月刊総合雑誌06年10月号拾い読み (06年9月21日・記)
後藤正治・ノンフィクション作家「ワーキング・プアの時代」『文藝春秋』によりますと、格差社会が進行するなか、「働く意思を持ち、現に仕事をしつつ、収入は生活を維持するに精一杯という人々」、つまり「ワーキング・プア」が増加しているとのことです。雇用形態は不安定なバイトや派遣社員で、この状態が固定化し、将来展望もなく、結婚もままならないという層です。
『文藝春秋』には、山田昌弘・東京学芸大学教授「『希望格差』から『希望平等社会』へ」もあります。山田は、格差議論に混乱がみられると難じ、「経済改革には賛成だが、格差拡大には反対」という立場を成立させることが重要であると指摘しています。小泉政権は、構造改革を掲げ、「努力しなくても報われる人」を排除してきたのであり、次の政権は「努力すれば報われる、努力しなくては報われない」という環境を提供すべきとのことです。
『論座』は「若年労働の現場」を特集しています。特集内の論考(新雅史・東京大学大学院博士課程「消費と労働による『自己実現』の果てに」など)によりますと、コンビニや高齢者ケアなどで若者が求められていますが、いずれも労働条件が厳しいうえに低賃金です。このままでは、「ワーキング・プア」が加速的に増加しそうです。さらに、若者は自信を失いがちです。
まずは、特集内の座談会「君は、何のために働くのか?」で、本田由紀・東京大学助教授が説く「無業者でも月数万円が支給され、職業訓練が受けられる」制度の構築を急ぐべきでしょう。そうしなければ、山田の提唱する「希望平等社会」の実現は遠のくだけです。
大変なのは若者だけではありません。『中央公論』の特集「心を病む30代」によれば、30代の中堅社員にも問題があります。社会経済生産性本部の調査(06年4月) で、鬱病などの「心の病」を抱える社員が増加する傾向にあり、なかでも30代が他の年齢層に比し突出していることが明らかとなりました(斎藤環・精神科医「縛りから逃げ惑う中堅予備軍」) 。山田和夫・東洋英和女学院大学教授「蔓延する鬱病を放置するな」も、30代の自殺者が増加傾向にあると警鐘を鳴らしています。山田は、「40代、50代がリストラされ、最も働き盛りの30代に大きな負荷がかかってきていることが原因」と分析しています。
彼らは、上場企業の正社員であり、「勝ち組」と区分してよいはずですが、実情は「勝利していない」のです(熊野英生・第一生命経済研究所主席エコノミスト「中流を駆逐する『絞り込み』社会」)。熊野によれば、出世が望みにくく、使い捨てられる心配が高まっているのです。30代になれば、転職も困難となります。日本型雇用システムがうまく機能しなくなっています。人生を再チャレンジする機能が社会に求められています。この機能を有してこそ、「希望平等社会」なのでしょう。
このような状況下にあるからでしょう、9月20日、圧倒的多数をもって自民党総裁に選出された安倍晋三・内閣官房長官は、『文藝春秋』で阿川佐和子・文筆家のインタビューに応じ、まさしく、“再チャレンジが可能な社会”を目指すと表明しています(「最高権力者は酷薄さが必要だ」)。しかし、上記したように問題の根は深く、安倍の言の実現はきわめて困難を伴いそうです。
ちなみに安倍の『美しい国へ』(文春新書)が売上げ37万部を超えるベストセラーとなっています。その書を『論座』で5人の論客が一刀両断にしています。それらを列挙しましょう。高村薫・作家「論理も懐疑もない保守の危うさ」、船曳建夫・東京大学教授「まだまだゆるい『闘う政治家』の原点」、中島岳志・京都大学人文科学研究所所員「すべてをナショナリズムに回収させる論理的飛躍」、香山リカ・帝塚山学院大学教授「人間も社会も善悪二項対立で解決できるほどシンプルではない」、大嶽秀夫・京都大学教授「小泉改革と断絶する伝統的保守主義の再来」。いずれも安倍の持つ保守的な体質に批判的です。
批判どころか、安倍政権を全面的に否定するのが、立花隆・評論家「安倍晋三 『改憲政権』への宣戦布告」『現代』です。憲法および教育基本法の改正に向かう安倍の政治的見解は「戦後民主主義の根幹をなす枠組みを全否定するようなもの」と立花は厳しく論難します。辺見庸・作家も『現代』で「無恥と忘却の国に生きるということ」と題し、立花と同様、安倍を強く否定します。単純で陽性の独裁者たる小泉から、「“陰熱”の国家主義者」たる安倍への交代だと表現しています。「“陰熱”の国家主義者」とは、「柔和な表情の裏に底暗い世界観を秘めた」人物とのことです。
佐々木毅・学習院大学教授「党内対立から政党間対立へ」『論座』は、「ポスト小泉政権の行方や課題を占う最も良い手掛かりは小泉政権の中にある」と始まります。佐々木の訓えどおり、ここで、小泉政権総括・評価に関連する論文を少しく見てみましょう。
佐々木は、小泉の政治は、「官主導」や「政治主導」でなく、「首相主導」だったと指摘します。「首相主導」とは首相と国民との直接的な結びつきを求めるものです。この方式により、「改革」というシンボルと相まって国民に新鮮な感じを与え、リーダーシップに対する国民間の飢餓感を満たしたのです。また、「対決型政治」を体現し、その舞台は主として自民党内に設定されました。この構図は小泉政治で終わり、次期政権は非対決・融和型にならざるを得ません。党内の不協和音への配慮に多大なエネルギーを費やすことになります。また、政治ドラマの主役は、自民党内の対立から政党間の対立と変じます。
佐々木の「首相主導」の代わりに、待鳥聡史・京都大学助教授は、「強い首相」の語を用いています(「『強い首相』は日常となる」『中央公論』)。同論文によれば、「強い首相」は90年代に進められた制度的変革が生み出したのです。実際、小選挙区制となりましたし、橋本政権期に決定され、小泉の登場とともに、行政改革により内閣官房・内閣府の機能・組織が大幅に拡充されました。ですから、待鳥は「小泉政権を支えたのは、首相の個性や世論の支持というよりも、与党議員や官僚を統御する制度的な権力だった」と分析しています。小泉後は、将来、民主党など自民党以外の勢力から首相が出たとしても、「強い首相」に変わりはないと、待鳥は予見しています。
小泉政権の経済・金融政策を一貫して担ってきた竹中平蔵・総務大臣・郵政民営化大臣の“遺言”とも言うべき「既得権とのバトルを続けよ」が『中央公論』にあります。小泉、ひいては竹中への批判は、既得権益者からだったし、それを排除したからこそ小泉政権は成果を上げ得たと自賛しています。次の政権への期待は、まず「郵政民営化の完遂」です。それはグローバル社会での競争力獲得のためにも肝要だそうです。
小泉政権の総括・評価の延長線上としての外交政策について、白石隆・政策研究大学院大学副学長「次期首相がとるべきアジア戦略とは」『中央公論』が取り組んでいます。日米同盟の強化、東アジア共同体の構築、対中国戦略の確立の3つが基本的課題です。まずは、米国とアセアン(東南アジア諸国連合)を2つのハブとして活用すべきと提唱しています。なお、白石は、首相の靖国参拝に反対です。歴史と向き合っていないとの国際的批判を招き、日本は国家としての行動の自由を制約されることになるからとのことです。
渡邉恒雄・読売新聞グループ本社代表「『昭和戦争』に自らの手で決着を付けよう」『中央公論』も、靖国・歴史問題の軛を解決する必要を、軍隊体験を踏まえ、説いています。渡邉によれば、日本国民自らで戦争責任の検証ができていないがゆえに、“外交に躓き”があるのです。だから『読売新聞』は過去1年にわたり、戦争責任の所在を検証してきたのです。
人里に熊が出没し、多くの被害が生じています。森が荒れ、健康的・生産的な生物多様性が低下し、熊は森では生息できなくなってきているからです。いつの間にか、深刻な環境問題となってきています(C・W・ニコル・作家「荒れた森、人工林、天然林 なされるべきは何か?」『論座』)。世界に冠たる環境技術大国・日本につきつけられた新たな環境問題です。
(文中・敬称略)
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