月刊総合雑誌08年06月号拾い読み (08年05月20日・記)

 堀内光雄・自民党元総務会長が『文藝春秋』に「『後期高齢者』は死ねというのか」を寄せています。堀内は、現在は自民党所属の衆議院議員ですが、郵政民営化に反対したため、無所属となっていました。後期高齢者医療制度は、彼の無所属時代に強行採決されたものであり、内容を把握していなかったそうです。多くの国会議員も同様のようです。制度の趣旨・仕組みの十分な説明がないまま、施行され、かつ問題が次々と明らかとなりました。まさしく、堀内の論考のタイトルのように国民の多くは受け取っているのではないでしょうか。
 だからこそ、自民党の国会議員からも異論が続出し、さらには福田政権の支持率が急落しているのです。それにしても“ねじれ国会”で政治は低迷しています。『諸君!』の特集タイトルのごとく、「哀しき『政治ごっこ』の国」に堕してしまっています。巻頭の座談会「『言霊』なき宰相、福田康夫の奈落」(国正武重・政治評論家×松原隆一郎・東京大学教授×上杉隆・ジャーナリスト)によれば、福田政権はもはや「底が抜けている」のです。
『中央公論』の特集のタイトルにはすさまじいものがあります。「脳死する日本政治」です。半藤一利・作家×保阪正康・ノンフィクション作家×松本健一・麗澤大学教授による座談会「昭和初期のあの混乱をまた繰り返すのか」は、現況を軍部の跋扈を招いた戦前の政党政治の体たらくと同様と憂慮しています。
『論座』の特集名は「ねじれ国会 打開の糸口」で、巻頭は「野中広務元自民党幹事長 インタビュー」です。野中は、福田首相は「耐えて頑張っている」と評価し、「参議院民主党から何人か引っ張ってきたらええんです」と説いています。また、『文藝春秋』上での、ポスト福田の最有力と言われる二人、麻生太郎・自民党前幹事長と与謝野馨・前官房長官の連名による呼びかけ「日本よ、『大きな政治』にかえれ」には、「民主党よ、現実にかえろう」との「共同宣言」があり、「同じ国民の代表として民主党の覚醒」を促すのですが、なかなかそのようには運びそうにもありません。

 現在、自民党に利はありません。年金問題も燻ぶっています。岩瀬達哉・ジャーナリスト×磯村元史・函館大学客員教授×橋洋一・東洋大学教授・元内閣参事官「年金消失 社保庁の支配者は誰だ」『文藝春秋』によれば、社会保険庁は労働組合が強く、組合員はやりたい放題だったし、幹部はそれを放置していた、とのことです。混乱はまだまだ続きそうです。磯村が指摘するように、後期高齢者医療制度の導入は、「年金がきちんと払われていないと世論が憤っているのに、そこから保険料の天引きだけはさっさと行う」こととなっているのです。前出の堀内が主張するように、「(後期高齢者医療制度は)凍結してゼロベースで国民的議論を行うべき」ですが、現政権が国民の信頼を取り戻すのは容易ではありません。まさしくこれまでの与党側の政治に問題があるのですから、野党たる民主党はそう簡単には譲歩しないでしょう。
 与野党の対立の激化、政府機能の劣化、特に“ねじれ国会”を問題にし、飯尾潤・政策研究大学院大学教授は、『中央公論』で「衆院優先原則の確立が政治劣化を救う処方箋だ」と提言しています。もっともなシナリオですが、実現には困難さが伴います。

 政治・政治家については別の方向からの批判もあります。大野晋・国語学者×丸谷才一・作家×井上ひさし・作家「『KY』が日本語なんて…」『文藝春秋』が一例です。三人が異口同音に慨嘆しているのは、政治家がきちんと自分の言葉で語れなくなったことです。丸谷によれば、「雄弁」が衰退し、その因は「今の政治家には語るべき内容がないから」だということになります。小泉(純一郎・元首相)の「ワンフレーズ・ポリテックス」では困りますが、政治家の奮起を期待したいものです。

 政治といえば、国政レベルだけでなく、知事たちの資質も問われます。『ボイス』が「知事が日本をダメにする!」を特集していました。地域経営研究会「47都道府県知事ワーストランキング」によりますと、ワーストのDランクは藤田雄山・広島県知事で、ベストのAAAランクは麻生渡・福岡県知事です。藤田は4期目ですが、政治資金不正事件によりクリーンなイメージが暗転してしまったのです。麻生は、同じく4期目ですが、全国知事会長としても活躍しています。ちなみに東国原英夫・宮崎県知事は10段階の上から2番目のAA、橋下徹・大阪府知事は上から6番目、下から5番目のB、石原慎太郎・東京都知事は上から9番目、下から2番目のCです。
 この企画で、上から7番目、下から4番目のCCCに位置づけられた蒲島郁夫・熊本県知事は、東京大学教授から転身して、この3月23日に、当選したばかりです。日本における選挙研究の第一人者として目されていました。彼が自らの知事選の勝因を『中央公論』で「自民党の推薦を固辞した『理論』」と題して分析しています。自民党の支援を受けながらも、自民党の推薦も公認も受けず、最後まで無所属として戦い、圧勝したのです。やはり自民党がいくら強い熊本でも、昨今の政治状況からして、自民党色を薄める必要があったようです。

 なお、『ボイス』の特集Uは、洞爺湖サミットを意識しての「『京都議定書』を超えよ」です。小池百合子・衆議院議員・元環境大臣「電気自動車が拓く低炭素社会」、竹村真一・京都造形芸術大学教授「脱・石油文明への青写真」、大坪文雄・松下電器産業社長(聞き手=片山修・ジャーナリスト)「日本製造業は『エコ』で勝つ」ほか盛り沢山です。確かに省エネ・環境技術では日本は先進国です。7月の洞爺湖サミットで日本モデルを示し、それによって福田首相は勢いを取り戻すことができるのでしょうか。首相周辺はそのように期しているようですが、果たして…。

 外交について、少しく長期的視点に立った2篇がありました。
 中西寛・京都大学教授「パックス・アメリカーナの終わり」『ボイス』は、「工業文明のチャンピオンだったアメリカが築いたパックス・アメリカーナ」は終焉し、脱工業化時代たる次代に日本は主役となる可能性を秘めていると展開しています。もっとも政治的意思決定システムの改革は必要とのことです。
 パックス・アメリカーナが終わりそうだからといって、日米同盟の重要性には変わりがない、より一層堅持しなくてはならないと、白石隆・政策研究大学院大学副学長・教授「変容する東アジアと日本外交」『潮』は言います。東アジアは中国の台頭もあり、多極化の傾向にあります。だからこそ、日米同盟を強固にした上で、中国と戦略対話・信頼醸成を推し進めなくてはならないとのことです。

 胡錦濤・中国国家主席の訪日は日中新時代を拓いた観がありましたが、今月も、総合雑誌上では、チベット関連で中国を糾弾する企画が目立ちました。
『正論』は、ルントック・ダライ・ラマ法王日本代表部文化・広報担当官「チベット僧が語った容赦なき拷問の日々」ほかにより、「胡錦濤訪日で試される日本の『覚悟』」を総力特集として編んでいました。『諸君!』は先の特集の他、「血塗られし五輪旗の下に」を特集し、上村幸治・獨協大学教授「『宣伝の祭典』北京五輪はすでに崩壊した」、ペマ・ギャルポ・桐蔭横浜大学教授ほかによる座談会「チベットの祈りが中華拝金地獄を打ち破る」などを掲載しています。
 西蔵ツワン・武蔵台病院副院長「私は見た 中国の『洗脳・密告・公開処刑』」『文藝春秋』は、日本で医師となった亡命チベット人の手記です。医師国家試験合格後、日本国籍を取得し、チベットを意味する「西蔵」を姓にしたのです。チベット亡命者は世界で14万人にも及び、「身一つでヒマラヤを越えてくる新たな亡命者が後をたたない」とのことです。5月の四川大地震はチベット人居住地区をも襲いました。予断を許さない状況です。

 映画「靖国」に関連しての特集をも、『論座』は編んでいます(「映画『靖国』騒動への疑問」)。上映を自主規制することに反対する立場からの編集です。一方、坪内祐三・評論家「映画『靖国』が隠していること」『文藝春秋』は、映画には御神体を日本刀などとする重大な事実誤認と様々なイメージ操作があると指摘しています。ただし、登場人物たる刀匠の美しい姿を多くの人に見てもらうためにも、上映中止にするべきではないそうです。
 

(文中・敬称略)

<< 2008年5月号へ