月刊総合雑誌06年8月号拾い読み (06年7月21日・記)

 小泉政権による「聖域なき構造改革」に対し、「規制改革が格差を拡大した」との批判が根強くあります。
 大竹文雄・大阪大学教授「『格差』の正体を見極めよ」『諸君!』によれば、確かに過去20年程度継続して所得格差が拡大してきています。それは人口の高齢化によるのです。高年齢層内の所得格差が大きいからです。ただし、高齢者の中での低所得者の比率は公的年金の充実により低下しています。また、就職氷河期でのフリーターと失業者の急増により若年層内で格差が拡大しましたが、現在は、景気回復で新卒者の就職状況は好転しています。所得格差よりも資産格差を注目すべきとのことです。景気回復の初期にはまず株や不動産といった資産の価格が上がり出します。だからこそ、大竹によれば、現在、格差感が高まっているのです。格差社会がもたらされたとの批判は、「規制で守られていた人たちが既得権を失った」ことを意味している場合があるのです。
 ただ、大竹も指摘しているように就職氷河期に学校を卒業した世代内での所得格差の解消は困難なようです。城繁幸・人事コンサルタント「壊れたレールにはもう乗らない」『中央公論』も、新人に比し、賃金が割高になるため、非正規雇用労働者として留まる確率が高くなるとしています。では、今後の雇用形態はどのような方向に進むのでしょうか。城によれば、「欧米型の職務給ベースのものに近づくのは間違いない」とのことです。その流れの中で年功序列の長所を残すことが課題となります。
 年功賃金制度を高く評価しているのは、松原隆一郎・東京大学大学院教授「成果主義はやがて行き詰まる」『中央公論』です。従来から言われてきたことですが、松原は組織内の信頼関係や帰属意識を重視します。それが生産性向上につながるのですし、それには「社内コミュニケーション」が不可欠です。高齢層/若年層、正社員/非正社員などの組織内の分断もなくす必要があります。

 フリーター問題への関心が高まっていますが、フリーターの6割が女性であることを見落とし、ひいては女性特有の問題を若年者雇用問題一般に埋没させてしまっていることを難じているのが、宮本みち子・放送大学教授「女性重視の働き方に変わるしかない」『中央公論』です。現状では、女性の能力が埋もれがちになります。従来の正社員男性の働き方ではなく、女性のライフサイクルに応じた「働き方の多様化」が求められます。まずは、欧米諸国のように、フルタイマーとパートタイマーの格差を是正することから始めなくてはならないようです。
 フリーター問題についての提言には、橘木俊詔・京都大学大学院教授「団塊はフリーターと連帯せよ」『文藝春秋』があります。年金の支給開始年齢を選択制にし、早期引退を可能にし、雇用を創出し、若年層により機会を与えるべきとのことです。また公共部門がフリーター世代に職業訓練を施せば、企業も雇用しやくなります。これには、イギリスに「ニューディール政策」という範があります。
 『文藝春秋』の御手洗冨士夫・日本経済団体連合会会長・キャノン会長「日本経済イノベート計画」は、若者にまず自立心を求めます。ニートも自立心の弱さのあらわれとみています。さらに、ライブドアや村上ファンドの「株主価値の最大化」「時価総額経営」を否定し、企業は、従業員の生活の安定、株主へのリターン、社会への貢献、次の投資への余剰資金という四つの責任を担うべきとのことです。そのうえで、日本は、今後、「大学改革」「地域の再編」「平等の観念から公平の観念への転換」に取り組むべきと提言しています。

 『論座』の特集「小泉構造改革とは何だったのか」の巻頭は牧原出・東北大学大学院教授×大田弘子・政策研究大学院大学教授×ジェラルド・カーチス・米コロンビア大学教授による座談会(「もうスローガンはいらない」)です。3人は異口同音に、国民に構造改革の必要性を納得させたこと、郵政民営化、経済政策決定システムを官邸主導にしたことが日本の経済再建に貢献したと小泉政権を総括しています。次の内閣も小泉改革を継承すべきのようです。
 同特集内のスティーブン・K・ヴォーゲル・米カリフォルニア大学バークレー校教授「日本はあくまでも日本的に成長し続ける」は題名通り、日本経済の前途を明るく描いています。格差論争を健全な現象とし、どの程度の格差なら容認できるかと議論することは今後の政策選択をする上で必要な過程だそうです。

 『中央公論』は、「靖国問題にケリをつけよう」と謳って、「ポスト小泉の争点はこれだ」を特集しています。
 与謝野馨・金融・経済財政政策担当大臣は「千鳥ヶ淵で全国戦没者追悼式を行う」で、靖国神社は宗教法人であるため、国の唯一の慰霊施設ではなく、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に恒久的な追悼式典のための会場を建設すべきだとしています。加藤紘一・衆議院議員「対米問題となる前に解決しなければならない」も国立の追悼施設建設の必要性を説いています。また、「靖国神社の歴史観を国が認めるということになれば、サンフランシスコ条約を踏みにじることになり」、「総理大臣は閣僚が靖国神社を参拝するのは重大な外交上の火種となる危険があると指摘しておきたい」と展開し、アジア諸国との関係だけでなく、アメリカとの関係も悪化する惧れがあるとのことです。
 加藤は、『文藝春秋』の「論戦 上坂冬子連続対談『8・15小泉靖国参拝』」にも登場し、持論を展開しています(「中国と靖国 どっちがおかしい」)。『文藝春秋』のこの論戦には他に、古賀誠・衆議院議員・日本遺族会会長「遺族会会長、なぜA級戦犯分祀を」と湯澤貞・靖国神社前宮司「前宮司に問う『靖国神社の謎』」があります。古賀の意見は、靖国神社を非宗教法人化し、国家護持にすべきというものです。湯澤は、神社や合祀の仕組みの丁寧な説明につとめています。「今の憲法と宗教法人法のもとでは、靖国神社が国立追悼施設になるのは無理」とのことです。

 なお、『ボイス』の特集は、「ありがとう、小泉総理」です。「小泉さんに何点つけますか?」との企画では、岡崎久彦・岡崎研究所所長、稲田朋美・衆議院議員、増田俊男・時事評論家、兵頭二十八・軍学者は外交での貢献をもって「100点」としています。しかし、森永卓郎・経済アナリストは「金持ちをいっそう太らせた」として「0点」をつけています。「採点不能」や「5点」もあります。『ボイス』の特集のタイトルのようには評価は高いものばかりではなく、内政・外交両面にわたり、評価は両極端に分かれています。
 ちなみに、特集外ですが、中曽根康弘・元総理大臣は、座標軸がない独断専行型であり、ポピュリズムと小泉路線を批判し、その延長ではなんら問題は解決できない、と厳しく批判しています(「『場当たり政治』を超えて」)。
 『ボイス』の岡崎たちは日米同盟を強化したことにより小泉外交を評価していますが、『世界』は正反対です。日米同盟の強化に最も貢献したのは、イラクへの自衛隊派遣でしょう。それを、『世界』の特集「イラク占領は何をもたらしたか」は、大義なき戦争に参加したのだと全面的に否定しています。
 酒井啓子・東京外国語大学大学院教授「イラク『駐留』狂想曲のあとに何が残されたか」は、「派遣ありき」ではなく、人道的支援であるならば、「駐留よりもODA」という選択がありえたと指摘しています。また、臼杵陽・日本女子大学教授「『歴史の教訓』の虚しさ」は、米国によってかえって無秩序がもたらされたと論難しています。だからこそ、米国と協調した英国のブレア首相は窮地に立たされているとのことです(持田譲二・時事通信記者「『倫理外交』の破綻」)。
 ブレア首相と比すれば、小泉首相の支持率は揺るがないものがある、と言えそうです。野田宣雄・京都大学名誉教授「正統を踏み外した異端」『諸君!』は高支持率と長い寿命の秘密を“自民党の総裁=首相として異端であった”ことに求めています。野田は、既成の日本のシステムは修復不可能なほど大きなダメージを蒙ったまま放置されるのではとも予想しています。片山善博・鳥取県知事は『世界』での山口二郎・北海道大学大学院教授との対談「小泉政治への対抗軸をどうつくるか」で「官僚機構の改革は手つかずだった」と小泉改革そのものをも否定しています。いずれにしましても、変人首相の評価の確定には、もう少し時間を要することでしょう。
(文中・敬称略)

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