月刊総合雑誌08年07月号拾い読み (08年06月20日・記)

 森永卓郎・経済アナリスト・獨協大学教授「父の介護 妻は離婚も考えた」『文藝春秋』は、現在の介護保険による介護制度では、介護する側も介護される側も介護方法を主体的に選択できないことを問題視しています。「姥捨て政策」的な高齢者に冷たい制度というのです。ですから、在宅介護にしますと、家人に過剰な負担がかかり、夫婦間に亀裂が走ることにもなるのです。
 そこに、「後期高齢者医療制度」が導入されたのです。『文藝春秋』は特集として「『後期高齢者』を捨てる国」を編み、奥野修司・ジャーナリスト「国民皆保険が崩壊する日」と鎌田實・諏訪中央病院名誉院長「老人を嘲笑った福田総理へ」の2篇を掲載しています。
 新制度は、「高齢者も応分の負担を」というものです。ですが、その根底にあるのは、「病気になるリスクの高い老人を、医療保険の本体から切り離す」という発想だとし、国民皆保険ではなくなると、奥野は糾弾するのです。国・地方自治体が5割、4割を現役世代の健保・国保の財政で、残りの1割を後期高齢者の保険料で賄います。現役世代にとっては負担増になったり、自治体の財政状況により低所得の後期高齢者の負担増が生じたりしています。それらの欠陥を是正する必要を指摘しつつ、鎌田は、長い老人医療の体験に基づき、新制度にも評価すべき点もあるとします。それは「かかりつけ主治医制度」と「包括支払い制度」です。予防から療養まで一貫したシステム作り、長寿でありながら医療費の安い地域作りにつながるのでないか、と期待しています。
 川淵孝一・東京医科歯科大学大学院教授「問題の核心を見極めろ」『中央公論』は、後期高齢者医療制度と介護保険制度をドッキングさせての保険制度の効率化を提言しています。ただし、今後、医療費が増加することは間違いありません。安定した財源を確保する必要があります。消費税増も選択肢の一つです。川渕によれば、次回の選挙は、社会保障を争点にすべき、なのです。

 若者にも変化があります。小林多喜二の『蟹工船』が若者に読まれ、ベストセラーになっています。同書は、昭和4(1929)年刊で、オホーツク海で蟹を捕り、缶詰に加工する船上の過酷な労働を描くプロレタリア文学の代表的作品です。 吉本隆明・誌人・評論家「『蟹工船』と新貧困社会」『文藝春秋』は、「現状に対する不満は、若者と団塊の世代に共通して」あり、「現実のしんどさと前途への不安」がブームの背景あるとみています。桑原聡・産経新聞文化部編集委員「小林多喜二にすがる危うき現代社会」『正論』は、深刻です。窮状を訴えるワーキングプアを切り捨ててきたとし、「彼らを救済する方策を考え実行する時期にきている」、「政府与党と財界は本気で慌てるべきだ」と結んでいます。  しかし、財界はともかく、政府与党に問題がありそうです。

 柿崎明二・共同通信政治部次長兼編集委員「失われた権力のかたち」『世界』は、権力中枢たる「首相―官房長官―自民党幹事長のトライアングル」が機能せず、権力のかたちが「ない」実態を描いています。このままでは、福田退陣圧力が高まりそうです。
 だからでしょうか、『ボイス』の特集は「福田政権後の日本」です。巻頭は、前原誠司・民主党副代表「民主党は政権を担えるか」です。前原は、『中央公論』でも、田原総一朗・ジャーナリスト、与謝野馨・衆議院議員・自民党・前官房長官との「自民と民主は本当に違うのか」と題する座談会にも登場しています。どうも、前原のスタンスは、与謝野たち自民党の増税派に近いものがあり、小沢一郎・民主党代表とのスタンスや政策の違いが目立ちます。『ボイス』の前原の論考によれば、小沢代表の地方分権は基礎自治体と国の「二層制」で、前原のそれは道州が入る「三層制」です。また、小沢の安全保障上の国連中心主義をわが国の選択肢を狭めると懐疑的です。さらには、「民主党が大きく割れ、自民党も大きく割れるというかたちでの再編は考えられる」とまで言い切っています。タイトルどおり、政権を担うためには多々解決すべき党内問題を抱えていそうです。
 まさしく、塩田潮・ノンフィクション作家も、『諸君!』に前原論文と似たタイトル(「小沢民主党に政権担当能力はあるか」)で寄稿しています。たとえ、民主党は、運よく政権を手に入れたとしても、「いまの自民党と同じような苦境に直面する」可能性大なのです。
 福田はだめ、民主党にも問題ありだとすると、中西輝政・京都大学教授が『ボイス』の特集内で提唱している「麻生太郎総理待望論」はいささかでも現実味がありそうです。世界的なカオス状態を再調整しなくてはならない状況にあります。アメリカは同志的助力を日本に求めてきます。特にアメリカの次期大統領がマケインになった場合、麻生外交と平仄があうとのことです。中西は、麻生を「真の保守」として評価し、麻生の「明るいキャラクター」の裏側に「本質的悲観論者」の匂いを嗅ぎとっています。悲観論者であることこそ、政治家として重要な資質なのだそうです。 ただし、『中央公論』の座談会「政治家ミシュラン」(岩見隆夫・政治ジャーナリスト×松本健一・麗澤大学教授×伊藤惇夫・政治アナリスト)によりますと、麻生太郎の☆による評価は高くありません。谷垣禎一・自民党政調会長よりも上ですが、与謝野馨や小沢一郎、前原よりも低い評価です。

 さて、中国では、チベット騒乱、五輪聖火リレー妨害に続いて四川大地震が生じました。千野境子・産経新聞論説委員長「世界が報じた“激辛”中国評」『正論』は、欧米の主要英字紙メディアに「厳しく冷めた論調が目立ち始めた」様相を紹介しています。英紙『フィナンシャル・タイムズ』(5月2日)は「ナショナリステッィクになった中国は多くの外国人を恐れさせるものだ」と報じています。英誌『エコノミスト』(4月26日号)には「チベットについてかくも長い間、国民にウソをついてきて、いったいどうやって新しいあまり敵対的でない政策を説明出来ようか?」と中国当局に厳しいものがあります。また、英紙『オブザーバー』(5月18日)などには、四川大地震の甚大な被害には人災的要素、役人の腐敗があるとあります。「欧州の厳しい対中認識は当面続く」と千野は予見しています。
 もっとも、民主化が進展していないと中国を論難していては中国人の感情的反発を招くだけだと、足立治男・翻訳業「中国におけるインターネット民意と疑似民主主義」『論座』は説きます。確かに「直接選挙による政権交代」はありませんが、ジャーナリズムやインターネットなど世論形成に不可欠な分野を最大限開放し、「中国共産党政権とその政治制度の堅持」の範囲内ですが、民意を十分に政治に反映させているとのことです。

 『中央公論』が「迷走、地球温暖化大論争」を特集として編んでいます。武田邦彦・中部大学教授「『幻想の環境問題』が文化を壊している」は、温暖化は日本にとっては作物の収穫量増につながり歓迎すべきとしています。また、石油を節約するのではなく、それがあるうちに、最大限使って次の時代を切り開くべく技術革新・社会システムの改革に取り組むべきだそうです。逆に、温暖化を脅威として捉え、対策にリーダーシップを取るべきだとするのが、加藤三郎・環境文明研究所所長「温暖化への挑戦こそが日本と世界を元気にする」です。もっとも、養老孟司・解剖学者によれば、「元栓を閉めればいい」、「つまり石油生産を落とせばいい」とのことです(中西準子・産業技術総合研究所安全科学研究部門長との対談「環境ブームに騙されるな!」)。温暖化・環境問題は、7月の北海道洞爺湖サミットでの主要テーマとなるようですが、『中央公論』の特集は、タイトルのように迷走しています。
 一方、『ボイス』の「特集U 世界に誇る日本企業の環境力」では、伊藤洋一・住信基礎研究所主席研究員「省エネ市場は日本の天下」はじめ、省エネ・環境問題への日本企業の取り組みを深く信頼し、日本企業、ひいては日本の前途は明るいと論じています。吉川廣和・DOWAホールディングスCEO「東京でレアメタルを発掘する」は、レアメタルを廃棄物から回収する技術で無資源国・日本の悩みも解消されそうです。実際にそのように進展するよう祈念しつつ、擱筆します。  

(文中・敬称略)

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