月刊総合雑誌07年10月号拾い読み (07年9月20日・記)
今井亮佑・首都大学東京准教授/蒲島郁夫・東京大学教授「なぜ自民党は一人区で惨敗したのか」『中央公論』によりますと、先の参院選では、第一次産業就業者比率、また建設業従業者比率の高い自治体でほど、自民党の退潮は大きく、対照的に民主党は票を伸ばしたとのことです。さらに郵政造反組でいまだ自民党に復党していない代議士・元代議士の存在も、同様の働きをしました。小泉構造改革は、いわば負の遺産となったのです。
参院選の結果は、二人の表現によれば、「地方に痛みを強いる構造改革に対する業績『不』評価であり、また安倍首相就任以来約10ヵ月間の稚拙な政権運営に対する業績『不』評価」だったのですし、「少なくとも一人区において示された民意は、まさに『安倍不信任』」だったのです。
また、安倍及びその周辺は集団的自衛権や憲法改定についての論議など、つまり「軍事的セキュリティー」には熱心な一方、「生活的セキュリティー」をないがしろにしていると有権者が受け取ったのではないか、と杉田敦・法政大学教授「溶解する保守政治」『論座』は指摘しています。
参院選後の安倍内閣の置かれた危うい位置を、平河肋骨・ジャーナリスト「小沢ゾンビと『子殺し』小泉に挟撃される安倍改造内閣」『諸君!』が活写していました。「権力のためならなんでもあり」の不死鳥・小沢(一郎、民主党代表)には「ゾンビ」的不気味さがあり、改革減速に向かうや、生みの親・小泉(純一郎、前首相) が敵に回りかねませんでした。まさに挟撃されてしまっていたのです。
『論座』のインタビューに、森喜朗・元首相(「もうちょっと、言うべきときには言わなきゃいけなかったかなあ」)と太田昭宏・公明党代表(「自民党にもしっかりしてもらわなければ」)が応じていますが、彼らにも安倍への温かさを感じません。むしろ安倍退陣を予見していたかのようだと言えそうです。
ただし、民主党は大勝を驕ってはならないでしょう。前原誠司・前民主党代表「民主党は、試されている」『中央公論』が自戒しているように、大勝の要因は“複合的な敵失”なのですし、「今の民主党は“お試し期間”」にあるのです。民主党は、テロ対策特措法や年金・政治とカネなどの問題への一挙一動を国民から従来以上に厳しく見られるようになることを自覚しなくてはならないでしょう。
とくに小沢のテロ対策特措法延長反対に対しては、「政局のための悪質な『甘えの反米』パーフォーマンス」との非難が寄せられています(たとえば、古森義久・ジャーナリスト「政局のための悪質な反米」『ボイス』)。
いずれにしても、前代未聞の「衆参ねじれ現象」は当分続くことになります。自民・民主両党ともに頭の痛いことでしょう。しかし、吉田徹・北海道大学准教授「『ツイスト』する権力」『論座』によりますと、二院制をとる国で二つの立法府が異なった政治勢力によって分有される状況は珍しくないそうです。アメリカでは大統領と議会が異なる党派で占められるのは珍しくありません。フランスではコアビタシオン(保革共存)がありましたし、カナダ、ドイツでも見られることとのことです。吉田は、先進国は「ビリーズブートキャンプ」のように権力をめぐって「ツイスト、ツイスト」しているのであり、政治上の緊張関係は、二大政党による政権交代だけでなく、「権力の分有によっても生まれるというのは想定外のことだとしても、決して唾棄すべきことではないだろう」と説いています。
参院選で大きな争点となった年金制度はいかにしたらよいのでしょうか。まず、5千万件の宙に浮いている年金記録の意味を正確に理解する必要がありそうです。
制度別に、また転職のたびに年金手帳が発給されてきました。ある制度の年金手帳を持つとその制度の加入者になり、もし一人で5冊の年金手帳を持っていれば、5人にカウントされ、加入記録がバラバラになるのです。こうしてバラバラの記録が5千万件になってしまったのです。最終的には、すべての年金手帳分を申請しないと、受給漏れが発生するのです。以上の経緯を、駒村康平・慶應義塾大学教授「社保庁バッシングだけでいいのか」『論座』が詳述しています。
社保庁解体で即・問題解決では決してなく、早急に改善すべきは年金記録の確認と保存方法だとし、記録を政府と国民が共有し、毎年双方向でチェックするシステムを確立すべきだと、駒村は提言しています。
ちなみに、中西輝政・京都大学教授「小沢一郎氏の悲劇」『ボイス』は、「年金問題を政治テーマ化することは民主主義の『最大の恥部』に触れる」危険な行為だと日本の現状を憂慮しています。年金増などを約束することは、有権者を買収するような効果をもち、民主主義の基礎を壊すことにつながりかねないと危惧するのです。実際、この手法で成功したのがヒトラーのナチ党だったのです。その反省から、ヨーロッパでは、年金を政治の大テーマにしないとのことです。年金にとどまらず、小沢による農家に対する「戸別所得補償」にも、田中(角栄)政治のバラまき政治への回帰を中西は感じ取っています。安倍にとり、「小泉の負の遺産」が桎梏となったとしたら、小沢にとってのそれは、「田中の負の側面」なのかもしれません。
小泉改革は、医者不足をももたらしたとの批判があります(奥野修司・ジャーナリスト「病院を壊すのは誰だ」『文藝春秋』)。小泉改革での医療費削減で多くの病院が経営できなくなり、それに拍車をかけたのが厚生労働省のくるくる変わる猫の目行政だそうです。医療が不安であれば、年金どころでありません。国民は安心して生活できません。このような不安も、民主党の大勝に繋がったのでしょうか。
不安の種は、まだまだありました。食卓を席巻する中国産の食品が危険視されています。この問題についてのルポが、青沼陽一郎・ジャーナリスト「中国『毒食大陸』を往く」『文藝春秋』です。食料自給率39%の日本の台所は、隣国に依存しなければ機能しません。日本向けのウナギも野菜類もきわめて厳しい検査を受けています。ただ利益優先で品質保証できないような商品を売り抜けようとする“アウトサイダー”が日本の消費者の信頼を失うような行為をしているのです。やはり、あまりに安い商品は信用してはならないようです。
サブプライムローン問題から株価が急落したなどの報が、ニューヨーク証券取引所から飛び込んできたりしています。竹森俊平・慶應義塾大学教授「世界にばらまかれた不確実性」『中央公論』は、「あたかもウイルスが全世界に散らばったような状態」と表現しています。
以下、竹森論文に準拠します。――アメリカの低所得者向けの住宅融資を専門とするのがサブプライムです。貸し倒れが急増し、世界の金融市場を動揺させているのです。1992年頃の日本の状況と類似していて、金融市場の混乱がアメリカにとどまらず、ヨーロッパやアジアでも同時に発生しました。サブプライムは、信用調査の省略でローンの運営費を節約し、安全性を「証券化」によって確保するのです。極端な場合、無所得層にも貸し出してしまうのです。サブプライムの債券をさらに安全だとされる別の債券と組み合わせて、格付けの高い新商品(債券)を作る金融手法が駆使されたのです。ところが、サブプライムの不払いが急増し、収益が激減すれば、格付けが高かったはずの新商品も価値を失ってしまいます。――竹森は、「住宅価格の上昇が米国の消費を通じて世界景気を引っ張ってきたのだから、住宅価格が下降に転ずれば、今度は世界景気に足枷が生じる。世界のGDPの二割を占める米国の消費はさほどに影響力を持つ」と警鐘を鳴らしています。アメリカの景気が日本に与える影響は大きいですし、中国の場合、対米輸出依存の状況です。その中国経済への日本経済の依拠度は大です。
また、サブプライムの問題は、行天豊雄・国際通貨研究所理事長「これは二十一世紀型の経済危機なのか」『中央公論』の表現を借りれば、「世界経済が、産業資本主義の時代から金融資本主義の時代に移ってきている」ことを明示したのです。産業面でも金融面でも、日米中、いや全世界の経済が網の目状態でつらなっています。ですから、現在のところ、サブプライム問題によって、実体経済は特に著しい打撃を受けたという状況ではありませんが、竹森や行天の論考を瞥見した限りでも、安心はできません。
(文中・敬称略) |