月刊総合雑誌08年10月号拾い読み (08年09月20日・記)

 滋賀県知事から衆議院議員となり、細川内閣で官房長官、村山内閣で大蔵大臣を務めた武村正義が『論座』で日本政治を憂えています(「武村正義氏インタビュー」)。まず、総理大臣はじめ、苦労していない世襲・2世議員の増加傾向を問題視し、親の選挙区の引き継ぎの禁止を説いています。サラリーマンが立候補したら即休職扱いするなどによる被選挙権の拡大と、各政党の新人公認ルールの確立の二つを、今後の日本政治変革のため、武村は求めています。
 三宅久之・政治評論家は福田内閣に絶望し、福田退陣しかないと、上坂冬子・ノンフィクション作家との『ボイス』での対談(「解散・総選挙は秋にある?」)で予言していました。自民党の活路は、全国を候補者が集団で遊説する自民党総裁選挙、その直後の解散・総選挙にしかないのですが、それでも自民党が勝利するかは不明とのことです。
 総選挙で民主党が勝利すれば、小沢一郎・民主党代表が首班指名を受けることになります。かつて小沢と政治行動を共にし、今回の自民党総裁選に立った小池百合子・元防衛大臣は「それでも時代は、小沢総理を求めるのか」『中央公論』で、小沢政治を全面的に否定します。国連絶対主義や政策を政局運営の手段にする手法に反対なのです。
 『中央公論』では、小沢政治を、北岡伸一・東京大学教授×飯尾潤・政策研究大学院大学教授が論じています(「五つの論点から分析する」)。統治構造の改革、外交・安全保障、内政、政略、リーダーシップの五つを問うものです。総じて評点には辛いものがあります。しかし、「政治と国民とのつながりを取り戻さないと政党政治自体が立ち行かなくなってしまう」と分析する飯尾は、小沢は庶民感覚から近い位置にいると見ています。なお、上杉隆・ジャーナリスト「民主党を動かす見えない力」『ボイス』は、岡田克也・民主党副代表に、小沢が総選挙後に禅譲する可能性を示唆しています。
 総理の権力源泉は「政」(与党)、「官」(政府)、「世」(世論)であり、それらの支持を失ったがゆえの安倍・福田の退陣だと、中西寛・京都大学教授「福田退陣、ソ連末期に似る日本政治」『中央公論』は指摘しています。「(日本政治は)ソ連邦解体期にも比すべき権力の流動化状況にある」のです。この事実を深く認識しない限り、中西によれば、政治主導権は握れないのです。

 アメリカのプライム・ローンに発した金融危機は一段と深刻化しています。水野和夫・三菱UFJ証券チーフエコノミスト「十六世紀以来の『価格革命』」『中央公論』は、現今の状況を「二十一世紀の『革命』のプロセスの一環として理解する」必要を説いています。十六世紀に、食糧が八倍に高騰した後、新しい価格体系に移行したように、現在の原油・食糧価格高騰も、あと20年は続きそうです。山口泰・元日銀副総裁によれば、「新しい金融資産、新しい金融力が生まれてくるのは、自然なことでしょう。金融パワーの勢力分布が変化する」のです(「山口 泰氏インタビュー」『論座』)。
 にもかかわらず、日本は、金融やマーケティングなどに力を入れず、製造工程依存体質のままで、技術独裁主義に陥り、複雑な、かつての零戦や大和などのような、機能過剰な製品作りに精を出していると、堺屋太一・作家・元経済企画庁長官「零戦型ものづくりが日本を滅ぼす」『文藝春秋』は危惧しています。また、堺屋は、『現代』で山林地主・酒造業などの資産家が没落することによる、地方の疲弊を嘆いています(「二代目の研究 堺屋太一」)。二代目が活躍しているのは政治の世界だけで、地方では経済的基盤を失っているのです。

 経済的基盤と言えば、若者のそれには危ういものがあります。『世界』が「『若者が生きられる社会』宣言」を特集し、若者が置かれている現状を分析しています。小泉政権以降の「構造改革」は非正規労働者を激増させ、なおかつ低処遇の正社員が若年層で広がっているとのことです。
 遠藤公嗣・明治大学教授など8名による共同宣言「若者が生きられる社会のために」は、労働・社会保障政策の一大転換を提唱しています。労働者派遣法の改正、地域最低賃金の引き上げ、さらには「住宅確保要配慮者」に若者を加えることなどを喫緊の課題としています。
 働く者の間の格差解消には、非正規労働者と正規労働者(正社員)との別なく、「同一労働同一賃金」にしたほうがよいはずです。しかし、きわめて困難です。上の特集内の島田陽一・早稲田大学教授「正社員と非正社員の格差解消に何が必要か」によりますと、日本では、税制・社会保険制度が正社員である夫と専業主婦である妻という世帯を優遇するものだからです。従来、住居・家族給付・職業能力の養成など、企業がすべて担ってきました。特定企業に長期勤務することが優遇されてきました。これらを含め、すべてが見直しを要するのです。

 安倍政権のもと、麻生太郎外務大臣は、「価値の外交」「自由と繁栄の弧」を日本外交の新機軸として打ち出していました。自由・民主主義・基本的人権・法の支配・市場経済など「普遍的価値」を共有する「自由と繁栄の弧」を形成することを主眼とするものでした。その路線が明確な説明がないまま雲散霧消してしまったと、神保謙・慶應義塾大学准教授「日本外交における新しい規範・価値の模索」『論座』が分析しています。五百旗頭真・防衛大学校長によれば、福田総理も学者たちと闊達に討議し、日中間に新局面をまさに切り開かんとしたのですが(「五百旗頭 真氏インタビュー」『論座』)、成果を得る前の退陣となってしまいました。外交には基軸が必要なはずですが、担い手たる総理・外務大臣がこう頻繁に変わってはいかんとも致し方ありません。政治が停滞すれば、外交面にも即影響が生じます。とりわけ、領土問題に顕著です。
 東郷和彦・テンプル大学客員教授「日ロ関係を再構築するために」『世界』が北方領土交渉を歴史的文脈に位置づけ、かつ閉塞状況からの脱却を訴えています。佐藤優・作家・起訴休職外務事務官「渾身70枚! 佐藤優 竹島、遥かなり」『現代』は、竹島問題についての日本側の認識が不十分だとし、かつ外務当局の対応を糾弾するルポです。
 また、佐藤は、『中央公論』に「旧ソ連の亡霊“制限主権論”が復活した」を寄せ、ロシア・グルジア戦争の真相に迫ろうとしています。かつてソ連は「社会主義共同体の利益に反する場合、個別国家の主権が制限されることがある」としていました。その「社会主義共同体」を、メドベージェフ・ロシア大統領は、「ロシア帝国」と置き換え、グルジアから分離独立した二つの国家構築を試みているかのようです。そのような野望を打ち砕くべく世界は一丸となるべきと、佐藤は主張します。
 「前駐米大使・加藤良三氏インタビュー」『論座』は、6年余の大使経験を披瀝するものです。アメリカは多様性国家ゆえだからでしょうか、共和党・民主党、北部・南部、ペプシコーラ・コカコーラ、なんでも二つに収斂する、とのことです。野球でもアメリカンリーグにナショナルリーグです。日米安保は日本外交の基軸ですが、近隣外交も重要です。近隣外交に成功してこそ日本の戦略的価値は高まるのです。加藤は、「エンターテイメント」に流れ、「インフォメーション」ならぬ「インフォーテインメント」に走っていると、ジャーナリズムにも苦言を呈しています。また、最近、アテンションスパン(関心持続期間)は短くなる傾向がありますが、それに一番向かないものの一つが外交だそうです。

 北京オリンピックが終了しました。その総括的な企画としては、『中央公論』に、川島真・東京大学大学院准教授「未完のオリンピック―過去と未来の分水嶺になるか」と高原明生・東京大学教授「祭りは終わり、課題山積の日常が戻る」があり、『文藝春秋』に北島康介「勝った、泣いた、大和魂だ」がありました。『諸君!』の古森義久・ジャーナリスト「『五輪ボケ』中国に明日はない」は、今後の共産党一党独裁体制を問題にするものです。

 今月号をもって95年3月創刊の『論座』は、休刊となりました。今月は同誌の論考をつとめて取り上げました。他にも、柄谷行人・評論家×山口二郎・北海道大学教授×中島岳志・北海道大学准教授「現状に切り込むための『足場』を再構築せよ」など好企画がありましたが、紙幅がつきました。

(文中・敬称略)

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