月刊総合雑誌08年04月号拾い読み (08年03月20日・記)
佐藤優・作家・起訴休職外務事務官が、2誌の対談で、日本の貧困について語っています。『文藝春秋』では「『見えない貧困』がこの国を蝕む」と題する桐野夏生・作家との対談で、『中央公論』では雨宮処凛・作家との「戦後初めて、若者が路上に放り出される時代」です。
ちなみに、佐藤は、目についただけで、この他、4月号では3誌に4篇寄稿し、さらに『潮』で猪瀬直樹・作家と対談しています。計7となります。これが毎月のように続いています。今や論壇の旗手と表現してもよいでしょう。
その旗手が『文藝春秋』の対談では、非正規雇用が増え、格差が拡大し、連帯意識が分断され、公共意識が崩壊し、日本は国家としての劣化が始まっている、「崩壊寸前のソ連よりも危うい点がある」と危惧しています。『中央公論』でも、フリーターが簡単に路上生活者に落ちていくとの雨宮の指摘に対し、ソ連崩壊後のロシアの回復はロシア人の相互扶助によるとし、日本には相互扶助がなく、何かと「自己責任」を言い募ると、現状を慨嘆しています。
神野直彦・東京大学教授「『分かち合い』の思想が格差社会克服への道」『潮』によりますと、「日本の所得は、再分配する前は非常に平等で、財政はあまり再分配をしてこなかった」のです。それでもよかったのは、「日本型経営」により、企業が従業員の住居・生活・教育を提供してきたからです。お蔭で、家族機能は維持でき、かつ生活が成り立っていたのです。ところが現在は、やはり労働市場が二極化して格差が拡大しているのです。
貧困の程度が進むと「社会的排除」されるという「新しい貧困」が生じていると、岩田正美・日本女子大学教授「分断された人々をどう救うか」『中央公論』は心配しています。失業・貧困により、住居・家族・社会の一員としての位置などをすべて失い、ネットカフェや路上で寝泊まりすることになり、つまりは社会的に排除されてしまうのです。生活保護基準を含め、一人当たりの生活費の最低線をはっきりさせ、その線までは保護や年金を受けられるようにすべきだと、岩田は提言しています。
「ネットカフェ難民」は「2007年流行語大賞トップ10」に選ばれましたが、それを造語した水島宏明・日本テレビディレクター・解説委員が「“貧困ビジネス”が弱者を食い物にする」『中央公論』で、消費者金融・不動産ビジネスが、困窮者をより困窮にする実態を糾弾しています。
『日本の論点』編集部「日本の実力」『文藝春秋』によりますと、日本の年金や医療は、制度自体は世界に誇ってよい水準です。しかし、社会保険庁のずさんな管理により、国民の信用を失ったのが最大の問題です。「日本の実力」は、年金・医療制度、経済力の実体から子どもの学力など11分野を検証する企画です。日本の株価の昨年末からの下落率は世界で最悪ですし、スイス・ローザンヌの国際経営開発研究所(IMD)による2007年版国際競争力ランキングでは中国にも抜かれて24位です。一段の規制緩和と市場開放によって外資を呼ぶ込むことが求められています。どうも、「政府の効率性」に問題ありではないでしょうか。
「政府の効率性」と言えば、官僚にも問題ありです。
『潮』での佐藤と猪瀬の対談(「『官僚主権』の構図をどう変えるか」)は「特別企画『官僚たち』の迷宮」の巻頭ですし、『ボイス』も「官僚の利権 独立行政法人を全廃せよ!」を特集していました。佐藤は、『潮』の対談で、「『資本論』の世界では資本家と労働者と地主が三大階級だと。ところが実は官僚という四番目の階級があったんです」と述べています。猪瀬の言によれば「(テレビや新聞は)官僚機構が日本の意思決定をしているということについてはあまり報道しない」のです。
竹中平蔵・慶應義塾大学教授による『ボイス』の巻頭言「公務員制度改革への猛反撃」の表現を借りれば、「官僚組織は政策の執行を担当する職員集団であるはずだが、政策の企画立案から執行までのすべてに大いなる影響力を発揮している」ということになります。『ボイス』の特集には、渡辺喜美・行政改革担当大臣が「霞が関との戦いに勝つ」があり、独立行政法人の淘汰を説いています。また、竹中と猪瀬直樹・作家との対談(「出でよ、利権を潰すエイリアン」)もありますし、江田憲司・衆議院議員「独立行政法人壊滅論」などもあります。
官僚組織との協働は困難なようです。岡本行夫・岡本アソシエイツ代表「キーパーソンが語る証言90年代[第31回]岡本行夫」『論座』は6回目の今月が最終回でした。岡本は外務省北米一課長を務めた後、退官し、橋本政権で沖縄補佐官、小泉政権で内閣官房参与、首相補佐官を歴任した体験を披歴しています。元外務官僚の岡本ですら、「外務省も一緒のチームだと思っていましたが錯覚でした」と述懐するほどです。
『潮』は「アメリカ大統領選挙」を特集していました。ジェラルド・カーティス・コロンビア大学教授は手嶋龍一・ジャーナリストとの対談「“新しいアメリカ”が見えてきた」で、「新しいリーダーシップ、新しいジェネレーションがパワーを持つべしという点でオバマがいいと思いますね」と熱く語っています。
高濱賛・在米ジャーナリスト「『オバマ現象』の光と影」は、バラク・オバマは、これまでの黒人候補にはなかった品格を有しているとし、「キャリアウーマンの王道をいくような」ヒラリー・クリントン候補との民主党大統領指名に向かっての対決を有利に展開している様相を描いています。ただし、最終段階での「暗殺」の可能性を示唆しています。ビル・エモット・国際ジャーナリスト「勝利のカギは“信頼性”」は、ビル・クリントンが1992年の選挙でジョージ・ブッシュ大統領(現大統領の父)に勝ったときのスローガン(「君たち、経済問題だよ」)を想起しつつ、今回は、経済問題が争点になっていないと指摘しています。アメリカ経済は後退期にあるのですが、三選はのぞめませんから現大統領は出馬していませんし、また副大統領が選挙に立っていないため、政府の最高責任者を非難するというようなことができないからです。エモットは、今回の選挙でのスローガンは「君たち、信頼性だよ」とすべきだと結んでいます。
久保文明・東京大学大学院教授「オバマ現象を生んだ力を探る」『中央公論』は、長期的視野に立った地道な選挙運動と宗教的ですらある演説の魅力にオバマの強さを見ます。「黒人の代表」ではないのです。「夢を見たい人はオバマに投票する。三度の食事が大事な人はクリントンに投票する」のです。だから、「クリントンは労働組合員、低所得層、白人女性、そしてヒスパニックから強い支持を受け、オバマは黒人のほか、若者、および学歴と所得の高い人々から強い支持を得る」ようです。
オバマは、プナホウ・スクールからコロンビア大学に進み、卒業後、シカゴでコミュニティ支援活動に携わり、その後、ハーバード大学の法科大学院に入学したとのことですが、ハーバードで同じ時期に学んだ渡辺靖・慶應大学教授が「同窓生が見たオバマの凄さ」を『文藝春秋』に寄せています。閉塞感が漂うアメリカにあって、それを打破しようというのが、オバマの掲げる「変化」なのです。彼は、一人称の“I”ではなく、二人称の“You”を用いて語りかけ、聴衆に自らこそが「変化」の担い手だと気づかせるのだ、と渡辺は分析しています。
オバマ旋風が吹いているかのようですが、結局は、アメリカ国民は共和党のジョン・マケイン上院議員を選ぶと、日高義樹・ハドソン研究所首席研究員「米国新大統領はマケインだ」『ボイス』は予言しています。大統領は核兵器を有した世界最強・最大の軍の総司令官でもあります。「本番の大統領選挙では、アメリカの普通の人々は、大統領選びをアメリカの総司令官選びであると気が付くはず」だからだそうです。
『中央公論』に園部逸夫・元最高裁判所判事×水谷三公・國學院大学教授「皇室存続の危機を直視しよう」があり、『文藝春秋』は「総力特集 天皇家に何が起きている」を編み、保阪正康・ノンフィクション作家、御厨貴・東京大学教授、高橋紘・静岡福祉大学教授ほかによる座談会「引き裂かれる平成皇室」および友納尚子・ジャーナリスト「雅子妃 悲運と中傷の渦の中で」を掲載していると付言し、擱筆します。
(文中・敬称略) |