月刊総合雑誌07年4月号拾い読み (07年3月20日・記)
『文藝春秋』が「新発見 昭和史の超一級史料!」、「独占掲載 一挙73頁」と謳う「『小倉庫次侍従日記』昭和天皇戦時下の肉声」(解説=半藤一利・昭和史研究家・作家)は、読み応えがあります。目次の惹句にあるように、「ノモンハン事件、三国同盟、真珠湾攻撃から敗戦まで苦悩する天皇が語った重大事件が記録されていた」のです。「支那が案外に強く、事変の見透しは皆があやまり、特に専門の陸軍すら観測を誤れり」などとあり、天皇が陸軍に対し強い不満を持っていたことなどもわかります。半藤が指摘しているように、軍は国民を欺すとともに、天皇をも欺してもいたのです。また、「皇太子の教育を心配し、義宮の健康を気づかい、皇后とときに『衝突』する“父として夫として”の天皇がいる」のです。
同じ『文藝春秋』の高文謙・元周恩来生涯研究小組組長×(聞き手)上村幸治・獨協大学教授「周恩来は毛沢東に殺された」も、短いながら、衝撃的であり、読み応えがあります。アメリカに亡命した中国共産党伝記作家・高が、このほど中国共産党の機密資料を駆使し、『周恩来秘録』(文藝春秋)を上梓しました。それに関し、訳者の上村があらためて高にインタビューをしているのです。周恩来は、最期まで毛沢東に忠誠を尽すのですが、毛は医師団の懇願を退け、周の癌治療を妨害し続けたのです。まさしく、「殺された」かのようです。
今年は日本軍による南京攻略から70年にあたり、アメリカでも南京事件についての映画が作られています。大手インターネット企業のAOLのテッド・レオシス副会長が私財200万ドルを投入し、「南京」というタイトルの映画が昨年11月末頃に完成。その内容は、古森義久・産経新聞ワシントン駐在編集特別委員「『ザ・レイプ・オブ・南京』映画の罠」『文藝春秋』によりますと、反日主義による偏向が激しいと日本では悪名高い、アイリス・チャン著『ザ・レイプ・オブ・南京』に基づいているのです。アメリカという国際大舞台で、まだまだ南京映画が出てくる可能性があるとのことです。アメリカ議会にはいわゆる「慰安婦」非難決議案が出されてもいます。これらの動きに対し、外務省・在米日本大使館も反論するようになってきています。しかし、なお、古森が憂慮するように、今後の日米関係にも悪影響を及ぼすのではないかと心配です。
もっとも中国の歴史家たちも、南京で虐殺されたとされる人数についての中国政府の公式見解である「30万人」に拘らなくなってきているとのことです(アスキュー・デイヴィッド・立命館アジア太平洋大学助教授「やはり南京『三十万』虐殺は『政治的数字』だった」『諸君!』)。事件の本質的性格を認めれば、人数の多寡については議論の余地があり、資料を駆使さえすれば、日中両国の共通した理解を確立することは可能だ、と中国の歴史家も考えるようになってきています。いささかでも、相互の懸隔が縮まるよう期待したいものです。
2月13日、北朝鮮の核問題に関し六者協議が北京で開かれ、北朝鮮の核施設の停止をはじめとする合意がなされました。その結果を麻生太郎・外務大臣が2誌(「麻生太郎外相 直撃インタビュー」『論座』及び「乱世こそおれの出番」『文藝春秋』)で自画自賛的に語り、安倍支持を標榜しつつ、後継に意欲をあらわにしています。
六者協議関連では、米朝接近を読み誤ったとして、外務省への論難も散見できます(「霞が関コンフィデンシャル」『文藝春秋』、荒木和博・特定失踪者問題調査会代表・拓殖大学教授「ブッシュの寝返、金正日の嘲笑」『諸君!』など)。しかし、佐藤優・起訴休職外務事務官「帝国主義外交の成果、そして資質なき外交官の罪」『現代』と田中均・日本国際交流センター シニアフェロー・元外務審議官「六者合意は北朝鮮への最後通牒になる」『中央公論』は違います。両者とも、拉致問題に進展がないかぎり、エネルギー支援には参加しないとした日本外交を評価しています。もっとも佐藤は、在モスクワ大使館員や外務官僚への名指しでの批判をも付しています。
今月も格差についての企画が目立ちます。
ただし、格差の実態評価や格差是正の方向については、八代尚弘・国際基督教大学教授×森永卓郎・経済アナリスト・獨協大学教授「闘論 格差社会の犯人は誰だ」『文藝春秋』にみられるように、相対立する意見が並存しています。森永は、「貧困率(国民の平均的な可処分所得の半分に満たない人の比率)」が世界第2位となったと警鐘を鳴らします。それに対し、八代は、高齢者間では働いている層と引退している層の所得格差が大きいので、高年齢者が全人口に占める割合の増大が所得格差の統計データを大きくさせていると指摘しています。むしろ喫緊の課題は、若年層における所得格差の増大とのことです。企業が正規雇用を抑えた「就職氷河期」の後遺症です。森永は株主が企業経営に口を挟むことにも、日本型経営・雇用形態の改革にも反対です。八代は、経済のグローバル化にあって、旧来の雇用慣行を見直すための制度改革の必要性を力説しています。
一方、『ボイス』の特集は、「格差が日本を強くする」です。
特集の巻頭論文たる藤巻健史・フジマキ・ジャパン代表取締役「『格差是正』で経済を殺すな」は、「格差是正」を説くこと自体をも問題にします。小泉内閣が唱えた「構造改革」を「真の資本主義に変える挑戦だ」と位置付け、「かつて社会主義を唱えていた人が、言葉をすり替えて“リバイバル戦”を行おうとしているにすぎないのではなかろうか」とし、むしろ格差を容認することこそ国全体が豊かになることにつながると結んでいます。
同じ特集内で、若年層の格差について、八代や森永たちとは違った角度から、大前研一・ビジネス・ブレークスルー社長「ニート対策はナンセンス」が説いています。大前によれば、格差解消のための現今の施策(若年層への職業教育など)は工業化社会で求められる画一的人間を再生産しようとしているにすぎないのです。もはや日本はポスト情報化社会にあり、格差を埋めることでなく、突出した個人・企業をいかに生み出すかが課題だとのことです。
経済にとっては、エネルギーは不可欠です。中国は「爆食経済」と揶揄されるほど世界中からエネルギーを求めています。ロシアはエネルギー帝国主義化してきています。日本の石油の中東依存度は89%であり、経済安全保障上、危険です。
寺島実郎・日本総合研究所会長・三井物産戦略研究所所長「新・エネルギー摩擦 日本の危機」『文藝春秋』が国家戦略の必要性・重要性を熱く広くうったえています。化石燃料、原子力燃料、再生可能なエネルギー、省エネルギーなどを絶妙なバランスでまとめる総合エネルギー戦略、それを実現するための多角的な外交戦略が、寺島のいう国家戦略です。誰一人反対できないでしょう。
地方統一選を控え、多くの知事が登場しています。この4月に2期8年で退任する片山善博・鳥取県知事は『中央公論』に「『改革派知事』待望は水戸黄門幻想だ」を寄稿し、首長に傑出した人材を望み、改革を託す風潮を危惧しています。スーパーマンをトップにと願うのではなく、議会のチェック機能が十分に働くようにすべきとのことです。また、首長は全力投球すれば2期が限度だそうです。松沢茂文・神奈川県知事は、2期目を目指すのですが、彼も首長の多選制限をすべきと持論を展開しています(「知事の不祥事はこうして防ぐ」『ボイス』)。
東京都知事選に出馬予定の前宮城県知事がホストを務める『世界』での連載「浅野史郎の疾走対談」は、昨年7月に滋賀県知事に当選した嘉田由紀子を迎え、10回目を数え、最終回となりました(「知事という仕事とは?」)。両名ともに知事という仕事の領域の広さとそれをこなす困難さを詳述しています。
熟年カップルの離婚が増加しているそうです。この4月に「年金分割」制度がスタートするからでしょう。婚姻期間中の年金を共通の財産とみなし、離婚の際に二人での分割を可能にする制度です。しかし、年金は元来少ないうえに分割すればさらに小額になりますし、慰謝料もそれほど期待できません。だから荻原博子・経済ジャーナリストは、「たとえ安いお茶でも、二人で話をしながら飲めば美味」と離婚を勧めせん(「『年金分割で熟年離婚』は甘い」『文藝春秋』)。熟年の再婚も伴侶を無くした同士というかたちで増加していることを橘由歩・フリーライター「熟年再婚―新しい家族のあり方」『中央公論』が紹介しています。超高齢化社会を迎え、熟年世代は恋にも結婚にも意欲的とのことです。
(文中・敬称略) |