を中心にした日本、すべての伝統を含む表現として評価しています。さらに政府案では「宗教教育」はほぼ現行のままですが、民主党案は「生の意義と死の意味を考察し」「宗教的感性の涵養」と明記しています。そこで、高橋史朗・明星大学教授「出直せ、教育基本法改正」『ボイス』は、平沼や櫻井とほぼ同観点から、民主党案を活かしての法案修正を求めています。
 『論座』が「私と愛国心」を特集し、54人の見解を紹介しています。この特集内では、鈴木邦男・新右翼運動家、石破茂・衆議院議員(自民党)、梁石日・作家、そして志位和夫・衆議院議員(共産党)まで、54人の見解はほぼ一致していると言えそうです。国家によって、あるいは法的に、愛国心を国民に強制してはならない、ということです。なお、王敏・日中比較研究者によりますと、日本人の場合は景観に託した望郷の念が愛国心となります。中国人は、出生地にこだわることなく、現実的な人間関係に主眼を置きます。だからこそ、中国においては、愛国心は国民を統一させる概念として教育の重要なテーマとなってくるとのことです。

 『論座』に掲載された経済人による二篇(西村正雄・元日本興業銀行頭取「次の総理になにを望むか」、品川正治・経済同友会終身幹事「平和憲法にそった国の再構築を」)は、小泉政治への強い違和感を表明しています。西村は、首相の靖国参拝には絶対反対ですし、品川は平和憲法の護持を主張します。ちなみに西村は故・安倍晋太郎の弟、つまり安倍晋三の叔父にあたります。
 『論座』や同誌の発行元である朝日新聞の論調に異を唱えるのが、月刊総合雑誌ではとりわけ『正論』や『諸君!』です。2誌に対しては、『論座』も挑戦的です(たとえば『論座』5月号の特集は「『諸君!』それでも『正論』か」)。
 今月も『正論』は、潮匡人・評論家「これでも『論座』ですか」を掲載し、「侵略史観」に基づくと『論座』の論調を批判しています。さらには、高山正之・帝京大学教授「日本を歪める無国籍新聞の群れを告発する『戦争プロパガンダ』検証史」が、朝日新聞は中国寄り過ぎると糾弾しています。川柳欄や歌壇欄をも論難しています(中宮崇・サヨク・ウオッチャー「負け犬サヨクの癒し場発見!『朝日歌壇』」)。
 『諸君!』は総力特集「『歴史の嘘』を見破る!PARTV」として「もし朝日新聞にああ言われたら―こう言い返せ」を編み、朝日新聞の論調の全面的否定を試みています (PARTTは2月号「もし中国にああ言われたら―こう言い返せ」、PARTUは4月号「もし韓国・北朝鮮にああ言われたら―こう言い返せ」)。2月号や4月号の総力特集のタイトルを併せ考えるだけで、『諸君!』の論調は想定できるでしょう。つまり、朝日新聞は、中国や韓国・北朝鮮に迎合的だとも断じているのです(古森義久・産経新聞特別編集員「『中国の軍拡は脅威ではない』と言われたら」など)。外交問題でも謬論が多かったと難じています(神谷不二・慶応大学名誉教授「『日米安保改定に反対したのは正しかった』と言われたら」など)。
 ただし、掲載雑誌やタイトルだけで論文の傾向を判断するとときに誤ります。『諸君!』の高坂節三・経済同友会幹事「なぜ、同友会決議に賛成しなかったか」はタイトルからだけで判断すれば、首相に靖国参拝の再考を求めた同友会の提言に、高坂は反対したかのように思えます。高坂は首相の靖国参拝容認かと。同じ同友会に属する経済人でも『諸君!』の論者の意見は、『論座』に登場する論者とは正反対かと。実際は、提言を幹事会で賛否を問われたさい、大問題なのに急に結論を求められたので、棄権したとのことです。ただし、国民の意思・国論の統一をみるまで、首相は靖国参拝を見合わせるべきとのことなのです。
 中西輝政・京都大学教授は今月も健筆を揮っています。『正論』の「外務省の反日症候群を解剖する」と題する企画に「国益追求の使命を漂流させる『歪んだ歴史認識』」を寄せ、痛烈に戦後外交を「泣き寝入り」外交と批判しています。さらに、アメリカの知日派の歴史観(たとえば、ケント・カルダー・ジョンズ・ホプキンズ大学ライシャワー東アジア研究所所長の「戦争を正当化することは、日本と戦った米国の歴史観と対立する。異なった歴史解釈のうえに安定した同盟は築けない」『朝日新聞』4月25日朝刊)を「ヤルタ的歴史観」と斬って捨て、首相の靖国参拝支持をあらためて高らかに謳っています。ですから、中西は、靖国参拝をしないと明言する福田康夫のポスト小泉に絶対反対です。

 自民党森派は、ポスト小泉の候補を二人抱えていて、一本化は困難なようです。その実相は、上杉隆・ジャーナリスト「『安福戦争』家の宿命と派閥の運命」『現代』に詳しいものがあります。上杉によれば、靖国問題が大きな争点になれば、福田に勝機が出てくるとのことです。
 渡部恒三・民主党国会対策委員長は、塩川正十郎・元財務相と『論座』で対談(「政界ご意見番2人の方言&放言対談」)し、福田支持を明言しています。曰く、「政治家は若いということだけでいいということだったのが、ここにきて反省が起っていて。それとアジア外交問題だねェ」。ちなみに、小泉政権で財務相をつとめた塩川は、「ボクからみたらどっちも合格点や」とのことです。
 塩田潮「安倍晋三の実力 〔第3回〕拉致との出合い」『論座』は、安倍の拉致問題への対応・態度が「果敢な政治家」とのイメージ形成となり、安倍人気の基調となったことを詳述しています。ただし、思想・政策面での、そしてリーダーとしての熟成度に疑問を呈する向きが多いことも紹介しています。
 ポスト小泉の課題は、対アジア外交だけではありません。誰が選ばれようが、財政再建の道筋を示すことが求められます(与謝野馨・金融・経済財政担当大臣「ポスト小泉が直面する重要課題」『正論』)。

 「黄金期に入った日本経済」が『ボイス』の特集です。日下公人・評論家「日本が世界を導く時代」は、日本経済が好転し、日本人は確実に自信回復している、日本経済は原油高・金利上昇・円高にも揺るがないと明るく展望しています。その上で、勤勉・努力・正直を重要な価値観とする世界秩序を打ち立てるべく、ODA一兆円を活用すべきだと熱く説いています。ビル・エモット・英『エコノミスト』前編集長「新しい黄金時代がやってくる」も日本企業の生産性向上が長く力強い成長をもたらすと予見しています。田中秀臣・上武大学助教授「景気が戻れば『格差』は消える」によれば、ニートや所得格差の増減は景気循環的な問題にすぎないのです。これらの論考どおりであれば、小泉政権の5年間の経済政策は高く評価すべきことになります。ポスト小泉候補者たちの評価はどのようなものでしょうか。彼らに政策・政権構想の一日も早い提示を期待したいものです。

 伊豆見元・静岡県立大学教授「北の核を許容してでも達成したい政権の実績」『中央公論』は、韓国政権が対日では頑なであり、対北朝鮮政策では宥和的すぎると憂慮しています。青木直人・ジャーナリスト「中国は金正日を見放した」『ボイス』は米国の金融制裁により金体制が崩壊過程に入ったと断じ、中国の北の資源獲得への急ピッチな動きを懸念しています。
(文中・敬称略)

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