月刊総合雑誌06年11月号拾い読み (06年10月20日・記)

 9月26日に安倍内閣が誕生しました。10月上旬までに出揃った11月号は安倍新政権に取り組んでいました。
 自民党内にあって早くから安倍擁立に動いていた山本一太・参議院議員(「どうしても安倍総理を誕生させたかったワケ」『正論』)によりますと、安倍には胆力があり、ニューリアリスト(戦略的国際協調主義者)だそうです。山本と同様、安倍擁立に邁進した世耕弘成・参議院議員(「安倍ブレーンが明かすメディア戦略の舞台裏」『論座』)が、新総裁誕生までの振付けぶりを明かしています。結論を先にし、かつ乗り出す姿勢でゆっくりと述べる話法を身につけさせたとのことです。
 『現代』は巻頭論文に、保阪正康・ノンフィクション作家「安倍晋三『忘却史観』の無知と傲慢」を掲げ、先月号(立花隆・評論家「安倍晋三『改憲政権』への宣戦布告」など)に続き、安倍否定の論陣を張っています。著書は形容詞多用で内容空虚で、都合の悪いことは忘れる「忘却史観」の持ち主だと、安倍を難じています。新首相が反動主義へ進み、「“昭和の妖怪”と評された岸首相が形を変えて再び歴史に登場してくる」と保阪は心配しているのです。 小森陽一・東京大学教授「草の根からの声を、国会へ」『世界』も、保阪と同様、安倍を都合のよいことしか語らない「歴史否定論者」と、論難しています。保阪も小森も安倍の祖父・岸信介に否定的なのです。

 一転して、『諸君!』の巻頭座談会(平沼赳夫・衆議院議員、櫻井よしこ・ジャーナリスト、松原仁・衆議院議員、遠藤浩一・評論家「岸信介のDNAをもっと磨け」)は、岸の継承者としての役割を期待しています。
遠藤は、『正論』にも「戦後政治史からみた安倍政権の可能性」を寄せています。彼によれば、岸は、総合的な「脱『戦後』構想」を打ち立て、それを実現しようとしたのです。岸こそ保守合同の中心人物だったのであり、安倍は、祖父が構築した理念・運動を範とすべきことになります。
 原彬久・東京国際大学教授「岸信介と安倍晋三」『世界』も、やはり、安倍の中に「岸」がいると指摘しています。岸という政治家はA級戦犯容疑者、軍国主義者、戦後民主主義の敵対者とのレッテルを貼られ、一貫として攻撃の的にされてきました。しかし、原は岸を肯定的に描いています。
 原は以下のように展開します―岸のスケールの大きさはアジア外交の中にもあります。アメリカの基金と日本の技術力をもって東南アジア諸国を束ね、自由主義陣営を強化しようとさえしたのです。靖国に足をとられ中国・韓国との関係は不調に終わった小泉外交に比し、はるかに気宇壮大だったのです。遠藤の「脱『戦後』構想」を、原は「戦後レジームからの脱却」と表現します。その具体的な方途が、憲法改正と教育改革なのです。安倍の掲げる政策はまさしく岸を継承するものです。岸は、安全保障と同時に社会保障を確立しようとしました。安倍も意識しているように、最低賃金制度、国民皆保険、年金制度を作ったのも岸です。安倍も社会保障についての見識があるはずで、「市場原理主義ないし競争原理に突っ走った小泉時代の揺り戻し」をはかり、安倍が点数を稼ぐ余地がある、と原は予見します。

 メディアでの露出度が政治的人気につながるのです。恰好の事例が今回の自民党総裁選で、「(安部は)メディアに『載せてもらって』」現在の地位まで上り詰めたこと」のです(逢坂巌・東京大学助手「安倍首相のメディア戦略がはまる隘路」『中央公論』)。政治・政治家のメディアを介して形成されたイメージが、今後ますます、実際の政治に大きな影響を与えることまちがいありません。だからこそ先の世耕は、広報担当の首相補佐官に就任しました。
 なお、政治報道にも問題ありと、現場からの反省もありました(金平茂紀・TBSテレビ報道局長×外岡秀俊・朝日新聞東京本社報道局長「自民党総裁選とメディア」『論座』)。記者たちの発話力・質問力が低下し、政治家を問い詰めることがなくなってきていて、総じて政治家にメディアを利用される傾向に陥っていると自戒しています。
 蒲島郁夫・東京大学教授/大川千寿・東京大学修士課程「安倍晋三の研究」『世界』は、近年の政党について「専門職的選挙政党」とのA・パーネビアンコの概念をもって説明しています。イデオロギーの拘束力が低下し、マス・メディアの影響力はやはり高まっているのです。選挙戦は争点や候補者の人格に的を絞って展開されます。ですから、党首のイメージが強調される傾向を有します。小泉が変革した自民党には、「専門職的選挙政党」の特質がみられ、このシステムは常に人気ある党首を求め続けるのです。だからこそ、安倍は政治家歴の浅いにもかかわらず、圧倒的得票差をもって総裁選を制することができた、とのことです。

 なお、蒲島・大川によれば、小泉は人気と改革シンボルによって都市部の有権者を惹き付けてきたのです。この得票構造を安倍は引き継いでいかなくてはなりません。タカ派で改革志向とみなされる安部が、小泉改革を評価してきた中道・穏健な有権者層の離反を招く可能性もある、とのことです。また、農村部は相対的に冷遇される状況下にあり、自民党の元来の支持基盤に民主党の食い込みを許す可能性大です。来夏の参議院選挙では、安倍自民は苦戦となると、蒲島・大川は予想しています。
 小沢民主党は、たしかに従来の自民党の支持基盤を切り崩すべく努めています。しかし、民主党の前途にも困難さがつきまといます。かつては「若さ」「既成秩序の破壊」「アマチュアリズム」を想起させる政党は民主党で、「老獪」「旧体質」「秩序」「プロフェッショナル」は自民党のものだったはずです。それに逆転現象が起きていると、伊藤惇夫・政治アナリスト「『自民』化する小沢民主党は、『民主』化する安倍自民党に勝てるか」『中央公論』は指摘しています。小沢戦略は諸刃の剣なのです。たしかに次期参議院選挙は安倍政権の行方を左右するのですが、それとともに小沢一郎の政治生命に決定的影響を与えることも間違いない、と伊藤は指摘しています。

 『文藝春秋』は、「安倍新内閣を採点する」の題名のもと、8篇の論考を掲載しています。
 宮崎哲弥・評論家は、そのタイトル「『専守防衛・お友達』内閣の前途」からも想定できるように、人事は論功行賞・友情重視にすぎないと厳しいものがあります。短命か、長期政権かの答えは十ヵ月後の参院選挙で出るとのことです。
 その参院選については、平沼赳夫・衆議院議員の「参院選勝利の切札は我が手に」があります。郵政民営化に反対し、自民党を除名された自分たちが関与している選挙区が焦点だとし、平沼たちを復党させなければ自民の勝利はないと主張しています。
 上の企画の巻頭の御厨貴・東京大学教授「解散・総選挙を直ちに断行せよ」は、三つの疑問を呈しています。まずは、新首相が掲げる「教育基本法の改正」「憲法改正」は国論を二分する大問題ですが、国民生活を豊かにする即効性がないと問題視します。また、新内閣の顔ぶれに新鮮さが乏しいと失望感をあらわにしています。さらには、「官邸主導強化」も不安だそうです。セールスポイントの若さは、政権誕生のその日から色あせていくので、真の強い総理になるには解散総選挙を断行せざるを得ないとのことです。
 参議院選挙のある来年、つまり2007年よりも、2008年に、日本の存立に関わる問題が控えていると、中西輝政・京都大学教授「日本よ、『強い国』となれ」『正論』が警鐘を鳴らしています。2007年末に韓国大統領選(2008年3月就任)、2008年3月に台湾総統選、同年末にアメリカ大統領選、そして同年には北京オリンピックも開かれます。東アジアが不安定になる公算が小さくない、とのことです。安倍政権は、歴史問題をこなし、安保を確立し、「強い日本」の土台を構築すべく努めるべきと中西は提言しています。
 新首相夫人・安倍昭恵の特別手記「『抱きしめてあげて』小泉総理は言った」が『文藝春秋』にあります。夫との出会いから結局は断念した養子問題まで詳細に語っています。ハングルの学習は、韓流ドラマの影響からではなく、北朝鮮の一般市民と会話するときにそなえてのことだそうです。  (文中・敬称略)

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