月刊総合雑誌06年9月号拾い読み (06年8月21日・記)
9月号は8月初旬発売です。昭和天皇がA級戦犯の靖国合祀に不快感を示しておられたとの新聞報道(『日本経済新聞』7月20日付け「富田メモ」)をふまえ、また終戦記念日を迎えるにあたり、「靖国問題」に各誌が力を入れていました。
『正論』は「もっと理論武装したい人のための靖国特集11編」を編み、その巻頭は、上坂冬子・ノンフィクション作家「靖国問題の誤解を解く」です。
上坂によれば、合祀か分祀かで問題となっているのは処刑された七人のA級戦犯であり、天皇が名指しで批判された二人(松岡元外相、白鳥元駐伊大使)は病死しているので、この問題とは直接関係がない、とのことです。さらに、靖国参拝をめぐる賛否は、外交問題ではなく、国内問題であり、外国の意向を伺う必要はないとしています。上坂は、『ボイス』の特集「靖国批判に騙されるな」の巻頭でも、佐藤愛子・作家と対談(「総理は腹を決めなきゃ」)し、持論を展開しています。そのうえで、「(靖国問題を)日本としての結論をまとめる方向にリーダーシップを発揮してほしい」と次の首相に注文をつけています。
『正論』の特集には、他に、澤英武・外交評論家「中国を沈黙させよ」、石平・評論家「魂の存在が理解できない胡錦濤世代の世界観」、安東幹・人権問題研究家「中国の靖国攻撃を封じる最良の方法」などがあります。
「渾身の総力特集 中国の靖国攻撃 北のミサイル“双子の危機”に備える」として取り組んでいるのが『諸君!』です。同特集の巻頭は中西輝政・京都大学教授「金正日の『戦略的射程』を見極めよ」です。中西は、日経のスクープは締切り間際に飛び込んできたため、「取り急ぎ次の三点を指摘しておくにとどめたいと思う」としています。第一に、上坂と同様、A級分祀とは結び付けてはならないとし、第二に、「富田メモ」の史料的検討が不十分であるとしています。さらに、第三として、悪質な「天皇の政治利用」に当たると論難しています。
A級戦犯(東郷茂徳・元外相)の孫にあたる東郷和彦・元外務省欧亜局長が『現代』(「独占インタビュー 東郷和彦『靖国再編試案』」)と『論座』(「首相の参拝にモラトリアムを」)に登場し、小泉首相の後継者は靖国参拝を一時停止し、「靖国神社の再編」「歴史博物館の創設」「戦争責任に対する国家的な議論」を検討すべきだと提案しています。もう一人のA級戦犯(東條英機・元首相)の孫たる東條由布子・NPO法人環境保全機構理事長は『ボイス』の特集に登場し、「富田メモ」の信憑性に疑義を呈しています(「陛下は合祀を御存じだった」)。
保阪正康・ノンフィクション作家は、『中央公論』(「天皇の持っていた『強い不快感』」)と『世界』(「靖国神社とA級戦犯」)に寄稿しています。さらに、保阪は、半藤一利・作家、秦郁彦・日本大学講師の二人と『文藝春秋』(「昭和天皇『靖国メモ』 未公開部分の核心」)で討論しています。半藤と秦は、日経の記者から事前に「富田メモ」の原文を見せられ、史料評価について相談を受けていました。二人とも昭和天皇の「遺言」として受けとめ、信頼性は高いと判断しています。ちなみに、「富田メモ」の該当部分は、靖国をめぐる政治家の発言への憂慮があった上で、A級戦犯の合祀の部分にいたるとのことです。
ケヴィン・ドーク・米ジョージタウン大学教授によりますと、カトリック教会は靖国参拝を容認しています(「バチカンは靖国を認めている」『ボイス』)。しかし、『論座』の2篇(マイク・モチヅキ・米ジョージ・ワシントン大学教授「米国はどう見ているか」、カート・キャンベル・元米国防次官補代理/聞き手・辰巳由紀・米スティムソン・センター・リサーチ・フェロー「黙っているからといって、米国政府が支持しているわけではない」)によりますと、靖国参拝に反対するのは中国と韓国だけではありません。
ジェラルド・カーティス・米コロンビア大学教授「二つの大国の共存を考えるべきだ」『世界』は、アメリカでの靖国問題に関する意見を三つに大別し、紹介しています。まず、真珠湾攻撃は自衛自存のためだったとする史観につながるとして参拝に反対する意見があります。もうひとつ、日中関係悪化をきたすとの外交上の理由からの反対があります。第三の態度は、日米関係は重要だし、小泉首相はアメリカとの関係強化に努めてきたから発言しないでおこう、です。いずれにしましても、アメリカでは、首相の靖国参拝に理解を示す、賛成する声はほとんど聞かないとのことです。そのうえで、カーティスは、靖国参拝問題の解決は、日中関係改善のための必要前提条件と指摘しています。あくまでも、十分条件ではありません。日中両国がともに大国だった時代がなく、大国同士となった現在、いかに共存するかの答えを両国ともに出し得ていない点に日中関係悪化の因を求めています。日米中の三角形の関係を建設的は方向に持っていくのが次期首相の最大課題とカーティスは結んでいます。
『世界』では、小泉首相の盟友たる山崎拓・衆議院議員・自民党が、インタビューに応じ、次期指導者は、「慎重熟慮、外交的配慮を十分にした行動をとる」べきとし、靖国神社とは別に国立の追悼施設の建立を提案しています(「無宗教の国立追悼施設を」)。
小泉後継の座に最も近いとされている安倍晋三・内閣官房長官も、靖国参拝問題は、「本来、政治問題化させたり、ましてや外交問題化すべきではない」と述べています(「この国のために命を捨てる」『文藝春秋』)。ただし山崎とは違い、歴代の首相たちの参拝に理解を示しています。なお、この論考は、拉致・ミサイル問題など、対北朝鮮外交について丁寧に述べたものです。
『中央公論』は、「靖国問題にケリをつけよう」と謳って、「ポスト小泉の争点はこれだ」を特集しています。
麻生太郎・外相も、『中央公論』に「日本外交、試練と達成の十一日間」として、北のミサイル発射から国連安保理決議採択までの11日間の日本外交の舞台裏を語っています。国連安保理決議に経済制裁や武力行使の根拠となる国連憲章7章への言及が最終段階で問題となりました。ライス米国務長官とは頻繁に電話会談を行い、「七章への明示的言及の主張を下ろす」との決断は、安保理決議採択の数時間前、長官との7回目の電話会談のおりだったとのことです。
「靖国問題」とからめての歴史関連の企画が目立ちます。前出の保阪正康が、歴史関連でも、『中央公論』や『文藝春秋』で大活躍しています。
『中央公論』では、松本健一・麗澤大学教授と対談(「近代日本の敗北、昭和天皇の迷い」)し、「戦争責任」論議を“論議”しています。保阪は各種の責任論があるのに、精査されないままに語られるため、迷路に入り込んだようなジレンマがあると指摘しています。「勝者が敗者を裁く法廷で戦争責任を問われた」が、「日本人の問題としては依然未決である」と松本は応じています。
『文藝春秋』では、「保阪正康連続対談 昭和の戦争 七つの真実」と謳う、七人の識者との対談があります。前出の半藤一利とは対米戦争は避けられ得たかを論じています(「対米戦争 破滅の選択はどこで」)。一縷の望みがあったのは、昭和15(1940)年の日独伊三国同盟の時点とのことです。三国同盟が対米戦争は決定付け、その後は、首相クラスが開戦に反対するやクーデターが起こった可能性が高い、と半藤は分析しています。
秦郁彦も、この企画に参画し、戦争犯罪を検討しています(「南京と原爆 戦争犯罪とは」)。補給軽視が日本の決定的敗因そのものですが、「虐殺が起きる要因の一つ」だったと、秦は見なしています。なお、中国側が主張する南京事件被害者30万人説は実証性が乏しいのですが、かといって事件そのものは否定できないとのことです(秦は4万人説)。
牛村圭・国際日本文化研究センター助教授は、保阪との対談(「東京裁判とは何か」)で、戦犯のABCの別は単なる区分であるにもかかわらず、多くは罪の軽重を示すものと誤解していると難じています。牛村は、いわゆる「東京裁判史観」については、全面否定ないし全面肯定する傾向にあり、強引だと、否定的です。
保阪による連続対談には、他に、角田房子・作家との「帝国陸軍軍人の品格を問う」、伊藤桂一・作家との「一兵士が見た日中戦争の現場」、戸部良一・防衛大学校教授との「統帥権が国を滅ぼしたのか」、福田和也・慶應大学教授との「ヒトラー、チャーチル、昭和天皇」があります。
今月の『文藝春秋』には、第135回芥川賞受賞作(伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」)が掲載されていることを付記しておきます。
(文中・敬称略)
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