月刊総合雑誌07年08月号拾い読み (07年7月20日・記)
塩野七生・作家「夏の夜のおしゃべり」『文藝春秋』によれば、年金行方不明事件の第一の利点は、「お役所に対する日本人の過剰な信頼が崩壊したこと」です。もともと官僚は優秀ではありません。いや、優秀であるはずがないのです。
堺屋太一・作家「官僚無能論」『ボイス』が厳しく論難しています。戦前においては、官僚の典型例たる軍人を優秀だと信じていたからこそ、悲惨な戦争にまで巻き込まれてしまったのです。堺屋は、最近では、バブル期の金融・財政政策や外交・少子化対策・高松塚古墳の壁画破壊等々をあげ、いっそう官僚は劣悪化していると憤慨し、「国家公務員の任期を十年と定め、十年が経過したら再任は三分の二にとどめ、三分の一を入れ替える」べきだと提案しています。
まさしく戦前の軍は、典型的な官僚の集団であり、陸軍のみならず、エリート集団と目されていた海軍も組織としては優秀ではありませんでした。『文藝春秋』の45頁にわたる座談会(半藤一利・昭和史研究家、戸一成・海軍史研究家、福田和也・慶應義塾大学教授ほか「昭和の海軍 エリート集団の栄光と失墜」。6月号の「昭和の陸軍 日本型組織の失敗」に続いての企画)が検証しています。
社会保険庁が行なってきたことを、岩瀬達哉・ジャーナリスト「年金消滅の主犯を暴く」『文藝春秋』は、「横領、癒着、怠業……もはや国家的詐欺行為」だと糾弾しています。「彼らは、掛け金を中抜きし、自分たちの天下り先を拡充することに熱心なあまり、肝心の年金給付についてはほとんど関心を払ってこなかった」とのことです。なお、岩瀬は『現代』にも「年金『振り込め詐欺』の66年」を寄稿しています。月に1万円の差でも30年間では360万円にもなるのだから、迷子の年金は徹底して調べるべきと、荻原博子・経済ジャーナリスト「あなたの年金ここが危ない」『文藝春秋』は事例をもって助言しています。転職、結婚、転居など人生の節目のおりが要チェックなようです。
『中央公論』から、年金・老後・生活に関連する二つの特集を紹介しましょう。
まずは、「老後破綻社会」です。
その巻頭の松原隆一郎・東京大学大学院教授「日本をニヒリズムに陥らせた社会保険庁スキャンダル」は、社会保険庁は、その存在理由たる「納付データを管理すること」を放棄してしまったたのであり、それは「一連の官庁の不祥事と比較しても、空前絶後であろう」とし、日本にニヒリズムが漂い始めていると慨嘆しています。
年金制度の安定的運営のためには、社会保険庁改革にとどまることなく、制度設計の抜本的見直しが不可欠だと、西沢和彦・日本総合研究所主任研究員「この改革案では年金は維持できない」は提言しています。提出書類の簡素化・提出先の一本化などは改革の第1歩です。現在は保険料を支払ったことを見返りに給付を行う拠出制です。それもつぎはぎ的な改正が重ねられ制度が複雑化しています。拠出制をやめ、消費税に切り替えるなどをも検討すべきとのことです。
年金に止まらず、介護保険も問題です。厚生労働省の処分により、訪問介護大手のコムスンの事業所1655ヵ所が閉鎖となりました。この問題と介護保険の関係を論じているのが、久坂部羊・医師・作家「介護はすでに死んでいる」です。コムスンのような民間企業を悪質業者と批判・非難したところで介護は充実させることはできません。彼によれば、「介護保険を導入した時点で、理想的な介護は死んだ」のです。むしろ「コムスンのような利潤を追求する民間企業なくしては成り立たない」状況にあるのです。当然のこととして、「民間によい介護を望むなら、まず利益を与えなければならない」のです。
ところが、正規の特別養護老人ホームなどでも、介護報酬が下げられたために、常勤職員が減り、彼らの報酬も低下しています。介護サービスの質向上には報酬の支えなくしてはできません。介護保険外の有料のサービスを受けるには相応の負担が必要となります。そのため、介護までも格差が拡大していると、服部万里子・立教大学教授「高齢者に差す格差の影」が警鐘を鳴らしています。
次に、『中央公論』の「いまどきのお金持ち研究」と題する特集に触れましょう。
格差論争で高名な二人(橘木俊詔・同志社大学教授×三浦展・カルチャースタディーズ主宰)による巻頭対談「下流と富裕層の奇妙な『共犯関係』」は、現代日本の富裕層の二大職業が会社経営者と医者であることを明らかにします。そのうえで、終身雇用と年功序列に支えられた勤労観が変容してきていると分析しています。「上」の人は地代収入を求め、「下」の人は廉価で買った品を高価で売ろうとするなど、給料以外の手段で収入を得ようとする点で、「富裕層と下流の行動がどこか似てきている」と三浦は指摘しています。
このわずか数年で日本は海外型の富裕層を持つ社会に変貌し、富裕層対象のビジネスが隆盛となってきました。この問題に関するリポートが、熊野英生・第一生命経済研究所主席エコノミスト「超富裕層相手の優雅なビジネス」です。リタイアした高齢の富裕層は「時間多消費型であり、海外旅行、別荘購入、観劇、ペット飼育といったゆとりを楽しむ行動」をとるのだそうです。一方、さらに稼ぎを膨らませようとする現役は、時間節約型に徹しています。超高級スポーツカーや都心のマンションを購入し、高い値段を払っても効率的な食事を楽しむことを優先するのです。
また、彼らが、子弟を慶應義塾大学付属小学校の慶應幼稚舎に入れたがるので、幼稚舎の人気が年々異常と言えるほど高まっています(阿部真大・学習院大学非常勤講師×原田曜平・民間シンクタンク研究員「リッチが群がる慶應幼稚舎の知られざる事情」)。
8月号が出揃ったのは参院選の約3週間前で、団塊世代こそ年金・老後を選挙の争点として意識しているはずです。そこで、堺屋太一は『文藝春秋』にも「団塊世代の一票が日本を変える」を寄せています。堺屋は、『ボイス』でと同様、官僚を指弾し、官僚主導の社会構造を、組織・会社から離れた団塊の世代にとって暮らしやすいものにするために、貴重な一票を投ずるべきと熱く説いています。
盧溝橋事件は1937年7月7日。そこで、『世界』は「盧溝橋事件70年」を特集として編んでいます。日中歴史共同研究の中国側座長たる歩兵・中国社会科学院近代史研究所所長「歴史認識の共有のために何が求められているか」の主張の大要は――、「中国が抗日戦争で勝利を獲得」したのであり、日本側があの戦争を「自衛戦争」「アジア解放戦争」だったと定義し、日本の侵略戦争の責任を否定するのは誤りである――です。『世界』の特集には、野田正彰・関西学院大学教授「虜囚の記憶を贈る」、日本軍による重慶での空襲の被害者(徐長福)と米軍による東京での空襲の被害者(安藤健志)などによる座談会「連帯して『戦略爆撃の思想』に抗う」などがあります。
6月14日付の米紙『ワシントン・ポスト』に、「THE FACTS」と題した慰安婦問題に関する意見広告が掲載されました。その理由・経緯を意見広告の発起人の一人である櫻井よしこ・ジャーナリストが「米国民に訴える『慰安婦』意見広告」『文藝春秋』で説明しています。多くの女性たちが苛酷な境遇に置かれたことには深甚な思いを馳せつつも、「下院決議が主張するように、官憲による『慰安婦狩り』の事実が『二十世紀最大の人身売買事件』において行われたとするのは、卑劣で意図的な事実の歪曲」とするものです。意見広告や櫻井の論考の略述はきわめて困難です。一読されることを勧めます。
李登輝・前台湾総統が、5月末から6月初めにかけ、来日しました。「中国よ、だから私は靖国へ行く」『文藝春秋』で、戦死した兄が合祀されているとして靖国神社に参拝した経緯を明らかにし、国際情勢・中国の対外戦略をといています。日本が東アジアのリーダーとして歩むようにとの願いで結んでいます。さらに、『ボイス』の「『奥の細道』と武士道精神」で、日本文化を再認識するために芭蕉の訪れた地を巡った旅と日本人として受けた教育など自らの知的形成史を詳らかにしています。李によれば、「高い精神と美を尚ぶ心の混合体こそが日本人の生活であり、日本の文化そのものである」のです。
(文中・敬称略) |