月刊総合雑誌07年3月号拾い読み  (07年2月20日・記)

  山口二郎・北海道大学大学院教授「政治の可能性を復活させよう」『世界』によりますと、「市場モデルを当てはめて国民が消費者として行動することによって、ダメな学校、ダメな自治体を淘汰しよう」というのが安倍政治の言う改革です。山口は、あてがわれた公共サービスの中から安上がりなものを選ぶという消費者に国民は堕してはならないと説き、公共部門のあり方を自らが考え、発言の手段としての選挙を活用し、主権者として行動するようにと提言しています。

 それにしても安倍政権の支持率は低下しています。
 柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言(1月27日)は、3月号各誌の発売直前あるいは編集終了段階の時期でした。ですから、厚労大臣の発言問題は、3月号の各誌の内容には直接的には関係はありません。それ以前から支持率は低下していたのですが、安倍政権は党内融和や党側の意向を重視せざるをえない状況にあったのです(稲垣聡・ジャーナリスト「安倍丸はどこへ行く」『世界』)。
 花岡信昭・ジャーナリスト×中静敬一郎・産経新聞論説副委員長×田中良紹・国会TV代表「こんな側近は要らない」『ボイス』では、塩崎官房長官、中川幹事長、久間防衛大臣が「チーム安倍」の困った3人として指弾されています。花岡によれば、塩崎主導の官邸政治は「生徒が学級会を開いているような感じ」の稚拙なレベルということです。赤坂太郎「支持率急落『安倍官邸』機能せず」『文藝春秋』は、「チーム安倍」はもはや崩壊の危機にあると指摘しています。赤坂は、すべて閣僚起用の際の「身体検査」の甘さに起因するとし、組閣において“論功行賞”を最優先したからだと論難しています。
 『ボイス』は、安倍政権を批判・非難する立場をとらず、鼓舞すべく、「闘え! 安倍総理」を特集しています。小泉政権を支え、その時代に安倍と共に仕事をした二人がエールを送っています(竹中平蔵・慶應義塾大学教授「官僚をねじ伏せるケンカ術」、塩川正十郎・東洋大学総長「安倍さんには言葉が足らない」)。竹中は「チーム安倍」は政策面で党・官僚との衝突を恐れるなと激励しています。塩川は、安倍に“短くゆっくり喋る“ことを勧めています。
 安倍の中国や北朝鮮への闘う姿勢に共鳴し、それを支持していた層からの違和感の表明、期待ハズレとの言もあります。たとえば、屋山太郎・政治評論家との座談会(「安倍首相の『歴史認識』を質す」『諸君!』)での櫻井よしこ・ジャーナリストや八木秀次・高崎経済大学教授の発言をあげることができます。一方、屋山は、安倍は「二期六年の長期政権を前提として政権戦略を練っている」とし、外務省改革も人事面から着手していると評価しています。中国との歴史問題、靖国参拝に関しての(参拝する、あるいは参拝したと明らかにしない)「曖昧戦略」にも賛意を表明しています。
 ただし、屋山を含め三人とも「チーム安倍」の非力や安倍のメッセージが国民に伝わっていない、安倍像が明確でないことを問題視しています。同様な問題意識から藤原正彦・お茶の水女子大学教授が『正論』に「安倍総理に直言する―日本のために小泉さんを裏切りなさい」を寄せ、安倍色を出す必要を説いています。小泉改革の踏襲などとは言わずに、小泉とは徹底的に違うことをやれ、というものです。まずは小泉が熱心ではなかった教育問題に力を入れるべきとのことです。

 教育関連では、『正論』に、「国家と教育の再生は『家族』から始まる」(櫻井よしこ・ジャーナリスト×西川京子・衆議院議員×山谷えり子・参議院議員・首相補佐官×長谷川三千子・埼玉大学教授)があります。「日本女性の会五周年の集い」記念シンポジウムの抄録です。家庭教育、歴史教育の重要性をあげ、そして家族・ふるさと・国・命が素晴らしきものと思える心を育てるべき、と強調しています。そのような教育を実現することが、「品格ある国家、美しい社会づくり」、「日本の再生、教育の再生につながる」とのことです。これこそ、安倍総理が『美しい国へ』(文春新書)で提唱していることとのことです。
 大きな社会問題となっている「いじめ」について、『諸君!』が特集しています(「いじめはなくせるのか」)。マークス寿子・秀明大学教授、石堂淑朗・作家を始めとする十人による「私の『いじめ』『いじめられ』体験」によれば、疎開先、戦場から学校・職場まで、「いじめ」がありました、あります。「いじめ根絶」は困難なようです。そこで、「いじめられても生き抜く知恵と力を付与するのは可能」との見地から、石原慎太郎・東京都知事・作家と義家弘介・教育再生会議担当室長・横浜市教育委員会委員が対談し、提言しています(「子供を守るための七つの提言」)。その提言とは、―ジェンダーフリーの是正、「体罰禁止」通達の見直し、携帯電話からの有害情報の遮断、親が教育の最高責任者と自覚すること、教師が聖職者たること、職業体験の義務化、ゆとり教育からの脱却―です。
 義家が参画している教育再生会議でも、「いじめ」への対応も主テーマの一つとなっています(上杉隆・ジャーナリスト「暗闘 教育再生会議の内幕」『文藝春秋』)。1月24日、「教育再生会議第一次報告」が野依良治座長から安倍総理に提出されました。しかし、上杉によれば、そこにいたる道筋は平穏でなく、まさしく「暗闘」があったのであり、今後、委員同士、または中央教育審議会、文科省の官僚、自民党文教族との間での齟齬がいつ火を噴かないとも限らない、とのことです。安倍政権が最重要課題として掲げる教育再生ですが、その前途は多難、あるいは危うしと表現せざるを得ません。

 小泉政権が、国民間の経済的格差を拡大し、安倍政権がさらに拍車をかけていると、民主党が批判しています。雑誌では、『世界』が根底から批判的です。特集のタイトルが「労働破壊―再生への道を求めて」であり、掲載論文のタイトルだけでも内容が類推できます。内橋克人・評論家「大企業が人間破壊を行っている」、島本慈子・ノンフィクションライター「破壊される雇用、根腐れる民主主義」、竹信三恵子・朝日新聞記者「ポイ捨て社員の時代」と続きます。『世界』の批判の主調は、内橋のそれで、政財界が癒着し、「働かせる自由」を拡大し、人々の「働く自由」を削ぎ落として、人々を不自由にしている、というものです。
 学歴や学校歴(出身学校の序列)が就職・職業に強い影響があると、本田由紀・東京大学助教授「苛烈化する『平成学歴社会』」『論座』が詳述しています。本田によれば、出身階層が低位だと、学歴も到達階層(職業経歴)も低位になるとの連関が強まる方向にあります。この連関を断ち切る施策(高等教育の学費の引下げ、専門知識・スキルのレベルを公正・透明に証明するシステムの確立、正規社員・非正規社員の採用差別の撤廃)が求められているのです。
 『中央公論』も「下流化するサラリーマン」を特集していて、巻頭の対談は「正社員でも“中流生活”は望めない」(城繁幸・人事コンサルタント×山田昌弘・東京学芸大学教授)です。城は、大半の企業で三十代で給料が打ち止めになる可能性を指摘しています。ですから、社員は「会社に利用されるのではなくて、会社を利用する」ことを目指すようにと山田は勧めます。城の表現によれば、「会社を、自分のキャリアをデザインする場」と考えて行動しなくてはならないのです。
 岩井克人・東京大学教授「会社は社員を守ってくれるか」『文藝春秋』によれば、日本は「格差社会」と言われるような状況にはいたっていません。ただ、アメリカ的な格差社会になるのではとの不安を人々が有するようになったのです。会社のあり方が変わり、雇用が流動化したからです。それらの理由は、岩井によれば、ポスト産業資本主義の時代だからなのであり、やむを得ないことなのです。もはや横並びの大量生産は通用せず、「新しさ」のみが価値を持つ時代であり、そのためには雇用に柔軟性をもたせなくてはなりません。経営者は、正規雇用よりも非正規雇用を選択します。やはり、城や山田と同様に、岩井も「(社員は)機械制工場の附属品として会社に働かされるのではなく、『会社を上手に使う』という意識」を持つことが肝要となると説いています。

 今月の『文藝春秋』には、第136回芥川賞の受賞作(青山七恵「ひとり日和」)が掲載されています。目次の惹句には、「二十三歳の弾ける才能 石原慎太郎、村上龍両氏がそろって激賞!」とあります。石原・村上は新人作家に厳しいと言われてきました。一読すべきでしょう。
 最後に多賀敏行・東京都儀典長・前バンクーバー総領事「『日本人は12歳』、マッカーサー発言の真意は侮蔑にあらず」『正論』を紹介しておきましょう。「(日本人は)「12歳の少年のようだ」との米上院公聴会での元帥の証言(1951年5月6日)は、日本国民の激しい怒りを買いました。しかし、日本がドイツと異なることを強調し、「まだ教育可能で、覚えが早くて優等生だ」などと続くもので、日本弁護論だったとのことです。  

(文中・敬称略)

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