月刊総合雑誌07年09月号拾い読み  (07年8月20日・記)

 参院選は、通常の日程であれば9月号の締切り後だったにもかかわらず、自民党惨敗の結果を重く見て、締切りを延長したのでしょう、3誌が取り組んでいます。『ボイス』の「緊急企画 櫻井よしこが斬る! 参院選後の日本」、『文藝春秋』の「緊急特集 総理の失墜」、『中央公論』の「特集 自民惨敗」です。

 自民党惨敗の最大の原因は年金問題だと、岩瀬達哉・ジャーナリスト×長妻昭・衆議院議員・民主党「年金官僚の逆襲を許すな」『文藝春秋』が断じています。岩瀬はメディアで、長妻は国会で、社会保険庁・政府を糾弾してきました。年金制度健全化は、緒についたばかりのようです。第一、「宙に浮いた五千万件」の保険料総額すら明らかになっていません。徹底的な情報公開が必要です。

 郵政民営化で自民党を追われた平沼赳夫・衆議院議員が2誌に登場しています。『ボイス』(「自民よ、健全な保守に戻れ」)では、櫻井よしこ・ジャーナリストの問いにこたえ、「やるなら勇気をもって、安倍カラーを出していけ」と口調は厳しいのですが、安倍総理その人は評価しています。『文藝春秋』(「安倍君、亡国大臣を一掃せよ」)の結びは、「まずは人心一新である。自分のことしか考えていない亡国の大臣や少年官邸団を一掃し、本格内閣を作るべきだ」です。
 本格内閣を作れなかった人物が、参院選惨敗後にあらためて組閣して大丈夫なのでしょうか。閣僚の失言やスキャンダルへの対処がいかに後手に回ったかは、赤坂太郎「ドキュメント『美しい国』内閣の瓦解」『文藝春秋』が詳述しています。まさしく遠藤浩一・拓殖大学教授が『ボイス』での櫻井よしことの対談(「民主党は『社会党化』する」)で吐露しているように、「理念・政策は胡乱だけれども喧嘩の技術に関しては抜群の小泉さんと、方向性はいいけれど、戦略上のセンスがお粗末な安倍さん、どちらが国の指導者として望ましいのか」と悩むところでしょう。なお、遠藤は「民主党は自らの力で勝ったわけではない」とし、「政党としての自己鍛練を怠り、努力しなくても敵の失点で勝ってしまう。こういう政党は堕落せざるをえない」と民主党の前途をも危惧しています。

『中央公論』の特集の巻頭(「小沢一郎に首相の覚悟はあるのか」)で、田原総一朗・評論家が、与野党の論客二人(船田元・衆議院議員・自民党、枝野幸男・衆議院議員・民主党)に日本政治の今後を問うています。3人は政権交代が可能な二大政党制という政治システムが日本に定着しているのを評価しているようなのですが、各自の口調には、小沢一郎(民主党代表)に全幅の信をおいているとは言い難いものがあります。
『中央公論』の特集には加藤紘一・衆議院議員・自民党「政策中心に党内"再編"を」、櫻田淳・東洋学園大学准教授「民主党は消費税選挙後の社会党の轍を踏むか」、伊藤元重・東京大学大学院教授「迫り来る景気と財政の隘路」の3篇もあります。
 加藤は、「今、論じるべきことは、憲法などではない。市場原理主義をどこまで日本の社会に取り入れていいのかというテーマに尽きるのだ」とし、安倍首相の続投に疑問を呈しています。櫻田は先の遠藤と同様、政権運営に確たる方針が見えないと民主党に厳しいものがあります。伊藤は、参院選では争点とならなかった長期的視野に立った財政健全化や消費税問題の重要性を強く訴えています。

 塩野七生・作家「安倍首相擁護論」『文藝春秋』は、内外に重要な課題を抱え体力の無為な空費が許されない日本にとって、安倍首相の続投が今の段階では「最良の選択である」とするものです。塩野が指摘するように、世界での日本と日本人のジリ貧がいっこうに止まっていません。参院選後の政局不安定は、それに拍車をかけます。日本外交の力も削がれることになります。
 日本は、北朝鮮とはもとより、隣の韓国ともうまくいっているとは言えそうもありません。竹島問題もあります。下條正男・拓殖大学教授「日本の領土『竹島』の歴史を改竄せし者たちよ」『諸君!』が、日本側の立場を丁寧に説いています。しかし、先方との意見の懸隔には大きなものがありそうです。

 竹島関連では、「竹島密約」についての論考が2篇ありました。ロー・ダニエル・『月刊中央』客員編集委員「竹島密約 日韓極秘メモを暴く」『文藝春秋』と牧野愛博・朝日新聞ソウル特派員「竹島をめぐる2ヵ月間の秘密外交」『論座』です。
 ダニエルが、韓国の『月刊中央』07年4月号で「竹島密約」の存在を発表、韓国内外で大きな反響を呼んだそうです。この「竹島密約」とは、ダニエルによりますと、日韓基本条約が締結される5ヵ月前、日本側・河野一郎元建設相、韓国側・丁一権首相の両者の間に結ばれた秘密の取り決めです。韓国側の密使として活躍したのが金鐘珞(金鐘泌・元首相の実兄)です。『論座』は、金鐘珞の証言をまとめたものです。2篇で明らかになる「竹島密約」の骨子は、日韓両国が竹島(韓国名・独島)をそれぞれ自国領だと主張し、それに対して反論を行って構わない、「未解決を解決」とする「棚上げ案」です。文書自体は金鐘珞が燃やしてしまいましたが、朴・全・盧と続く韓国政権は「竹島密約」を引き継ぎました。しかし、1993年に金泳三政権の登場で密約は効力を失ったとのことです。この日韓関係の変化を、ダニエルは、「ある者は『歴史の清算』と言い、ある者は『歴史の喪失』と呼んでいる」と描いています。
 外交力を削がれた日本は、「歴史の清算」あるいは「歴史の喪失」の間で漂流するだけなのでしょうか。

 日米間にも深刻な歴史認識の齟齬があります。長谷川毅・カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授「右からの原爆批判がもたらす日米同盟の危機」『中央公論』は、原爆投下を巡る久間(前防衛相)発言の波紋を分析し、以下のように記しています。「日米関係は、同盟を維持するために、両者の間にあった本音の歴史認識の相違を過去の傷としてそっと隠し続けてきたといえる」。たしかに、原爆投下は史実に照らせば、十分に批判されるべきと長谷川も論じています。かと言って、それを正面切って批判すれば、かえって反日感情をむき出しにさせる危険性があります。やはり、「原爆投下と真珠湾攻撃の相互批判を政治問題として突出させることを避けながら、あらゆるネットワークを通じて双方を隔てている歴史認識に直面し、真の共通理解に達する真摯な努力」が必要なようです。
 北岡伸一・東京大学教授「『外交革命』に日本はどう立ち向かうか」『中央公論』によりますと、東京大空襲も原爆投下も、国際法的には正当とは言えません。しかし、アメリカは、日本に対し、「正義の戦争を戦い、勝った」と思っているのです。「その道義性にケチをつけるような議論は、アメリカ人は感情的に拒絶する」のです。また、従軍慰安婦問題には、歴史認識問題と同時に、現代の人権意識・価値基準が過去に投影する困難さが伴います。北岡は、昨今の日本におけるナショナリズムの勃興には理解を示しつつも、「やや望ましくない水準」に達しているとし、「自己満足の外交になっては困る。辛抱強く問題に取り組み、合意に達するのが外交である」と自省を求めています。
 歴史認識問題が国際問題化・政治問題化するのが現代的特徴であり、東アジアの場合、「歴史認識をめぐる議論がナショナリズムの相互主張の場に転化しやすい」というマイナスがあると、三谷太一郎・東京大学名誉教授(「学者はナショナリズムの防波堤たれ」『論座』)は指摘しています。国境を超えた歴史家・研究者による、「相互尊敬」によって成り立った「学問共同体」の建設を、と提言しています。今後の歴史共同研究に生かすべきでしょう。

 宮澤喜一・元首相への長女(ラフルアー・宮澤啓子)による追悼企画が『論座』(「『首相がもっとも楽しかった』と言った」)と『文藝春秋』(「風変わりな父・宮澤喜一」)にありました。自民党長期単独政権「最後」の首相の家庭での素顔に触れることができます。政治家としての足跡については、河野洋平・衆議院議長×若宮啓文・朝日新聞論説主幹「『自由を愛した政治家』だった」『論座』があります。「現実主義的な護憲派」だったとのことです。

 今月の『文藝春秋』には第137回芥川賞発表があり、受賞作(諏訪哲史「アサッテの人」)が全文掲載されています。「選評」で新しく選考委員となった小川洋子、川上弘美が絶賛しています。

(文中・敬称略)

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