月刊総合雑誌09年3月号拾い読み (09年2月20日・記)
金融危機の影響下、「派遣切り」が話題となっています。この問題に関し、『ボイス』は「話題のテーマに賛否両論!」として、奥谷禮子・ザ・アール社長「『社会が悪い』は本末転倒」と楠正憲・国際大学GLOCOM客員研究員「ロスジェネを見捨てるツケ」の相対立する論考を掲載しています。 奥谷は「派遣切り」に遭った人々を被害者として持ち上げているとメディアの報道姿勢に異を唱えています。それに対し、楠は、いわゆる「失われた十年」の就職氷河期に社会へ出た「ロスト・ジェネレーション」を中心に論じ、「新卒時に正規雇用されず、非正規として働いてきた若者が派遣切りに遭えば「自己責任」とされ、再チャレンジも許されないと、現況を問題視しています。
『中央公論』の「特集 大失業時代の闇」の巻頭座談会「聖域なき雇用危機」も「派遣切り」が主テーマです。雨宮処凛・作家は、年末年始に都心・日比谷公園に作られた「年越し派遣村」はたった五日間だったが、ポジティブに政治を動かしたと総括しています。小杉礼子・JILPT統括研究員は「入居初期費用や上限100万円の生活・就職活動費が貸与」されるようになったことを評価しています。それに対し、城繁幸・人事コンサルタントは、特定政党に利用されたのでは、と疑義を呈しています。八代尚弘・国際基督教大学教授は、生活保護全体を効率化するためにも住宅に重点を置くことを求めています。鈴木謙介・社会学者は、単に「自己責任だ」とすることから「流れが変わり始めている」、「政治が立ち上がる可能性があるとしたら」、それにかけたいとのことです。
財界一の論客といわれる丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長が、『文藝春秋』で「『派遣切り』企業だけが悪いのか」のタイトルで、「年越し派遣村」で支援活動を行った湯浅誠・自立生活サポートセンターもやい事務局長と対談しています。二人の立論にそれほど大きな懸隔はありません。湯浅の「全労働者の三人に一人を占める非正規労働者に対して、社会的緩衝材となるべきセーフィティネットが整備されていない」との問題提起に対し、丹羽は「規制緩和というアクセルばかりを踏みすぎて、セーフティネットの整備というブレーキがおざなりだった。その結果、様々な格差が拡大しすぎました」と応じています。
規制緩和、ひいては格差拡大について、「構造改革論者」の急先鋒だった中谷巌・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長も、『文藝春秋』に「竹中平蔵君、僕は間違えた」を寄せ、「改革」の負の部分を総括し、「あるべき社会とは何かという問いに答えることなく、すべてを市場まかせにしてきた『改革』のツケが、経済のみならず、社会の荒廃を招いてしまった」と懺悔しています。
「いま、日本はこれまで経験したことのない大不況の入口に立たされている」と野口悠紀雄・早稲田大学大学院教授「GDP10%減 大津波が来る」『文藝春秋』は警鐘を鳴らしています。野口によれば、小泉改革は構造改革を看板に掲げていましたが、その経済政策の実態は「既存の輸出産業を温存するための政策であり、輸出バブル促進政策だった」のです。そのため、アメリカや中国よりも、今回の金融危機の影響をより深刻に受けることになったのです。短期的には日銀引受け国債30兆円、長期的には産業構造の転換を提唱しています。
アメリカの自動車産業のメッカ・デトロイトの惨状を詳述するリポートがありました(町山智浩・映画評論家・コラムニスト「ビッグ3落城 廃墟の街を往く」『文藝春秋』)。
一方、日本を代表する企業、自動車産業をリードするトヨタ自動車も赤字に転落しました。「トヨタショック」とまで言われています。その核心に、井上久男・ジャーナリスト「覇者トヨタに何が起きたのか」『文藝春秋』が迫ります。拡大一辺倒の中長期の計画に対応すべく工場建設を進めた結果、過剰設備に陥ったのが、主因のようです。
しかし、張富士夫・トヨタ自動車会長は、北米市場の活況にひきづられ、日本で売る車種もアメリカに合わせて大きくなってしまったと反省していますが、あくまでも強気です(「危機こそ『改善』のチャンスだ」『文藝春秋』)。今後も研究開発費は削減しませんし、「もう少しスマートな形で復活しようと思っています」とのことです。6月に創業家出身の豊田章男・副社長(52歳)が社長に昇格します。張は、新社長の若さと「現場主義」に期待を寄せています。
トヨタの赤字は、「すばやい在庫調整を行なうことで生じた『良い赤字』だ」と指摘し、三村明夫・新日本製鉄会長・日本経団連副会長「『良い赤字』で日本を復活させよ」『文藝春秋』は、悲観論を排します。産業連携など日本型経営の良い面を活かしていけばよいのです。三村によれば、「日本企業には危機を克服するDNAが埋め込まれている」のです。
「『ものづくり』の本質を理解し」、「こういうときこそ『オタオタするな』」と日本企業を激励するのが、藤本隆宏・東京大学大学院教授・ものづくり経営研究センター長「日本型『ものづくり立国』は滅びず」『文藝春秋』です。現況では業績は落ちてもやむをえません。このようなときこそ、「高い現場力を温存・強化できるか否かで、次の回復期に決定的な差」が出ますし、「今こそ正念場だ」そうです。
昨年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン・米プリンストン大学教授が、今月は、『中央公論』に登場しています(「ためらいなき財政出動こそが問題を解決する)。世界金融危機の引き金は米証券会社やヘッジファンドになどによる「影の銀行システム」だったと指摘し、それのグローバルな規制を求めています。また米政府の速やか、かつ巨額の財政出動の必要性を説いています。
「日本経済にとって円高円安のどちらがいいか」との議論があります。そのような議論は、ロバート・フェルドマン・モルガン・スタンレー証券マネージングディレクター「為替不安が吹き飛ぶ成長戦略」『ボイス』によれば、あまり意味がないとのことです。為替の問題は副次的なものにすぎなく、生産性を高める改革を進め、景気を活性化することで内需を高めるべきなのです。労働市場の流動性を高めることや農業の生産性向上が求められます。
経済面だけでなく、政治に多々問題がありそうです。
中川秀直・衆議院議員・元自民党幹事長は、『中央公論』での田原総一朗・ジャーナリストとの対談「次の総選挙で日本版ニューディール連合を提唱する」で、「日本の政治を変えるためには、もはや新しい枠組みを構築すること以外にない」とし、「“ソサエティ、コミュニティを重視する政府”」、「保守の“第三の道”とも言うべき路線」を目指すそうです。
太田昭宏・衆議院議員・公明党代表「グローバル経済と共生できる日本を救う五つの処方箋」『中央公論』は、自らの党の位置を「自民党との連立の中で、わが党は、常に中小企業や生活者の立場に立ちつつ、連立与党内で自民党の足らざる部分を補ってきたという自負がある。かつてないほどに庶民の生活が脅かされている今は、まさに公明党の出番である」と明示しています。
自民党を離党した渡辺喜美・衆議院議員は江田憲司・衆議院議員と対談(「政治を国民の手に取り戻す」『ボイス』)しています。渡辺は「脱官僚」「地域主権」「生活重視」のための国民運動を大々的に展開すると意気込んでいます。
選挙民の意識は、先の対談で中川が指摘しているように、自民党には飽き飽きしているが、民主党にも信がおけない、といったところでしょうか。まさしく統一した国家ビジョンはないし、支持層は軟弱など、民主党も死角だらけです(伊藤惇夫・政治アナリスト「臨床政治学」『中央公論』)。
水村美苗・作家の『日本語が亡びるとき』(筑摩書房)が大論議を巻き起こしています。インターネットの出現により、普遍語たる英語が、史上例がないほど力を有し、「国語」としての日本語は衰亡の危機にあるのです。水村は、『中央公論』(「世界中から『国語』がなくなる日」)と『ボイス』(「日本語は奇跡の言葉」)に登場しています。併読するとよいでしょう。
『文藝春秋』には、第140回芥川賞発表があり、受賞作(津村記久子「ポトスライムの舟」)と選評が掲載されています。
(文中・敬称略) |