月刊総合雑誌07年1月号拾い読み (06年12月20日・記)
クリント・イーストウッド監督による映画「硫黄島からの手紙」が公開中です。硫黄島の戦いを米国側から見た「父親たちの星条旗」との2部作となっています。この映画関連の3篇が目にとまりました。村井真郎・映画ジャーナリスト「クリント・イーストウッドを魅了した日本軍兵士の『手紙』」『諸君!』、上坂冬子・ノンフィクション作家「『硫黄島映画』の味わい」『ボイス』、渡辺謙・俳優×梯久美子・ノンフィクション作家「硫黄島 栗林忠道の士魂」『文藝春秋』です。
村井は、インタビューを中心に、イーストウッド語録を紹介し、彼の監督としての資質の高さを描いています。かつて『硫黄島いまだ玉砕せず』(文藝春秋)を上梓した上坂は、何度も取材に訪れた硫黄島の様相を、大相撲の立行司・式守伊之助を始めとする硫黄島戦の遺児たちの数奇な運命とともに紹介しています。
硫黄島戦の総指揮官・栗林忠道中将を演じた渡辺は、役作りと監督への提言を始めとする撮影時の秘話、映画の魅力、栗林の気高さを、梯との対談で熱く語っています。梯は、『散るぞ悲しき』(新潮社)で、新しい栗林像を描いたとして第37回(06年)大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。硫黄島戦は、唯一、米軍の損害が日本側を上回りました。その理由は、梯によれば、玉砕を禁じた栗林の戦術にあったのです。60年前の戦いを「いま僕らの生きていく糧になり、支えになっているのんだとういことをきちんと受けとめないといけない」と渡辺は演じた者としての思いを語っています。
子供のいじめによる自殺問題に関し、『中央公論』は「人を殺す学校制度」、『論座』は「孤立する子どもたち」との特集を編んでいます。
『中央公論』の特集巻頭座談会「いじめには出校停止処分を」に「ヤンキー母校に帰る」の主人公・義家弘介・横浜市教育委員会委員が登場し、体験に基づき、「いじめ対策」を提示しています。教師が生徒用のトイレで用を足すだけでも、トイレでのいじめ・非行が少なくなるのです。彼は『潮』にも「いじめ解決はまず発見すること」を寄稿し、いじめをスタート時点で見つけ、芽を摘むべきと力説しています。そのためにも教師は生徒用のトイレを利用すべきなのです。
高橋祥友・防衛医科大学校教授「悲劇の連鎖を起こさないために」『論座』は、行き過ぎた報道が自殺を引き起こしているとマスコミに自省を求めています。
未成年者を中心とした売春が「援助交際」として社会問題化してから約10年たちました。沈静化したのではなく、ただ報道されないだけのようです。この問題に、宮台真司・首都大学東京准教授が社会学者として後輩にあたる圓田浩二・沖縄大学講師と対談し、取り組んでいます(「10年後の『援助交際』」『論座』)。テレクラ・伝言ダイヤルによっていたのが、現在では、出会い系サイトが利用されています。それにともない、宮台によれば、気楽にアルバイト感覚で行なう「臨時援交化」と業者が介入する「デリヘル(デリバリーヘルス。無店舗型風俗)化」が起こっているのです。
「いじめ」「援助交際」、あらゆる問題に関し、メディアには長期的視点にたった報道を求めたいものです。
『中央公論』の「介護―高齢化社会の現実」は、実施から五年が経った介護保険制度が06年4月に大改正されるので、それに対応しての特集です。
北朝鮮問題について、6ヵ国協議再開決定以前の分析・立論ですが、少しく紹介しておきましょう。
船橋洋一・朝日新聞社コラムニスト「日本の覚悟が問われる『北』の核問題」『潮』は、北朝鮮の核開発は、「アメリカの脅威に対抗するだけのものではなく、イデオロギー、体制の危機の表れ」と分析しています。そうである以上、北が核兵器を手放すことは望めませんし、拉致問題解決には、独裁国家による人権侵害として、「国際的な包囲網を広げて」いかなくてはならないと船橋は説いています。
『潮』には、五百旗頭真・防衛大学校校長による「東アジア情勢と日本の針路」もあります。「望ましいのは、アメリカが『対話』と『圧力』の全手段を投じて北朝鮮と腰の入った直接交渉を行なうことである」とのことです。
もとよりアメリカの動向が大きく対北外交に影響しますが、中間選挙後、アメリカ外交は転換期を迎えています。村田晃嗣・同志社大学教授「『内向き』ブッシュ外交は世界に何をもたらすか」『中央公論』は、北の脅威に関し、日米間の認識の差が拡大することを危惧しています。アメリカが北問題に関心と努力を傾注させるべく、日本は「対米価値を高め」なくてはなりません。そのためにも村田によれば「イラク問題でより能動的な協力をする必要がある」のです。
なお、中国は対北姿勢を厳しいものへと変えたと、朱建栄・東洋学園大学教授「中国の北朝鮮政策大転換」『中央公論』は説きます。朱によれば、中国の対北政策に変化をもたらした要因には、三つあります。まず、軍事上、北の「緩衝地帯」としての役割低下。次に、経済上の要請からの対日・対米関係重視。最後に、北の核保有が中国にとってもマイナスとなること。ここ100年余り、共同歩調をとったことがない日米中にとって、チャンスが訪れたのです。朱は三国の共同歩調こそ問題解決への道だと力説しています。
『現代』での佐藤優・起訴休職・外務事務官の連載「外務省『犯罪白書』」は7回目である今月号の「日本外交『再生』への提言」をもって終了しました。外務省幹部への名指しの論難もありますが、外務官僚の能力低下を憂慮し、外務省改革を提唱するもので、若い世代の外交官は彼を反面教師とすべきだそうです。
高齢者の犯罪が急増し、高齢化は刑務所内にも及んでいます。社会のセーフティネットからこぼれ落ちた高齢者が、そして高齢者に止まらず障害者の一部も、行き場を失い、軽微な犯罪でも刑務所に行かざるを得なくなっています。ですから、刑務所内で一生を終える受刑者も急増しています。浜井浩一・龍谷大学教授×山本譲司・元衆議院議員「対談 福祉施設化する刑務所」『論座』が、日本社会に問題ありと考えざるを得ないと、警鐘を鳴らしています。
上の対談は、「現代の貧困」と題する特集内の論考です。特集を詳述する余裕がありませんが、経済的格差どころでなく、格差の下方にすさまじい貧困が生じているとの問題意識に基づいての企画です(湯浅誠・NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長「生活困窮フリーターと『貧困ビジネス』」他)。
いよいよ07年です。団塊の世代が60歳を迎え、大量の定年退職者が生じます。樋口美雄・慶應義塾大学教授「日本社会に大変動を与える『07年問題』」『潮』は、団塊の世代の定年を契機として、日本人の働き方・生き方に改革が求められると予見します。仕事と生活の調和をとる「ワークバランス」が重要になります。無駄な仕事、無駄な時間による拘束をやめ、1時間あたりの業績の向上をはかり、私的な生活を充実させ、企業・労働者双方にとってプラスになる働き方・生活を目指す改革です。まずは、正社員とパート・アルバイトの2極化による身分差別的な「反・機会の平等」を改めるべきとのことです。
パート社員を積極的に登用してこそ日本企業は元気になると説くのは、ビル・エモット・英『エコノミスト』前編集長×竹中平蔵・慶応義塾大学教授「『2007年問題』の突破策!」『ボイス』です。正規・非正規との制度的差をなくし、労働時間をフレキシブルにし、同一労働・同一賃金とすべきなのです。二人は、高等教育の向上、教育と職業教育の結合など、教育の重要性をも指摘しています。
マグロにとどまらず、寿司ダネに異変が生じています。一志治夫・ノンフィクション作家「『本物の寿司』が食えなくなる日」『現代』によれば、東京湾の干潟は明治期の8分の1程度になり、それに伴い、アナゴや青柳などが獲れなくなってきているのです。空前の寿司ブームですが、空前の寿司の危機でもあります。
新年号だからでしょう。『文藝春秋』は、「読書の達人が選ぶ337冊」として「文春・夢の図書館」を編んでいます。巻頭で浅田次郎・作家「すべて一冊の本から始まった」が読書の楽しみを説き、半藤一利・作家「昭和史入門の10冊」から麻生太郎・外務大臣「外相が薦める傑作マンガ10冊」へと続き、日垣隆・作家「14歳からの<人生の教科書>100冊」で終わる盛り沢山な企画です。
なお、『中央公論』も「日本史を学び直すための130冊」を編んでいます。同誌の丸谷才一・作家×山崎正和・劇作家×三浦雅士・文芸評論家「教養を失った現代人たちへ」と、半藤一利・作家×松本健一・麗澤大学教授「司馬遼太郎と日本人の物語」と、併せ読むとよろしいでしょう。
(文中・敬称略) |