月刊総合雑誌09年10月号拾い読み (09年9月20日・記)
8月30日に行われた第45回衆議院選挙は、民主党の大勝(308議席)、自民党の惨敗(119議席)に終わり、9月16日、鳩山由紀夫が第93代総理に指名され、鳩山民主党内閣が発足しました。
『中央公論』の第一特集は「日本政治 激動の再出発」です。巻頭は、北岡伸一・東京大学教授と御厨貴・東京大学教授との対談「政権交代で始まる不可逆的な地殻変動」です。北岡は、新人ばかりの素人集団だとの民主党への懸念は無用だとします。かえって指導者が強力なリーダーシップを発揮でき、速やかな行動ができると期待しています。御厨も、民主党の政策への「バラマキ」との批判がありますが、「子ども手当」などの直接給付を画期的と評価しています。自民党による従来の間接給付は、天下り役人を抱えた「給付団体」が中間マージンを受け取るシステムが構築されていたからなのです。人材面でも、民主党に自民党は逆転されたと、二人は言います。少なくとも政権発足後の「ハネムーン」といわれる100日間は冷静な報道に徹すべし、とマスコミに自重を求めています。
零細企業を大企業へと育て上げた体験から、「過去のしがらみを全て壊して、新しい日本という容れ物をつくらなければならない」と政権交代を切願してきた稲盛和夫・京セラ名誉会長が「鳩山民主よ 勝って兜の緒を締めよ」を『文藝春秋』に寄せています。「自民党の地盤沈下によって相対的に民主党が浮上したにすぎない」とし、だからこそタイトルのような姿勢を新政権に求めています。
民主党に「親米入亜」をキーワードに、日米中の関係を「正三角形により近付けるような」外交戦略をと提言するのが、寺島実郎・日本総合研究所会長「米中二極化『日本外交』のとるべき道」『文藝春秋』です。「東アジアに軍事的空白を作らない形での米軍基地の段階的縮小と地位協定の改定」を目指すべき、とのことです。
同じ『文藝春秋』で、榊原英資・早稲田大学教授「『成長戦略』などなくても良い」は、「農家の戸別所得補償制度」、「暫定税率の撤廃」、「高速道路の無料化」、「子ども手当」など、民主党がマニフェストに掲げた政策を全面的に支持しています。榊原によれば、当面は、国債発行を財源にして、景気対策と経済構造改革に着手すべきなのです。
田村建雄・ジャーナリスト「地検特捜が狙う鳩山『幽霊献金』」『文藝春秋』は、鳩山の「偽装献金問題」を取り上げ、親族からの献金が匿名献金とされていて、政治資金規正法違反に止まらず、贈与税脱税の可能性ありと指摘しています。
「偽装献金問題」で鳩山政権が倒れる可能性は低いとし、なおかつ倒れたとしても大勢に影響がないとするのが、伊藤惇夫・政治アナリスト「“小沢支配”に振り回される民主党政権の不安な船出」『中央公論』です。選挙結果で「最も民主党内で力をつけるのは、鳩山氏ではなく小沢氏だから」です。
「献金問題を何とか乗り切っても、せいぜい持って一年」として、ポスト鳩山を論ずるのが奥野修司・ジャーナリスト「岡田と菅『新権力者』の肖像」『文藝春秋』です。後継者として目されるのは菅直人と岡田克也。菅は「すぐにイライラして感情を爆発させる」ので「イラ菅」、岡田は「政策ロボ」「原理主義者」と揶揄される側面があるとのこと。二人とも優秀な実務家ですが理念を積極的に訴えようとしない、と二人の資質に「何かが欠落している」と批判的です。ちなみに「政治部記者53人アンケート 民主党議員『実力ランキング』」『文藝春秋』でのナンバー10は、小沢一郎、岡田克也、鳩山由紀夫、菅直人、長妻昭、野田佳彦、前原誠司、福山哲郎、そして同点で平野博文・藤井裕久の順です。
伊藤雄一郎・政経コンサルタント「『脱官僚』鍵は国家戦略局」『文藝春秋』は、「明治以来、脈々と受け継がれてきた官僚内閣制を本当に変えられるのか」と、民主党の「官から政」への霞が関改革を詳述しています。国家戦略局で描いたビジョンを下敷きに、「行政刷新会議」が行政を見直すのです。一方、各省庁に対しては、総勢約100人の国会議員を送り込み、政治家が官僚を主導する「トップダウン」の政策決定プロセスを作り、省庁がまたがる案件は大臣同士が議論するのです。成果は「ハネムーン」内に挙げる必要があるとのことです。
前出の伊藤惇夫は、政治家100人を各省庁にばら撒いたところで一省庁には10人足らず、官僚に懐柔されるだけだと懐疑的です。佐藤優・作家・元外務省主任分析官「『官僚制打破』の秘策」『中央公論』によれば、「職務内容に通暁していない国会議員を何人送りこんでも、官僚には痛くも痒くもない」とのことです。ただし、大臣が職員から直接情報を取得する方策(密封封筒による意見書の提出など)を確立し、さらに、もっとも宿痾を抱える官庁の事務次官人事を突破口にすれば政と官の基本的なゲームのルールは変化するとし、かつ佐藤は、政治主導のもとで国家体制を強化することは不可欠だとしています。
すっかり小泉改革は悪役とされているようですが、それに真っ向から反論するのが、竹中平蔵・慶應義塾大学教授「“生活水準”下落の悪夢」『ボイス』です。小泉改革が格差を拡大したのではなく、経済が成長した結果、失業者が減り、格差の拡大が止まったのだ、と主張しています。民主党が、自民党色を消そうとするあまり、改革が後退してしまうことを憂慮しています。城繁幸・oes’labo代表取締役「来るべき失業率7%時代」『ボイス』も、「いま、日本に必要なのは、痛みを忘れるためのモルヒネを打ちつづけるのではなく」、「正社員既得権の聖域化」政策にメスを入れ、「成長のために既存の枠を壊すような改革と、持続可能な社会を維持するための改革を、並行して進める以外に道はない」とし、増税の必要を説き、「痛みという言葉を口にすれば、有権者の支持を失うかもしれない。だが、それを踏まえたうえでビジョンを説くのが真のリーダーであるはずだ」と注文しています。
一方、辻井喬・詩人・作家×金子勝・慶應義塾大学教授「未完の近代と自己愛に沈む日本社会」『世界』は、現今の社会・経済状況に総選挙の結果を位置づけようと試みています。辻井は、消費に驚くような変化が生じていること、たとえば「クルマ社会」が突然消えたこと、を指摘します。車を駆ってアウトレットで買い物をするような若者が減少しています。その原因は、金子によれば、雇用が不安定であることと自己愛を強く持つ若者が増加したことにあるのです。戦後、日本は豊さを実現した後、長い不況、そして現在の危機を迎え、成熟社会が生まれなかったと、二人は慨嘆しています。辻井は、この3、4年が政治的緊張を要する時代ですが、その間でも、長期的な日本の改造計画を進めることを求めます。金子は、来年の参議院選挙を重大視し、それまでにチェンジの方向性を民主党が打ち出さなければ、政党政治は大混乱となる、と予見しています。
「いま日本では、年間三万人を超える人が自ら命を絶っています」と始まるのが、姜尚中・東京大学教授「日本に取り戻したい『希望』」『中央公論』です。「一年に、一〇万人当たりで二五人近くが自殺する」のです。先進国では考えられません。行き過ぎた競争至上主義が招来したのだと、政治・新政権にブレーキをかける政策を求めています。
学者(東京大学教授)から知事になった蒲島郁夫・熊本県知事と知事(鳥取県知事)から学者になった片山義博・慶應義塾大学教授が『世界』で、県と国との関係を主に、地方分権をテーマに対談(「知事は国とどう渡り合うべきか?」)しています。蒲島によれば、「県民の総幸福量を最大化する、その手段としての政治ですから、それができる限り最大の努力をする」ということです。県の役人や知事は、県民の総幸福量を最大化するために極限まで努力すべきなのです。この観点から、蒲島は、県民・国の間を調整し、川辺川ダム工事の白紙撤回を表明しました。
麻薬がカジュアルになった様相に斎藤環・精神科医「“クスリ天国”日本の精神分析」『中央公論』が警鐘を鳴らしています。インターネットの普及がクスリの入手を容易にしたのです。斎藤は、「ネット上の規制にきちんと取り組む必要」に言及しています。
白戸三平ほか「『カムイ伝』が教えてくれたこと」『文藝春秋』を、映画「カムイ外伝」を鑑賞する前に味読するとよいでしょう。
(文中・敬称略) |