月刊総合雑誌08年08月号拾い読み (08年07月20日・記)

 東京・秋葉原で無差別殺傷事件(6月8日)が生じました。佐藤優・起訴休職外務事務官・作家は、雨宮処凛・作家との対談「秋葉原事件を生み出した時代」(『中央公論』)で、派遣労働者の容疑者がアキバ(秋葉原)を襲ったのは、そこが「なんとなく楽しそうにしている社会そのもの」の象徴だったからと指摘しています。新自由主義的革命が行き過ぎ、「みんなが自分の業績を上げることに汲々とし、社会意識を喪失してしまった」ことに因があるとのことです。雨宮は、かねてから派遣労働者が暴発することを恐れていたとのことであり、「非正規雇用の労働者にとって、『生きさせろ!』というのは真っ当というより、ごく自然な叫び。叫ぶ必要がなくなるまで、頑張ります!」と現状を糾弾しつつ、今後も労働環境改善に取り組むとの決意表明をしています。
『世界』の座談会「秋葉原事件・何が問われているのか」で、鎌田慧・ルポライターも、労働者派遣法により、派遣労働の状況が悪化したことに因を求めています。鎌田によれば、「IT産業の先進地であり、いわばもっとも現代的な街である秋葉原でこの事件が起きたのは、現在の欲望と阻害の社会を象徴している」のです。
 岡田尊司・精神科医「『秋葉原殺人犯』の痛んだ脳」『ボイス』は、容疑者が25歳であるにもかかわらず、少年犯罪的だと分析します。少年・若者の他者の痛みに共感する能力が低下傾向にあり、ときに暴力につながるのです。それはネット世界・ゲームなどの仮想社会への過度な埋没でもたらされるとのことです。
 かかる暴力事件は男によるものです。だからでしょう、北原みのり・ラブピースクラブ経営「男の暴力」『世界』がありました。北原は、格差社会の是正の同列に男による暴力を考えるべきであり、国家問題だと力説します。男の暴力、ひいては暴力すべてが社会問題なのであり、暴力根絶を目指すべきとなります。
 一方、重松清・作家「若者よ、殺人犯を英雄にするな」『文藝春秋』は、容疑者を単純に雇用問題や格差社会の被害者にしてしまうことを危惧しています。「孤独な派遣社員の加藤容疑者が十七人を無差別に殺傷した事件」ではなく、「なんの罪もない十七人が無差別に殺傷された事件」なはずなのです。重松は、「加害者に寄り添う形」での法改正などに反対です。容疑者は絶望したからであり、今後は、若者に「絶望するな」と言いつづけるしかない、とのことです。

 山田昌弘・中央大学教授「二極化する子どもたちが老後格差を拡大する」『中央公論』は、現在の社会保障システムが前提としているモデル家族から外れる高齢者の増加を問題視しています。住宅を取得し厚生年金を得て、育てた子ども全員が正規の職に就いている(もしくはそのような男性と結婚している)元サラリーマン高齢者、家業で十分収入が得られ、跡継ぎの息子(娘)夫婦がいる高齢者。この二つがモデルだったのです。ところが、「高齢者が、中年になった息子や娘の生活を、彼ら自身の年金で支える」という「年金パラサイト・シングル」という状況が生じているのです。山田は、「生活保護に陥るほどではないが、生活に苦しんでいる高齢者をサポートする制度の早急な構築が望まれる」と訴えています。
 十年連続で自殺者が三万人を超えていて、それも働き盛りの三十代とリタイア時期の六十代に多い、それは将来への不安、貧困からだと、湯浅誠・NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長「貧困大国ニッポン」『文藝春秋』は言います。小泉政権の構造改革は、もともと貧弱だった政府の社会保障制度をより貧弱化させ、かつ企業・家族・地域社会からも、その機能を奪ったのです。「日本社会そのものが崩壊の危機に瀕している」と湯浅は警鐘を鳴らしています。
 山田や湯浅に反する論考がありました。日本の高齢者は、平均でみる限り、若い世代よりも豊かであり、かつ年金も世界一だと、原田泰・大和総研チーフエコノミスト「豊かな老人よ自立せよ」『中央公論』は数字をもって説いています。原田によれば、「年齢を基準とする福祉制度は極力縮小すべき」なのです。

『論座』が「社会保障論議 ここがおかしい」を特集していましたので、少しく紹介しましょう。
 巻頭の権丈善一・慶應義塾大学教授「医療は税制改革の中心なのか、それとも蚊帳の外なのか」は、社会保険料の引き上げ、そのための消費税引き上げもやむを得ないとします。「負担なくして福祉なし」を覚悟すべきだそうです。堤修三・大阪大学大学院教授「高齢者医療制度改革は、どこで間違えたのか」は、社会保険の国家直営をやめ、高齢者など保険者自身が保険料のほか給付について決定できるような形態に改めるべき、と主張しています。高山憲之・一橋大学教授「負担増拒否症候群をどう克服するか」は、政府に「負担増なしに社会保障給付を現状のまま維持することはできないこと、などを繰り返し分かりやすく国民に説明すること」を求めています。さらに、財源調達方法の論議そのものを、西沢和彦・日本総合研究所主任研究員「税方式か社会保険方式か」は問題にします。税か保険かと二分する論議は、既存の行政の枠組みを温存するためであり、税と社会保険料を異質視する必要はない、と西沢は説いています。中島隆信・慶應義塾大学客員教授「福祉にも“日本型”市場メカニズムを」は、福祉の現況における消費者の視点の欠如を取り上げています。質の高いサービスに高い報酬が当然というシステムを確立すべきであり、それには市場メカニズムの構築が必要ということになります。服部万里子・立教大学教授「国民を疲弊させる給付削減からの脱却を」は、「所得が高いものは多く負担し、低所得者の負担を少なくすることをベース」にすべきと力説しています。
 以上にみたように、社会保障論議の論点は『論座』の特集に出揃っているかのようです。あとは、国民的規模での論議・検討が必要です。そのためにも、政府・与党の真摯の対応、与野党による活発な国会での論戦を期待したいものです。

 北京オリンピックを目前にして、中国に関する特集が目に付きました。
『中央公論』の特集をみてみましょう。タイトルは「中国、逆上する超大国」で、巻頭は、岡本行夫・国際問題アドバイザーと田中明彦・東京大学教授による対談「世界は中国と共存できるか」です。岡本は、「(中国の)基底部では一向に対日感情が改善されていない」とみています。日中双方に病根があり、それらは「中国側の反日教育であり、他方、日本側の歴史教育の欠如」とのことです。田中は、「日本側が(中国側を)挑発しない」で、あと10年ほど現状を保てば、岡本の言う「病根」は癒されると見立てています。
 清水美和・東京新聞論説委員「北京五輪後、強硬路線が台頭するのか」は、「中国では(共産)党上層部に亀裂があるとき『民意』は本来以上の威力を発揮」するのであり、五輪後、民意が党是となった「愛国」を旗印として、対外的に「強硬路線」に転ずるのではないかと心配しています。
 中国の民意はネット言論によるものであり、主たる担い手は、1980年以降に生れた「80后(後)」と呼ばれる若者です。それを詳述しているのが、遠藤誉・筑波大学名誉教授「『80后世代』のネットパワーが政府を揺るがす」です。「ヘタに叱れば、どんな過激な行動に走るか分からないような思春期の子供を持つ親と子の関係」に中国政府と80后の関係はあります。今後は、遠藤によれば、「中国政府とネット言論を担う80后のせめぎあい」です。
 加瀬みき・アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員「価値観と実利の間で揺れる欧米の対中観」によれば、欧米では、「中国がいずれは民主主義的な国家になるとの期待もすっかり薄れて」しまっているとのことです。しかし、「(中国は)グローバル社会の一つの重要な車輪となっており単純に敵に回すことはできない」のです。まさしく欧米の対中観は揺れているのです。
『論座』は「大国としての中国」をも特集として編んでいます。先の岡本も登場していて(小林陽太郎・富士ゼロックス相談役最高顧問、興梠一郎・神田外語大学教授との座談会「世界システムは、『未知』の領域に入る」)、『論座』の特集は、『中央公論』のそれと問題設定に通ずるものがあります。『ボイス』の特集は、何清漣・経済学者「バブル経済・四重苦の危機」を始めとする「オリンピックで自滅するか中国」で、中国の前途を危ぶんでいます。

(文中・敬称略)

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