月刊総合雑誌07年2月号拾い読み  (07年1月20日・記)

  『中央公論』が「大学下流化時代」を特集しています。
 まず、小林哲夫・教育ジャーナリスト「小学校教師化する大学教授の仕事」が大学生の学力低下を詳述しています。大学進学率が急上昇したこともあずかり、科目の未履修は問題にしても、未修得(学力不足)は問題にできない状況にいたった経緯を、苅谷剛彦・東京大学大学院教授「最後にツケがまわるのは誰か」が明らかにしています。入学時の選抜もできなくなったうえに、入学後も厳しい習得主義を採用できません。
 学力低下は中堅大学に顕著で、難関大学との格差が拡大していると、竹内洋・関西大学教授「東大・京大との分断化を決定づける『これでいいのだ』文化」が、指摘しています。大学院の授業を学部学生にも開放したり、図書館や学内の書店を充実させたり、社会人を入学させるなど、竹内は改善策を提案しています。

 一流といわれる大学にも問題があります。元村有希子・毎日新聞記者「理系『負け組』白書」によれば、大学での理系嫌いが進行し、特に工学部離れは深刻化しています。まずは、理系の生涯賃金は文系のそれと比べ、不利です。さらに大学の学部は縦割りのうえ、講座制であり、排他的です。創造性を発揮できる三十代の研究者はポストに恵まれません。日本の科学技術の前途は危うく映じます。
 そのためもあって、工学部長などを経て、現職についた小宮山宏・東京大学総長は、21世紀のモデルを東大が作るとの戦略を練っています(「われわれは頂点に手が届く」)。日本は、環境、少子・高齢化、エネルギーなど、今後の世界が直面する問題を先取りしています。それらを研究し、その研究を発展させることに、日本、ひいては東大の活路があると、彼は見立てています。理系出身の教員を増やすなど、小中学校でも最新の科学を教育に反映させなくてはなりません。
 経済成長が、戦後最長期間、続いているにもかかわらず、生活実感は好転していません。『中央公論』のもう一つの特集は、「サラリーマン不況」です。高橋乗宣・相愛大学学長「もはや国民経済幻想を捨てよ」によれば、実は労働分配率がここ10年、低下する一方だったのです。機械・設備の充実で労働者は未熟練でもよくなり、労働面での国際競争力の比較対象は中国、韓国、台湾、東南アジアとなりました。ですから、労働分配率の低下はまだまだ続く可能性大です。グローバル化により、従来型のサラリーマンが豊かさを享受する時代は終焉したのです。
 さらに、生活面での格差の拡大を暗示する条件が揃ってきているようです。『日本の論点』編集部「10年後の『格差社会』」『文藝春秋』は「弱肉強食の時代をあなたは生き残れるか?」と、11の格差が日本を分断すると“驚愕の予測”をしています。11とは、雇用、会社、所得、資産、教育、自治体、治安、対災害、医療、結婚・出産、老後です。階層は固定化する傾向にあります。この論考は、「十年後、あなたはどの階層に属しているか。その選択肢は、いま目の前にある」と結んでいます。しかし、選択肢が見えないのが現実ではないでしょうか。
 日本は重大な岐路に立っていると御手洗冨士夫・日本経団連会長も認識し、「希望の国へ―私の日本再生計画」を『文藝春秋』に寄せています。まずは、道州制により地域格差を解消し、年功序列は廃止しても終身雇用を維持しつつ労働市場改革しなくてはなりません。社会保障制度の透明性と事務効率の向上、農業改革などにも取り組むべきとのことです。いずれの改革にとっても、経済成長は不可欠のようです。「やはりものづくりを中心として、イノベーション」を成し遂げなければ、日本の成長はありえない、と御手洗は熱く説いています。
 ジョン・ボルトン米前国連大使によりますと、日本が国連安保理常任理事国になるための最大の障害は、「中国の反対」です(『読売新聞』07年1月17日)。今年も、日本外交にとり、中国は大きな存在です。

 ところで、中国人はこれほど激しく日本人をなぜ憎むのでしょうか。この問いに、趙無眠・歴史研究家「『反日中国』は歴史を直視せよ」『文藝春秋』が応えています。従来信じられてきた中国共産党の“洗脳”によるものではなさそうです。「不満のはけ口としては日本へと向かうチャネルは中国にとって比較的“無害”」だからなのです。ただ、いわゆる“愛国者たち”の無謀な行動が祖国に損害を与える可能性すらあります。そのような愛国者を、「売国賊(奴)」という語がありましたが、趙は「愛国賊(奴)」の造語をもって、厳しく批判しています。「二国間関係破壊罪」を制定し、裁くべきとまで主張しています。
 なお、趙は、インターネット上に「もしも日本が戦勝国であったら―」(1部は『文藝春秋』06年11月号の「日中戦争 中国も同罪だ」で紹介)を発表し、中国人に自省を求めています。趙への中国人の反発は強く、四大漢奸の一人としてレッテルが貼られているそうです。
 濱本良一・読売新聞調査研究本部主任研究員「中国で密やかに進む党史見直し」『中央公論』は、中国共産党の故地を訪ねるルポです。劉少奇・毛沢東・彭徳懐らの生家を訪ね、歴史的重要人物に対する評価・考え方が、客観的・公正になってきていることを実感します。言論の自由は、いまだ保障されない中国ですが、徐々変化しているのは事実のようです。

 さて、その変化ですが、経済・社会では、ご存じのように、すさまじいものがあります。
 園田茂人・早稲田大学教授×李春玲・中国社会科学院社会学研究所副研究員「不平等の拡大が中国を蝕む?」『世界』が問題を摘出しています。李は、大規模な社会階層調査に従事し、かつ海外での研究報告の体験も豊富です。 かつて中国では、財力がある層は、さほど社会的評価が高くありませんでした。これを「地位の非一貫性」を言います。ところが、現在は、高学歴で共産党員であり、収入が高い層が急増しています。権力も財力もある「地位の一貫性」の典型的なケースです。李は、ここに共産党の理念との対立をみます。
 園田は、「圧縮された近代化」と「相対的剥奪」との概念での説明を試みます。一世代かけて起こるような現象が、ほぼ同時期に起こるようになったのです。これが「圧縮された近代化」です。次に生活上の期待感が高いほど、それが満たされないさいの失望感・喪失感は大きくなります。「相対的剥奪」です。中産階級の第一世代と第二世代の年齢はそれほど離れていません。しかし、第一世代が得た生活レベルを、第二世代が獲得するには困難を伴います。そこで、ますます社会的には不安定な状況となるのです。この対談は、「シリーズ中国社会はどこへ行くか」の第1回目です。今後も期待できそうな企画です。
 麻生太郎・外務大臣が対中国をも含め、今後の日本外交のあるべき姿を、竹村健一・評論家との対談(「『顔の見える国』への挑戦」『ボイス』)で語っています。中国には、国防費の透明性を求め、省エネ・環境で協力し、歴史問題は共同研究で解決をはかるべきとのことです。さらに「自由と繁栄の弧」を掲げ、ユーラシア大陸外周の新興の民主主義国家とも良好な関係を構築すべきと提唱しています。

 台湾の政情をも見守る必要があります。宮崎正弘・評論家「台湾はふたたび中華世界に引き戻されるのか」『正論』との台北取材報告が参考になりそうです。国民党も内紛を抱えており、かつ国民党のエース・馬英九に「機密費流用」疑惑が浮上し、意外にも陳総統に余裕があると分析しています。ただ、七十歳以上の日本語世代は消え去る運命にあり、従来の親日度は急速に冷え込む可能性があると宮崎は心配し、親日派の激減に日本はあまりに無策だと嘆いてもいます。
 親日派として、かつ政治家として、多くの日本人が尊敬している李登輝・台湾前総統が『ボイス』で「指導者の条件」を説いています。まずは、「国のためにいつでも権力を手放す覚悟ができているか」が問われるのとのことです。
 最後に多賀敏行・東京都儀典長・前バンクーバー総領事「『日本人は12歳』、マッカーサー発言の真意は侮蔑にあらず」『正論』を紹介しておきましょう。「(日本人は)「12歳の少年のようだ」との米上院公聴会での元帥の証言(1951年5月6日)は、日本国民の激しい怒りを買いました。しかし、日本がドイツと異なることを強調し、「まだ教育可能で、覚えが早くて優等生だ」などと続くもので、日本弁護論だったとのことです。  

(文中・敬称略)

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