月刊総合雑誌06年12月号拾い読み (06年11月20日・記)
「いじめ」を苦にした子供の自殺という痛ましく悲しい事件が相次いでいます。
元凶は日本の教育行政の構造そのものにあると、中井浩一・教育評論家「教育委員会の責任を追及せよ」『中央公論』は指摘し、とりわけ県教委が機能していないことを問題視しています。「いじめ」調査もおざなりで、市教委への指導も十分でないと論難しています。
直接的には自殺問題を対象にはしていませんが、『文藝春秋』は「子供を殺すのは教師か親か」、『諸君!』が「『教育再生』やるなら、この手しかない」、『現代』も「教育現場で何が起こっているか」と、教育問題を特集しています。安倍政権が、教育基本法の改正を重要課題とし、「美しい国づくり」の中核として「教育再生会議」を位置づけているからです。
『文藝春秋』の「これが本物の教育再生会議だ」は、カリスマ教育者と評されている陰山英男・立命館大学教授、齋藤隆・明治大学教授、藤原和博・東京都杉並区立和田中学校校長による座談会です。教育再生会議で検討されるという「教育バウチャー制度」や学校選択制に3名は否定的です。公立モデル校を作り、かつ地域との連携を強めるべきとのことです。齋藤はとりわけ「教育の原点は日本語力を中心とした学力向上」だと強調しています。
石川結貴・ノンフィクション作家「家畜化する子供たち」『文藝春秋』はまさしく“衝撃レポート”です。食生活は悲惨な状況で、服を脱ぐ、着る、畳むという行為ができない小学生が増加しているとのことです。トイレに関するトラブルも多いようです。受験する子以外は、家庭でのしつけが等閑視されているのです。
学校内で小学生によるエアガンで教師を撃つような暴力行為も増加していると、奥野修司・ジャーナリスト「小学校が暴力教室と化した」『文藝春秋』が報告しています。教師は管理職と親の狭間で悩み、04年度の病気休職者は過去最高(6308人)となりました。そのうち、56.4%が精神性疾患です。現状を「病める教師と無責任な親が育てた、暴れる子供たち」と彼は表現しています。行政では、育児は厚労省児童家庭局、教育は文部省初等中等教育局と分かれています。それらを一緒にして思い切った改革をやらない限り教育の立て直しはできないし、かと言って、官僚の縄張り意識を考えると、道は険しいと、奥野は悲観的です。
やはり、文科省、そして教師が悪いのでしょうか。『諸君!』の特集の主たる部分は、「『文科省&日教組』の言いなりにやったからこうなった!」との題のもとに集められた、16名による提言です。加地伸行・大阪大学名誉教授「新『教育勅語』を作れ」、殿前康雄・大成高等学校校長「日教組は政治闘争をやめ、教育の原点に戻れ」などが目立ちます。一方、『現代』の増田昌文・作家「父と息子の『中学受験200日戦争』」や生島淳・ノンフィクションライター「受験断念―名門校を目指した父と子の闘いの記録」にあるように、中学受験が過熱しています。学校をあてにせず、家庭教師や塾に頼る層が増加しています。
先の奥野は、「現在の豊かな国は、こうして滅ぶんでしょうね」とのある教師の言葉をもって、報告を結んでいます。滅ぶ前の施策が求められています。
10月9日、北朝鮮は「核実験を行なった」と発表しました。ただし、恵谷治・ジャーナリストによりますと、小規模の実験どころでなく、失敗に終わったとのことです(「北の核は恐るるに足らず」『正論』)。
しかし、7月5日のミサイル発射以来、北朝鮮に各国が翻弄されているのは事実です。そこで、もっとも大きな脅威を受ける日本は国連安保理事会で北朝鮮制裁決議の採択のために大きな役割を果たしてきました。さらに独自の経済制裁も実行に移し、日本は国際的に相当突出しました。
日本外交の置かれている位置を小此木政夫・慶応義塾大学教授「北朝鮮の核実験を許したもの」『論座』が詳述しています。そのうえで、日米間の深刻な認識ギャップの存在を危惧しています。アメリカ外交の主たる関心がイラク・イランに向いているため、北の核実験を可能したのです。日本にとっては直接的な脅威ですが、アメリカにとっては日本にとってほどの脅威ではありません。アメリカの主眼は核物質・技術の海外移転阻止です。ここに、日米の共同歩調の困難さがあると小此木は指摘しています。
日米間のギャップを大きくするようなことなく、ライス米国務長官の言にあるように、“日本への攻撃はアメリカへの攻撃と同じであること”を北朝鮮によくよく認識させなければならない、と田中明彦・東京大学教授「期待できない北朝鮮の核廃絶」『論座』が説いています。同じ『論座』で、国分良成・慶應義塾大学教授「冷却と冷静のあいだ」は、中国と北朝鮮の関係を主に分析しています。中朝関係は危機的状況にありますが、決裂も避けたいとの意向が両国にあるとのことです。日本が中国と友好的な関係を結べば、それだけで北への圧力になり、イラン・イラクで疲弊しているアメリカを助けることになります。就任直後に中韓両国を訪問先に選んだ安倍外交を国分は高く評価します。
2004年より今年9月まで国連次席大使をつとめた北岡伸一・東京大学教授は、『中央公論』の特集「日本よ、核を語れ」の巻頭に「北の核を抑止するための五つの選択肢」を寄せています。@何もしない、A制裁の強化、B関与―北と話し合い、何かを与える、C外科手術的爆撃、D日本の核武装、…以上が五つの選択肢です。北岡によれば、一つの選択肢だけでは有効でありません。日本の核武装については、議論はすべきでしょうが、東アジアの安定をかえって流動化させる可能性が大なので、結局は、核武装以外の四つの組合せで、以下のようになります。―自衛力の強化、米軍との連携の強化、中国との協力関係、国連安保理に常時議席を持つなど国連の活用、アフリカなどの紛争の解決への努力、在外公館・外交官の増加など総合的な外交能力の強化―。古くて新しい政策が肝要、あるいは急がば回れ、ということでしょうか。
『中央公論』には、伊豆見元・静岡県立大学教授「核付き北朝鮮の存続を覚悟せよ」や岡崎久彦・元駐タイ大使「改めて脱亜親米の有効性を説く」があります。
岡崎が「日米同盟強化」を強調していますが、大枠としては、北岡、伊豆見、岡崎の論考は同方向にあるかのようです。
『文藝春秋』は、「第二次朝鮮戦争か、日本核武装か」との大型座談会を掲載しています。論者は、手嶋龍一・外交ジャーナリスト、中西輝政・京都大学教授、佐藤優・起訴休職・外務事務官、江畑謙介・軍事評論家、上村幸治・獨協大学教授、鈴木琢磨・毎日新聞編集委員の6名です。中西は、北の核を真剣に取り上げる努力を米中にさせるためにも真剣な核保有論議をと提唱しています。それに対し、無用な軋轢を生じさせると、佐藤は否定的です。ただ、非核三原則を見直し、アメリカ軍の核の持込みを容認するか否かを論議すべきとします。なお、日本の即座の核武装には、6名とも消極的です。
「金正日政権はいつ滅びるか」との衝撃的なタイトルの座談会が『ボイス』にあります(李英和・関西大学教授×西岡力・東京基督大学教授×恵谷治・ジャーナリスト)。西岡は、北が韓国での南北連邦制・連合を進める議論を喚起するよう努めると予見しています。と同時に、金正日がアメリカあるいは側近に排除される可能性も大だと付言しています。李は経済制裁により内部崩壊の可能性が高まっていると確信的です。恵谷によれば、「年明けから何らかの大きな変化があり、結果的には金正日は長くても、一、二年で終わる」とのことです。
日中関係は安倍訪中により好転しました。その要因の一つは北朝鮮の核問題ですが、経済成長維持のため、中国が日本の協力を必要としているからだと多くが指摘しています。『ボイス』の「なぜ『安倍訪中』は成功したか」での石平・中国問題研究家「『靖国攻防戦』で完敗を喫した中国」などがそれです。
中曽根康弘・元首相が“先輩”としての訓えを『論座』で説いています(「『考える政治』か『見る政治』か」/(聞き手)薬師寺克行・編集長)。活字をベースにした「考える政治」から、テレビを通じての「見る政治」に大変化し、「見る政治」の“大家”が小泉純一郎・前首相です。ただし、安倍には“変人”小泉ほどの強烈な個性がないため、安倍が小泉を真似てもうまくいかないので、それよりも国家像を明確に打ち立て、政治を本流に戻すべきだとのことです。
(文中・敬称略)
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