月刊総合雑誌09年9月号拾い読み (09年8月20日・記)

 『歴史の終わり』などで知られるフランシス・フクヤマ・米ジョンズ・ホプキンス大学教授が『中央公論』で、中国の興隆について述べています(聞き手・会田弘継・共同通信編集委員兼論説委員「日本よ中国の世紀に向き合え」)。台頭する中国をいかにグローバルな枠組みに取り込んでいくかが問われているのです。日中の反目はもちろん、また日米で中国に対抗するなどは、アジア諸国からも歓迎されないとのことです。
 と同時に、フクヤマは、いまだ中国には「政府が市民に対して責任を負うという感覚」が生まれていないことが腐敗政治につながっていると指摘しています。さらに、中国経済には失速の可能性がありそうです(三橋貴明・経済評論家・作家「中国経済・偽りのV字回復」『ボイス』)。

 また、昨年のチベット騒乱に続き、7月初め、新彊ウイグル自治区で大規模なウイグル族と漢族の衝突が起こりました。その経緯は、清水美和・東京新聞論説委員「世界の潮―『中華振興』揺るがす新彊騒乱」『世界』に詳しいものがあります。中国政府によって事件の首謀者として激しく攻撃されているラビア・カーディル・「世界ウイグル会議」主席が亡命先のアメリカから緊急来日し、『文藝春秋』に登場しています(「『ウイグルの母』が語る祖国の惨状」)。ラビア主席たちに共鳴する論考には、関岡英之・ノンフィクション作家「日本人よ、中国の民族浄化に沈黙するなかれ」『正論』などがあります。
 先の清水によれば、イスラム教徒がほとんどのウイグル人たちは、新彊ウイグル自治区を東トルキスタンと呼び、これまで2度の独立宣言をしたことがあります。しかるに、新中国建国以来、漢族の流入が激しく、かつ清水の表現によれば、「政府が『反テロ戦争』の名目で民族運動弾圧を強めたことは民族間の憎悪を掻き立て」てしまったのであり、「ウイグルの民族意識の高揚」と「中国の『富強』化に伴い空前の高揚を見せる漢民族主導の中華民族概念」とのせめぎ合いが問題なのです。隣の大国の今後の推移を注意深く見守る必要があります。

 日本、ひいては世界にとって大事なもう一つの大国・アメリカは、日本の民主党が政権を獲得した場合、日米関係の絆が弱まると懸念している、と古森義久・ジャーナリスト「民主党に失望するアメリカ」『ボイス』は言います。
 日米間には、核をめぐる密約問題も急浮上してきています。吉野文六・元ドイツ大使×村田良平・元外務省事務次官(インタビュア・保阪正康・ノンフィクション作家)「核・沖縄返還『四つの密約』を明かす」『文藝春秋』によれば、日米間に、四つの密約があったのです。第一の密約は、60年の安保改定のおり、核を積んだ米軍艦船・航空機の寄港・領海通過の事前協議不要を確認したもの。第二は、やはり安保改定のおり、朝鮮有事の際、事前協議なしに在日基地からの米軍の出撃を認めたもの。第三は、72年の沖縄返還時、有事の際に沖縄への核再持ち込みを容認したもの。第四も沖縄返還時のことであり、米軍用地の原状回復費用の肩代わりの約束。村田によれば、核密約は、米軍の原子力空母が佐世保に入港するだけで大騒ぎが起きたくらいなので、「国民感情に敏感に響く核の話はなるべく伏せたい気持ちが当時の政府にはあった」からだとのことです。
 太田昌克・共同通信編集委員「日米核密約 安保改定50年の新証言」『世界』は、上の第一の密約とその後の密約管理の実態を詳述しています。次官引き継ぎ用のメモの他、英文の「機密討論記録」が外務省内に保管されていたのですが、01年4月の情報公開法施行を前に破棄された可能性大だそうです。また、外務官僚は「長続きしそうで『立派な』外相だけに核密約のことを教えていた」そうです。総選挙後の新政権は、真相解明を進め、アメリカ政府と相談の上で、密約を破棄すべき、と太田は提言しています。
 伊奈久喜・ジャーナリスト「核『密約』は歴史となって民主党政権に宿題が残る」『中央公論』も、先の古森と同様、民主党政権下の日米関係を危惧しています。密約問題への対応を含む、外交・安全保障政策が政権のアキレス腱になる、と伊奈は予見しています。
 外務省のラスプーチンと呼ばれていた佐藤優・作家・元外務省主任分析官は、「核密約と外務省の闇文書」『中央公論』で、日本は外交を根本から立て直さなくてはならない状況にあるとし、村田元次官の証言を以下のように高く評価しています。「新・帝国主義の時代に転換する中で、各国は国家体制を強化している。その大前提として、国家が国民から信頼されなくてはならない。そのために村田氏はひとりでリスクを背負って真実を明らかにしたのだ。こういう元外務省幹部がいることを筆者は誇りに思う」。
 佐藤は、背任と偽計業務妨害で起訴され、7月初め、上告棄却、有罪(懲役2年6月、執行猶予4年)が確定したことを受け、「わが内なる反省―どこで決定的過ちをおかしたのか」と題する手記を『正論』に寄せ、「(国民を無視してでも)有力な政治家と提携していれば北方領土交渉が進められるという発想が、結局、私自身の落とし穴を用意したのだと思う」と綴っています。

 鳩山由紀夫の旗印たる「友愛」は、フランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」の「博愛」を指すとのことです(鳩山由紀夫・民主党代表「私の政治哲学」『ボイス』)。「EUの父」と讃えられるクーデンホフ・カレルギーの書(『全体主義国家対人間」』)を翻訳・引用した、祖父・鳩山一郎に学んでのことです。現時点での「友愛」は、「グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統のなかで培われてきた国民経済との調整をめざす理念といえよう。それは、市場至上主義から国民の生活や安全を守る政策に転換し、共生の経済社会を建設することを意味する」のです。さらに、鳩山は、地域主権国家の確立やアジア共通通貨の実現などをうったえています。
 『文藝春秋』の「特集 誰も知らない民主党研究」の巻頭は、佐野眞一・ノンフィクション作家&特別取材班「鳩山由紀夫『個人資産86億円』のルーツ」です。四代にわたる政治家一家であり、そのうえ母・安子を介してのブリヂストンの石橋家の力もあずかっての資産力です。しかし、今後、「故人献金」「偽装献金」が綻びのもととなりかねない、とのことです。
 同特集内の遠藤浩一・評論家・拓殖大学大学院教授「右から左まで『民主党の人々』」、山村明義・政治ジャーナリスト「『次期文科相』輿水東と日教組の蜜月」、伊藤惇夫・政治アナリスト「小沢チルドレン100人で『田中派』復活」は、民主党内の人脈の錯綜を描き、小沢一郎による大派閥の形成などに警鐘を鳴らしています。民主党は高速道路無料化を打ち出しています。それに対し、同特集内で、猪瀬直樹・作家「『高速無料化』最後に笑うのは役人だ」が、結局、借金返済に税金が投入されることになり、官の肥大化をもたらすだけだと、民主党に「勇気ある撤退」を求めています。
 脱「官僚」を掲げる民主党に、鳥取県知事の体験から独自の助言につとめるのが、片山義博・慶應義塾大学教授「覚悟と準備がなければ、即、霞が関のポチになる」『中央公論』です。税金を国からの分配に期待する全国知事会の地方分権論を斬って捨てます。そのうえで、財源の裏付けがないと民主党を批判する自民党は、そして財務省も財政の実態を明示していないとし、民主党は政権奪取の暁には財政の暗部を暴くことから始めるべきであり、その力量の有無でその後の評価が定まるとのことです。 
 竹中平蔵・慶應義塾大学教授×山口二郎・北海道大学大学院教授「市場か、政府か、今こそ選択の時」『中央公論』は、主に社会保障・医療に関しての討論ですが、総選挙後の政策課題を把握できます。

 9月号には、戦争・戦後関連の論考が掲載されるのが常です。『文藝春秋』の「総力特集 そのとき私は戦場にいた」には、20人が「極限の思い出」を寄せています。また、『中央公論』には、第3特集ですが、井上寿一・学習院大学教授「敗戦国民の揺れた精神史」などによる「『戦後』を再考する」があります。
 最後に『文藝春秋』の第141回芥川賞発表を紹介しましょう。受賞作は、磯崎憲一郎の「終の住処」です。目次の惹句には、「44歳三井物産次長が紡いだ『時間』と『家族』の物語」とあります。

(文中・敬称略)

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