月刊総合雑誌08年11月号拾い読み (08年10月20日・記)

 麻生太郎・総理大臣が異例なことに「強い日本を! 私の国家再建計画」を『文藝春秋』に寄せています。国会での所信表明演説と同様、「堂々と私とわが自民党の政策を小沢(一郎・民主党)代表にぶつけ、その賛否をただしたうえで国民に信を問おう」との意気込みを表明したものです。現在の景気を「全治三年」と診断し、景気対策、財政再建、改革による経済成長の三段階による日本経済再建を提起します。ただし、この論考では、それらは詳らかとは言えません。
 挑戦状をつきつけられた形の民主党側は、菅直人・代表代行と鳩山由紀夫・幹事長がインタビューに応えていました。菅は、『現代』で「革命政権が“自民党官僚癒着政治”を終わらせる」と、次の総選挙後の政権交代は確実だと明言しています。鳩山も官僚支配を一掃するような政権交代を訴えています(「小沢は命を賭して総理になる」『文藝春秋』) 。また、鳩山は、小沢個人の資質や覚悟をあらためて詳述しています。

 現在の政治状況を佐々木毅・学習大学教授は、「自己管理できない政党が日本を蝕んでいる」との題目で『中央公論』で分析しています。「政治改革の中で誕生した細川政権から小泉政権の前までの間に、政党の解体が起っていた」のです。支持率が下がっても、小泉純一郎という人に丸投げして、トップを支える組織を地道に整備することを怠ってきたのです。十分な党内手続きを踏んで公約を作成し、選挙に勝利する以外、政党政治建直しはありません。また行政を小さくするとしても政府は弱くてはなりません。日本が目指すべきは、小さな政府・弱い政府ではなく、政府は小さいとしても、“強い政治、強い政府”なのです。
 小泉改革の位置づけがいまだ不明確です。山口二郎・北海道大学教授は、「結局のところ、現状は省くべき無駄が放置されたまま、削ってはいけないところにばかり手を突っ込んで」、ミニマムの保障の部分での不安感を増幅したと否定的です(竹中平蔵・慶應義塾大学教授との対談「新自由主義か社会民主主義か」『中央公論』)。対する竹中は、小泉政権下の改革の正当性を繰り返し説き、「改革が道半ば」なことを憂えています。
 自民党総裁選に出馬した与謝野馨・経済財政担当大臣は、田原総一朗・ジャーナリストの質問に答えるかたちで、麻生政権の政策課題を語っています(「麻生・小沢のバラマキ路線で大丈夫か」『中央公論』)。消費税は、再来年から1年に1%ずつ、5年がかりで5%上げざるを得ない、とのことです。

「日本経済の地位低下に伴って、日本の国力そのものも低下している。(中略)とくにアジアで日本がそれなりのプレゼンスを発揮しようと思うならば、経済力の維持・向上はその最低限の前提であろう。そこにきてこの金融危機である」と嘆き、デフレからの脱却をはかり、一定の経済成長を達成すべきだと、若田部昌澄・早稲田大学教授「日銀不況 白川総裁の失政を問う」『文藝春秋』は提言しています。「財政再建も格差解消もすべてはデフレ脱出にかかっている」ようです。日銀に早急の政策転換を求めています。

 格差は、貧富の問題だけでなく、中央と地方の間でも深刻です。この問題に対処するに、丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長・地方分権推進改革委員会委員長は、前鳥取県知事の片山義博・慶應義塾大学教授と『世界』で対談(「地方分権を国のかたちを変える起爆剤に」)し、「仕事が移れば人と金が移る」と、地方政府の確立を主張しています。片山も同意見であり、さらに彼は、『中央公論』にも、「国家の再生を阻む中央の“統制”を解除せよ」を寄せ、中央の官僚のあり方を斬って捨てています。中央の官僚に問題ありとするのは、保阪正康・ノンフィクション作家「新・官僚亡国論」『文藝春秋』も同様です。現在の霞が関エリートをかつての軍官僚になぞらえ、彼らによって、国民はふたたび「敗戦」に突き落とされるのではと危惧しています。

 雇用環境が深刻な事態に陥っているので、戦前のプロレタリア文学の代表的作品「蟹工船」がベストセラーになり、志位和夫・日本共産党委員長の国会質問がインターネット上で喝采を浴びたとのことです。この現象を読み解くべく、『諸君!』は、井上章一・国際日本文化研究センター教授「『蟹工船』小林多喜二は『サルマタ三枚重ね』で勝負する」、浅羽道明・著述業「共産党に入るキミたちへ せめて、これくらいは読んどけよ」を掲載しています。『正論』には筆坂秀世・評論家(元参議院議員・元日本共産党政策委員長)「“上げ潮”日本共産党の虚実」があり、『文藝春秋』には奥野修司・ジャーナリスト「共産党は“貧困ブーム”で勝てるか」がありました。ただし、上記の現象は、必ずしも共産党の党勢伸長には繋がってはいないようです。

 北朝鮮の指導者・金正日の健康不安説が流布していますが、11月号に関連の論考を拾いますと、以下があります。『正論』には惠谷治・ジャーナリスト「金正日死亡・重病説の深層」、重村智計・早稲田大学教授「ポスト金正日」があり、洪熒・早稲田大学客員研究員「金王朝の『三代目継承』は、もはや不可能である」『諸君!』、伊豆見元・静岡県立大学教授「金正日の『異変』と核問題の漂流」『中央公論』、鈴木琢磨・毎日新聞編集委員「“独裁者”金正日が消えた日」『文藝春秋』等々。日本にとって大きな問題であり、多くの雑誌が扱うのは当然でしょうが、未確認情報が多く、今後の推移を見守らざるを得ないようです。

 中西輝政・京都大学教授が「覇権の終焉」と題し、『ボイス』で大ぶりの議論を展開しています。「GATT-IMF体制の破綻」「挫折したNATO拡大戦略」「中ロの圧力・日本の岐路」が中見出しです。これだけでも、その議論の方向性は感得できるでしょう。“パックス・アメリカーナ”が全面的に崩壊した後の日本が直面する課題を問うものです。社会保障の再整備、教育、財政再建、外交・軍事機能の拡大が必要です。つまり、多極化した世界への対処が遅れた日本は、再度、「国づくりの基礎」にしっかり目を向けなくてはならないのです。
 現今の政策課題は多岐にわたります。どの政党が期待に沿うのか、どの政党に投票すべきか、悩むところであり、総選挙の予測には困難が伴います。なお、今井亮佑・首都大学東京准教授「総選挙に吹く『風』を弱める『候補者重視』の有権者」『中央公論』によれば、総選挙では参議院選挙とは違い、その時々の「風」よりも候補者が重視されるとのことです。だからこそ、小沢代表は選挙区での地道な活動を候補者に求めているのでしょう。

 汚染米事件が起きましたが、問題の根源は日本人がお米を大事にしてこなかったことにある、と井上ひさし・作家「日本人よ、今こそコメを食べよう」『文藝春秋』は憂えています。稲作農家の時給はたったの256円でしかなく、これでは農家は暮らしていけません。また、水田はダムとして水を調節してきているのです。外国からのコメの輸入をやめ、食糧の自給率を高めるためにも農家への戸別補償を行うべきだと提言しています。コメはもともと栄養のバランスのよい穀物で、コメ中心の食生活はメタボ対策にもなりそうです。農業政策・農家への対応は、今後の政治の焦点の一つとなります。

 中国人芥川賞作家・楊逸が、彼女が最も敬愛する日本人作家・筒井康隆と『中央公論』で対談(「未熟な日本語こそが最大の武器になる」)し、日本語表現の可能性を探っています。筒井は、楊の稚拙と評される日本語こそ、外側からの批判となり、“異化効果”となると評価します。楊はさらに、『文藝春秋』でイタリア生まれのP・ジローラモ・エッセイスト、スイス生まれのD・ゾペティ・作家と日本語習得の秘訣を披露しあっています(「私たちの日本語練習ノート」)。日本語を母国語としない彼らのほうが、日本語の機微や繊細さに敏感です。

 『世界』は「衰弱するメディア」の名のもと、二人のジャーナリスト(池上彰×二木啓孝)による対談「ジャーナリズムの『地盤沈下』は止められるか」や現場記者座談会「新聞の危機の深層に何があるのか」、中川一徳・ジャーナリスト「テレビに反省はない」などを掲載しています。『論座』の休刊もあり、総合雑誌の危機が言われていますが、『世界』によれば、雑誌・新聞などの活字メディアはもとより、テレビなどの映像メディアも危機的状況にあるのです。この国では、政治・行政はもとより、経済もおかしくなっている昨今、メディアまでかかる状況では、前途は暗いとしか…。

(文中・敬称略)

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