月刊総合雑誌08年05月号拾い読み (08年04月20日・記)
中西輝政・京都大学教授は、日本外交の現況を酷評し、福田首相を糾弾しています。「『売国』発言を繰り返す福田首相への退場勧告」『正論』では、特に、「三大売国発言」として、次の三点を問題視しています。@小沢民主党代表との大連立協議のさい、「国連決議がなければ(自衛隊の)海外派遣をしない」と合意したと伝えられていること。A昨年11月の訪米のさい、ブッシュ大統領に「北朝鮮をあまり刺激しないほうがいい」と応じたと伝えられていること。B毒餃子事件に関し、「中国は非常に前向きに対応している」と述べたこと。
さらに「台湾・国民党支配の暴走」『ボイス』では、韓国・台湾で新指導者による新体制が形成され、かつ胡錦濤・中国主席の訪日が予定されているにもかかわらず、「(日本は)福田政権による政治指導の混迷のなかに危険な漂流を続けている」と指摘しています。中西によりますと、「福田内閣の命脈は、すでに大連立協議の挫折で尽きていた」ということになります(「堕ちる日本」『文藝春秋』)。
政府案の武藤副総裁の昇格案が民主党などの反対で否決され、戦後初めて日銀総裁が空席となりました。日本政治の“危険な漂流”の表徴です。
武藤その人を岸宣仁・経済ジャーナリスト「幻の日銀総裁 武藤敏郎の告白」『文藝春秋』が分析しています。確かに「バランスの武藤」とか「無欠」「公平」などと評されるほど、大蔵(財務)官僚としては高く評価されていたようです。だからこそ大蔵事務次官、続いて省庁再編に伴い、初代財務次官となり、戦後最長の通算2年半にわたり事務方トップを務めたのでしょう。もっとも日銀総裁としてどのような力量を発揮する可能性があるかは判然としません。
一方の当事者たる鳩山由紀夫・民主党幹事長が『中央公論』でインタビュー(「『武藤でも構わない』が覆った内幕」)に応じ、“漂流”の裏を語っています。鳩山によれば、民主党の姿勢は一貫していたのです。「財金分離がすべて」ではないが、武藤は日銀の独立性確立の法改正に反対した人物であり、「国民生活という視点が感じられない」からだったとのことです。
日本政治、ひいては日本外交が漂流している感のある最中、チベット・ラサで、そして中国の四川省や甘粛省でも、動乱勃発と報じられました。各誌がこぞって取り上げています。『正論』には福島香織・産経新聞中国総局記者「チベットの悲鳴を聞け! 北京五輪どころじゃない」があり、『諸君!』は山際澄夫・ジャーナリスト「言明せよ、福田首相『中国にもはや五輪開催の資格はない』」と川口マーン惠美・作家「『ダライ・ラマ』にキレた中南海に大連立ドイツがひれふす理由」の2篇で、「チベットの悲劇になぜ目を閉ざすのか」との特集を編んでいます。『ボイス』の野口健・アルピニスト「わが聖地・チベットの苦しみ」によりますと、チベットの惨状は登山家の間では周知のことだそうです。加藤隆則・読売新聞上海支局長「流血のチベット 中国の非道を見た」『文藝春秋』によりますと、チベット仏教は宗教と生活が不可分に結びついています。にもかかわらず中国共産党は愛国主義教育により宗教管理を強めたため、チベット人の民族・宗教意識を刺激したのです。さらに、青蔵鉄道の開通により観光ブームが到来しましたが、大儲けするのは主に漢族で、流入してきた漢族とチベット人との間の経済的格差が目立ってきていました。
「暴動」との報道も散見しましたが、そうではなく、「抗議行動」あるいは「デモンストレーション」と表現すべきだと、ペマ・ギャルポ・桐蔭横浜大学教授「チベット問題の真実を理解してほしい」『中央公論』は説いています。また、「チベット以外の地域でもそれ(抵抗運動)が拡散している」の表現も間違いだそうです。彼は四川省出身のチベット人なのですが、「チベットとは本来、今日のチベット自治区のみではない」のであり、「北京政府は、チベットを併合した際、本来のチベット民族、チベット文化の地域を分割統治」したとのことです。
清水美和・東京新聞論説委員「『チベット騒乱』の背景にあるもの」『世界』は、胡錦濤・中国国家主席(共産党総書記)が師と仰いでいる胡耀邦が、総書記就任直後の1980年、「チベット民衆の生活には大きな進歩が見られなかった」と謝罪した経緯を詳述しています。皮肉にも、88年にチベット自治区の党書記に就任した胡錦濤は、チベットの経済向上にも力を注ぎましたが、強硬策をとりました。強硬な一面を買われ、最高位に駆け上がったのです。清水によれば、中国政府が「民主化や人権、道徳よりも経済成長がすべてに優先するという」価値観を押し付けたことに「騒乱」あるいは「抗議行動」の原因があるのです。
竹森俊平・慶應義塾大学教授「『大恐慌の再来』とその後の世界」『中央公論』は、サブプライム危機の後は「世界全体が借金を嫌い、投資に慎重になる。それが世界全体の成長率低下をもたらすだろう」と予測しています。
では、当面の日本経済はどのような状況にあるのでしょう。『ボイス』の特集「大論争! どうなる日本経済」に見てみましょう。同特集は、株価については武者陵司・ドイツ証券副会長「40年に一度の買い時」に対し、榊原英資・早稲田大学教授「日経平均は1万円を割る」、為替については三國陽夫・三國事務所代表「1ドル90円台でも景気拡大」と藤巻健史・フジマキ・ジャパン代表「消費増大には円安しかない」と対立する論考を掲載しています。
武者の言うように株は底値に近いときこそ“買い”でしょう。また、榊原の説くように、アメリカの混乱は2、3年は続くかもしれませんし、年内に1万円割れはありうるかもしれません。時期が問題なはずですが、確実なことを読みとることは困難です。また、為替の問題も、どの時期を論ずるかによって論調は変わるようです。税金については、いわゆる「上げ潮派」の中川秀直・衆議院議員「法人減税は全国民の利益だ」に、「増税派」の与謝野馨・衆議院議員「消費税10%こそ救国の策」があります。この二人の対立は理解しやすそうです。中川は現在をデフレとみなし、デフレが収束していない段階での増税に反対なのです。与謝野は、中川たちの4%成長可能説をインフレ政策によるものとし、結局は国民の負担になると否定するのです。
『文藝春秋』の『日本の論点』編集部「大予測 五年後の『会社と社員』」に「会社はもうかっても給料は上がらない」理由を探ってみましょう。同論考から、少し数字を引用します。パート・派遣社員は働き手の三人に一人となりました。日本企業はこの五年間に平均15%以上の収益を上げ、その一方で平均給与額は九年連続で減少しています。非正社員の賃金は、正社員と比し、男性で64%、女性で69%しかありません。つまりはパートや派遣社員が多くなり、彼らの給料はきわめて低く、それにともない正社員の給料も抑えられているのです。結局、「サラリーマン人生の経済基盤をすべて会社が保障するという時代は去った」のです。自らが活路を見出さなくてはならないようです。
日本の食料自給率の低さを改善するためにも、また、毒餃子事件もあり、あらためて農業を見直す動きがあります。企業の参入も促進しなくてはなりません。財部誠一・経済ジャーナリスト「農地を巡るカゴメの闘い」『ボイス』によれば、トマトの大規模な施設栽培を手がけたカゴメにみるような成功例もあります。しかし、農地を企業が入手することは困難です。また、「生産から流通に至る農業のすべてのプロセスを『官』が管理している」のです。財部が説くように、「日本農業という『村社会』の民営化」が求められているのです。
環境に関して通説への異論が2篇ありました。久保田宏・東京工業大学名誉教授「バイオエタノールで自動車を走らせるべきではない」『中央公論』は、石油の代替を求めることが経済的にも社会環境にも大きなマイナスを生じさせる、それよりも液体燃料に頼らないで自動車を走らせる方法や新輸送方式を作り出すべきだと主張しています。丸山茂徳・東京工業大学教授「地球はこれから寒冷化する」『文藝春秋』によりますと、温暖化の主犯はCO2ではなく、日光照射量の増大が一番の理由です。現在の施策はまったく無駄ということになります。
映画「靖国」の監督・李纓が『世界』でインタビュー(「『靖国』という空間への接触」)に応じ、『論座』では崔洋一・映画監督と対談(「靖国、記憶と忘却の舞台」)しています。
(文中・敬称略) |