月刊総合雑誌09年2月号拾い読み (09年1月20日・記)
実質的な新年号は2月号です。その2月号で『中央公論』は、「世界は無極化するのか」を特集しています。 同特集内で、中西寛・京都大学大学院教授「国際社会を待ち受ける均衡と軋轢の半世紀」は、一極による世界秩序維持は不可能になり、世界が無極化している様相を描き、その中での日本の方途を探っています。アジアでリーダーシップをとることが求められているにもかかわらず、内政の混乱によって、その役割を果たせずにいる現況を、中西は憂慮しています。北岡伸一・東京大学教授は、無極化を「主要国間協調の時代」と表現しています(「主要国間協調の時代における日本の責務」)。北岡は、日本は国連において安保理改革・常任理事国入りを追及すべきと、国連大使時の体験をふまえ、提唱します。
谷内正太郎・早稲田大学教授・前外務次官は、手嶋龍一・外交ジャーナリスト・作家との『文藝春秋』での対談(「日本よ、オバマを恐れるな」)で、日本の国力は、経済力、科学技術力、政治的安定性の三点に集約されると説いています。谷内によれば、日本は、政治的には安定していますが、政治的リーダーシップが不安定なのが問題なのです。日米関係では、「(戦争に)巻き込まれる恐怖」と「(日本の事情を優先すると)見捨てられる恐怖」にさらされているとのことです。「対等性と双務性」を高めていく努力が求められているのです。
「アメリカが自壊の道を辿っている」とし、「第二次大戦以後、日本人が初めて自由な思考のための環境を手にしたといえる」と、中西輝政・京都大学教授「日本自立元年」『諸君!』は、指摘しています。ただし、「『日本再建』のためのバイタリティを秘めた政治勢力が、国内政治のどこにも見あたらない」ことを、中西寛や谷内と同様、慨嘆しています。
08年度ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン・米プリンストン大学教授が『ボイス』に登場しています(「オバマノミクスに期待する」)。オバマ新大統領下の米政権は、「日本の経験から学んだことを行ない、さらには日本よりも優れたやり方で実施する必要がある」とこのことですが、その詳細は明らかではありません。
ビル・エモット・英『エコノミスト』元編集長「米国の再生、中国の危機」『ボイス』は、日本銀行に「量的緩和政策」の実施を迫ります。量的緩和とは、「日銀が紙幣を増刷し、民間企業の社債や国債を直接買い付けて、経済活動を活発化すること」です。エモットは、法案を円滑に通過させ、多くの改革を実施し、果断に行動する政府が日本に必要だと熱く説き、衆議院選挙後の日本に期待を寄せています。
渡辺喜美・衆議院議員・元金融相「麻生総理では日本滅亡の道」『文藝春秋』も、「一刻も早く党利党略を捨て、国民の審判を仰ぐべきなのだ」とし、総選挙後には挙国一致の「危機管理内閣」を作るべきだと主張しています。
世界的な金融危機のなか、各国とも大胆な景気対策・財政政策を打ち出す必要があります。しかし、日本の場合、膨大な政府債務があります。そこで、3年後からの消費税引き上げを決定したうえのでの景気刺激策を採るべきだと、伊藤元重・NIRA理事長・東京大学教授「消費税10%で日本を救う法」『ボイス』は提言しています。なお、「(日本では)皆が不安から消費を抑え、それがかえって景気を悪くしているのだ」そうです。国民に安心感をもってもらい、消費に向かってもらうためにも政治的安定が必要となります。 安心感の形成は労働環境の変化とおおいに関係があります。労働環境の悪化の主因を小泉政権下の構造改革とアメリカ一辺倒の諸施策だとするのが、労働組合の活動家としては珍しく『正論』に寄稿している高木剛・日本労働組合総連合会会長(「今こそ小泉構造改革の“迷夢”を断ち切れ」)です。高木は、わが国の労働組合の多くが企業別組合のため、企業のリストラ策への追随を余儀なくされ、非正規労働者問題を引き起こしたことを反省しています。あらためての雇用システム・社会保障の再構築などに貢献するとの決意を表明しています。
橋下徹・大阪府知事が元気です。『文藝春秋』では、堺屋太一・作家・元経済企画庁長官と対談(「暴れん坊知事、官と戦う」)しています。財政破綻の危機的状況や官僚による改革への抵抗など、いわば病巣は国も地方も同様です。堺屋は、まず大阪で改革し、「大阪でやったことを国でもやろう」と進展することを期待しています。『中央公論』では、猪瀬直樹・作家・東京都副知事と対談(「東京・大阪の連合軍が霞が関に『乱』を仕掛ける」)し、東西の二大自治体が連携し、無駄な行政を排すべく、地方分権確立へ向かう道筋を探っています。 現今の「国と国民の絶対的距離感」を重視するのが、財部誠一・経済ジャーナリスト「北欧モデルの活かし方」『ボイス』です。北欧のように政治・行政と国民の距離を劇的に近づけるべきであり、外交・防衛・警察・財務など最低限の仕事以外は道州に権限・財源を移譲すべきと展開しています。 財部の論考は「特集U 道州制繁栄論」の一環ですが、同特集では、高橋洋一・東洋大学教授も、「霞が関の裏を知り尽くす論客が直言!」との謳い文句のもと、「幸福度を高める道州制プラン」で日本での地方分権のあり方を詳述しています。いずれにしても、従来のような行政はもはや通用しないようです。
「この五月から、日本で裁判員制度が始まります」と論を起こし、裁判員制度導入に真っ向から反対するのが、高村薫・作家「裁判員制度は狂気の沙汰」『ボイス』です。死刑か無罪かを3日で決めるような刑事裁判を一般市民が裁くようになると難じています。玄侑宗久・作家・臨済宗福聚寺住職「裁判員は日本人の美徳を壊す」『文藝春秋』は、宗教上の理由から、裁判員制度に反対します。「人を裁きたくない」との感覚は、「日本人の最後の美徳」とのこと。しかし、それを理由にしての辞退は認めらません。これでは、「憲法で保障された信教の自由さえ脅しかねない問題」と玄侑は憂えます。 裁判員制度には、始まる前から反対の声が強くなってきています。その実際の運用面に危うさを感じざるをえません。
「今一番大きな問題は、経済の不安ではない」とするのは、五木寛之・作家「衰退の時代に日本人が持つべき『覚悟』」『中央公論』です。「心の恐慌」、「魂のクレジットランチ」に世界の人々が直面しているとのことです。世界中で、政治も経済も「『いけいけどんどん』の『躁』の状態から、暗澹とした『鬱』の状態になってきているのです」。西洋文明に染み込んだ人間中心主義と一神教ではなく、多神教的な日本の思想こそ、今後の世界に寄与できる可能性を秘めている、と五木は言います。 李登輝・元台湾総統「『学問のすゝめ』と日本の伝統」『ボイス』も勇気づけてくれます。「外来の文化を巧みに取り入れながら、自分にとってより便利で都合のいいいものに作り変えていく――このような新しい文化の造り方というのは、私は一国の成長、発展という未来への道にとって、非常に大切なものだと思っております。そして、こうした天賦の才に恵まれた日本人が、そう簡単に貴重な遺産や伝統を捨て去るはずはない」。李によれば、日本文化とは「高い精神性と美を貴ぶ心の混合体がつくりあげた日本人の生活によるもの」で、日本・日本人特有の精神は、「大和魂」あるいは武士道です。 上のような五木や李の論考もあるのですが、『中央公論』の特集「大学の絶望」によりますと、日本の知的世界の方途は決して明るくありません。竹内洋・関西大学教授・京都大学名誉教授×鷲田清一・大阪大学総長「下流化した学問は復活するか」は、大学から教養が失われていることや、「学問自体の揺らぎ」を問題にします。さらには、昨年は日本人の科学系のノーベル賞受賞者が4人も出たのですが、理工系教育の現状は、研究者間、大学・研究所間の格差が拡大する一方で、深刻です(竹内薫・科学作家「亡びゆく日本の理工教育」)。
『世界』の特集は「オバマ新大統領の挑戦」で、巻頭は荒このみ・東京外国語大学教授「三千年期の新しい夜明け」です。荒は、オバマの演説の力・すばらしさを分析し、さらに、経済的に豊かでなかった青年が大統領にまで登りつめることを可能にしたアメリカの教育・奨学金制度を称揚しています。
(文中・敬称略) |